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『恋人演技って、嘘なのに』

 LinkLive本社スタジオ。

 配信直前の控室には、独特の緊張感が満ちていた。


 ペアで参加する演技対決――「恋人役演技力対決」の本番は、もうすぐ。

 俺は、控室の隅で水を飲みながら深呼吸を繰り返していた。


「レイくん、大丈夫そう?」


 声をかけてきたのは、今日のパートナー――星宮メアさん。

 中堅ながら固定ファンも多く、落ち着いた大人のお姉さん系Vtuberとして人気のある人物だ。


「はい、たぶん……」


「緊張するよね。私も最初は震えてたけど、声に気持ちを乗せるって、意外と楽しいよ」


 その“気持ち”って、どこまでが本物なんだろう。

 そう思ったが、口には出さなかった。


「ね、さっきのリハのやつだけど……“恋人設定”の入りは、もっと自然でいいと思う。あんまり構えないで、“隣に本当に好きな子がいる”って思ってくれたらいいから」


「“本当に好きな子”……ですか」


 その言葉に、自然とひよりの顔が浮かんだ。


(ダメだ、集中しないと)


 そう思って首を振る。


 これは演技。あくまで役割。

 “好きな子”の代わりに、視聴者の胸をくすぐる言葉を届けるだけ。


「よし……やります」


 


***


 


 カウントダウンが終わり、配信が始まる。


『こんばんは〜! 星宮メアです。今日はLinkLiveフェス、恋人演技対決ということで――』


『初めまして。《レイ=アマギ》です。今日は、よろしくお願いします』


 コメント欄が一気に流れ始める。


《うおおおレイくんきた!》《メアさんとの相性良すぎでは!?》《この二人、空気感エモすぎる……》

《声だけでキュンとするんだが》《今日のレイ、やばくね?》《心臓に悪い》


 そして始まる――即興シナリオ。

 設定は「夕暮れの帰り道、告白前の恋人未満の二人」。


『あのさ……レイくん。最近、なんか優しくない?』


『そうか? ……メアが、がんばってるからだよ』


『ふふ、でもその言い方、ちょっとドキッとする……』


『ドキッとしてくれるなら、俺としては――嬉しい、けどな』


 自分でも驚くほど、スラスラと言葉が出てくる。


 まるで、誰かのことを本当に想っているときのように。


 その瞬間、コメント欄が爆発した。


《レイくんの破壊力どうなってんの!?》《これは……本当に演技か?》《メアさん本気で照れてない!?》

《恋人じゃん!結婚しろ!》《レイひより派だけど、こっちもアリだわ》《ガチ惚れする……》


(やばい、これ――本気に聞こえる)


 そんな焦りがよぎった頃、配信が終了した。


 


***


 


 控室に戻ると、メアさんがぽつりと呟いた。


「……すごかったよ、レイくん。完璧な“彼氏”だった」


「……ありがとうございます。でも、ちょっと……やりすぎたかもしれません」


「ううん、それがいいんだよ。“恋人っぽい”って思わせた時点で勝ちなんだから。それに……すごく自然だったし。……誰か、思い浮かべながらやった?」


 ――図星だった。


 けれど答えられるはずがない。


「……秘密です」


 そう返すと、メアさんは意味深に笑った。


「ふふ、いいね。その“秘密”、きっと君を有名にするよ」


 


***


 


 その夜、帰宅。


 ひよりは、リビングのソファに座って、膝を抱えていた。


 部屋の明かりは暗く、テレビも消えたまま。

 でも、俺が帰ってくる音には反応した。


「……おかえり」


「ただいま。……配信、見てた?」


「……うん。コメントも、全部」


 それだけで察した。

 たぶん、今日の演技が――“あまりにもリアル”だったことを。


「……どうだった?」


「上手だったよ。完璧だった。……“私よりうまいな”って、思っちゃったくらい」


「それ、嬉しくない言い方……だな」


「だって……お兄ちゃんが他の子と“好き”って言ってるの、思ったよりキツかった」


 言葉が詰まった。


「お仕事だってわかってる。演技だってわかってる。……でも」


 ひよりの声が震える。


「でも、あの声……私に向けてるときと、変わらなかったから。……ほんとに好きなの? って、思っちゃった」


 俺は、彼女に背を向けられたまま、その背中を見つめる。


 このまま黙っていれば、楽かもしれない。

 でも、そうしたら、ひよりの気持ちを裏切る。


 だから、俺は――


「……あの時の“好き”は、演技だよ」


「……っ」


「でも……お前と配信してたとき。あの“ぎゅー”とか、“お前だけでいい”って言葉。あれは……演技じゃなかった」


 ひよりが、ゆっくりと振り返った。


「……ほんとに?」


「……うん。演技だったら、あんなに声震えないよ」


 それを聞いたひよりの目に、涙がにじんだ。


 でも、今度はちゃんと笑っていた。


「……そっか。なら、許す。……ちょっとだけ」


 


***


 


 夜遅く、部屋に戻る前、ひよりが小さく呟いた。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「ん?」


「“演技じゃない好き”って、……もっと、していいよ?」


 その一言が、俺の胸に深く刺さった。

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