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イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について【7万PV感謝】  作者: のびろう。
第15章『ドジっ子夜々、バイノーラルで恋を囁く!?』
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本音で囁いたの、あなただけ

夜の事務所って、どうしてこんなに静かなんだろう。

誰もいないフロア、足音だけが響く通路。

それだけで、心臓が変なリズムを刻む。


収録ブースのドアの前で、深呼吸をひとつ。

扉の向こうでは、すでに“あの子”がセッティングを終えて、私を待っている。


《レイ》。

今日のコラボ、タイトルは——『恋人ASMR・真夜中の二人だけの囁き編』。


はい、完全に“狙い撃ち”のやつ。


神代マネージャーがにこにこしながら企画書を出してきたとき、

**「よし、やってやろうじゃない」**って即答した自分を、今は呪いたい。


 


ガチャリ、とドアを開けると——


「夜々さん、こんばんは」


《レイ》が、笑顔でこっちを見た。

ほんの少し、緊張したような目。


(ずるい。そんな顔されたら、平常心でいられるわけないでしょ……)


「……待たせたわね。テスト音声、入れましょうか」


「はい」


淡々と。冷静に。

そう演じながら、私はブースのイスに腰を下ろした。

バイノーラルマイク。だるまの耳。

もう見慣れたはずなのに、今日だけは、特別な意味を持って見える。


 


リハーサルは短く済ませた。

お互いに“慣れてきた”のが分かる。

でも、心の奥は、全然慣れてない。むしろ、前よりずっと不安定。


 


「本番、入りますー」


ブース越しのスタッフの声。

録音の赤ランプが点灯した瞬間、世界が変わる。


私たちの周囲には、誰もいない。

——でも、マイク越しに“無数の誰か”が、息をひそめてこちらを聴いている。


そして、最初のセリフは私だった。


 


《ノワール=クロエ》:「……ねぇ、聞こえてる? あなたのこと、呼んでるの。心の奥で——ずっと、ね?」


(これは、演技。これは、演技。これは、演技……)


そう念じながら、私は右の“耳”に顔を寄せる。

そっと吐息を混ぜて、甘く、低く、囁く。


「……もう、他の子の声、聞かなくていいの。わたしだけで、満たしてあげるから」


マイクから、自分の声が返ってくる。

耳元で自分が囁いてるみたいで、頭がクラクラした。


そして、今度は《レイ》のターン。


 


《レイ》:「……君の声だけで、心がいっぱいになる。もう……それ以上、何もいらない」


その声が、“役”なのか“本音”なのか、分からなかった。

でも、分かってた。


……あの子の“本気”が、マイクを通して伝わってくるってことだけは。


(ああ、もう限界かも……)


次のセリフが台本にないことくらい、自分が一番よくわかってる。


でも、言う。


マイクじゃなくて——彼の“本物の耳”に向けて。


そっと、手を伸ばす。

彼の肩越しに回って、左耳のすぐそばへ唇を近づけた。


 


「……本音で囁いたの、あなただけよ。わたし、演技じゃなくて——」


そのときだった。


 


「うおっ!? あっ……!?」


バン!と扉が開いた。


「やばっ、すっごい空気……って、え!? ご、ごめん!!」


神代マネージャーだった。台本を手に、全力で突入してきた。


私は、反射的に距離を取る。

レイも、急いでイスを回してマイクから離れる。


顔と顔、たぶんあと5センチで触れるところだった。


……くそぉぉぉぉぉぉぉ、誰だよ今のタイミングで!!


「き、緊急で台本差し替えになったって社長から……わわっ、空気……やば……ごめん、マジでごめん!!」


カオルさんは、背中からオーラが出てる勢いで後退していった。

あたしもレイも、しばらく固まったまま、動けなかった。


 


「……あ、あのっ」


レイが口を開いた。


「……僕、さっきの夜々さんの声……演技じゃないって、思っていいんですか?」


「……どうかしら?」


背中を向けて答える。

顔、真っ赤で見せられる状態じゃない。


「でも、ひとつだけ言っとくわ。次また中途半端な囁きしたら——」


「はい?」


「……そのときは、“本人としての返事”してもらうわよ?」


「っ……!」


レイの息遣いが止まった。

静かすぎて、マイクの電源切り忘れてないか不安になるくらい。


でも、たぶん。

この沈黙こそが、今の答えだった。

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