エピローグ「……ねえ、“演技”って、どこまでが?」
夜の配信が終わったあと、私はひとりで事務所の喫茶室にいた。
冷めかけた紅茶を、スプーンでくるくると回す。
耳にはまだ、**さっきの“彼の囁き”**が残ってた。
——「……僕も、甘えていいですか?」
甘やかす側だったくせに、
最後の最後にそんなこと言って、
視聴者はコメントで「尊死」とか「結婚式いつ」だの騒ぎ始めて、
エンディングトークはほぼ成り立たなかった。
私も私で、しどろもどろになってたし。
(ほんと、プロとしてどうなのよ……)
そう自分にツッコミ入れながらも、頬はにやけていた。
もう隠せない。
あの子の声に、私の感情は“共鳴”してしまってる。
……数ヶ月前まで、あの子はただの後輩だった。
義妹の代役なんて、おかしな理由でVデビューして、
最初のコラボで空気壊しかけたくせに。
でも。
気づけば、一緒に配信して、
一緒にトラブルに巻き込まれて、
そして、一緒に“声で伝え合う”ようになっていた。
スマホを開くと、通知が止まらない。
ファンからのコメント。
「夜々様ガチ恋です」
「ノワール様の囁き、今夜もリピ確定」
「レイ×ノワール、公式になった瞬間を目撃しました」
……もう、そういう目で見られてるんだ。
けど、不思議と悪い気はしない。
むしろ、心のどこかが、あったかくなる。
そこに、ディスコードの通知。
「レイ」からのDMだった。
『今日の配信、おつかれさまでした』
『すごく、すごく楽しかったです』
『もし迷惑じゃなければ……今度、ふたりだけの“非公開配信”しませんか?』
……“非公開”。
そう書かれてるのに、
その一文は、**今までで一番“心に届いた声”**だった。
私は、ゆっくりと返信を打つ。
『……いいわよ。でも』
『次は“台本なし”でいくから、覚悟して』
送信ボタンを押して、スマホを伏せる。
喉が、少しだけ震えていた。
でも、それは恐怖じゃなくて——期待。
演技と本音の境界線なんて、もうとうに曖昧だった。
それでも、あえて問いかけてみる。
自分に。彼に。マイクの向こうの誰かに。
「……ねえ、“演技”って、どこまでが?」
誰も答えてくれない問いだけど、
きっとそれは、これからの“ふたり”で探していくことになる。
紅茶を一口飲む。
夜はまだ、終わらない。
声を届けたい人がいる限り、私たちは——
“好き”を、マイクに乗せて囁いていく。
その先にあるのが、演技でも、恋でも。
……たとえ、どっちだっていいじゃない。
だって、今日の私は、
“本気で好き”って、言っちゃったんだから。
——Fin.