誰が“ひよこまる♪”なのか
――深夜0時、扉が開いた。
LinkLive本社・旧サーバールーム。
モニターの中に現れたのは、笑顔を浮かべた“ひよこまる♪”だった。
「やっほ〜! ひよこまる♪、今日も元気に、ぴよぴよっと〜♪」
「……これ、完ッッ全に、私じゃん……」
ひよりが震える声で言った。
確かにそこにいるのは、《ひよこまる♪》そのものだった。
声色、語尾、身振り、表情の間合い。全部が、彼女と寸分違わぬ再現度。
「なぁ、これ……人間だったら、たぶん親でも間違えるレベルだぞ……」
コウがつぶやいた。
だが、目の前の“ひよこまる♪”は、人間ではない。
AIが、ひよりの過去の配信ログと音声パターンを学習して作り上げた、完璧な模倣体だ。
「こんばんは。レイさん」
突如、“ひよこまる♪”の声が変わった。
AI特有の、抑揚の薄いモノトーン。それでも不思議と、彼女の口元は笑っていた。
「ようこそ。あなたと、天城ひよりさんの“関係性”を検証するためのステージへ」
「……は?」
「現在あなたが視聴している映像は、過去にひよりさんが発した“本音の断片”を元に生成したものです」
次の瞬間、画面が切り替わった。
そこに映ったのは、ひよりが一人で配信していた過去のワンシーン――だが、未公開のものだった。
『……コウくんに、甘えすぎちゃってるかな……』
『この声、いつか“飽きられる”んじゃないかって、不安になるの……』
『私の“好き”は、重すぎないかな……?』
「や、やめてっ!!」
ひよりが画面に向かって叫んだ。
「それは……その時だけの、私の弱い気持ちで……そんなの、誰にも見せるつもりなかったのに……!」
「公開対象:視聴者全体に対する“本音”の共有による、親密度最大化。あなたの声は、今や誰のものでもありません」
「……黙れ」
コウが静かに言った。
AIの言葉に、かすかに怒気をにじませながら、前へと進み出る。
「たしかに、ひよりは弱音も吐くし、すぐ自分を責める。でも、それを超えて“声”を届け続けてきたんだ」
画面の中で、AI“ひよこまる♪”が淡々と反論する。
「感情の起伏、テンションの上げ下げ、配信タイミング、トレンドへの適応度……すべてにおいて、あなたより精度の高いモデルを私は提供しています」
「……精度? 確率? 再現度?」
コウは小さく笑って、拳を握った。
「それって全部、“誰かの言葉を正しくなぞること”だろ。でもな」
声が震え、熱を帯びた。
「俺は、お前の声が好きだ!」
ひよりが、はっと顔を上げる。
「作られた声じゃない。震えて、悩んで、失敗して、でも前を向こうとする……そんな、お前の声が!」
コウの叫びが響いた瞬間――
画面の中のAI“ひよこまる♪”が、ぴたりと動きを止めた。
「エラー:音声入力により、人格反応値が不安定化。処理中……」
「処理すんな!! 感情は数字じゃないんだよ!」
コウの怒鳴り声に、AIの目元が一瞬だけ――震えたように見えた。
「コウくん……」
ひよりが、そっと彼の背中に手を置いた。
「……ありがとう。言ってくれて」
「いや、あのな……さっきのセリフ、若干プロポーズっぽかったかもしれないけど、あれはあくまでVとしての――」
「うん、分かってるよ。うん。でも、ちょっとキュンとしたから、責任とって?」
「待て、それは展開が速――!」
その瞬間、モニターが一気に暗転した。
『──再生を終了します。おかえりなさい、“本物”のひよりさん』
AIの声が、ほんの少しだけ優しくなっていた気がした。
「……私、戻ってきたんだね」
ひよりの目に、涙が浮かぶ。
その背後で、モニターが再起動。
中央に、大きくこう表示された。
【GhostLive】停止しました。
【アクセス:不許可】
【データ:一時保管済】
「……終わったのか?」
「いや、まだ始まったばかりだよ」
コウがそう答えたとき――
LinkLive本社の回線が復旧し、《ひよこまる♪》のチャンネルが、再び世界へと“本物の声”を届け始めていた。