郁視点編『見て、ほしいだけだった』
宗像さんは、最初からやさしい人じゃなかった。
けど、僕にはそれがちょうどよかった。
同情しないし、近づきすぎない。
でも、追い出さない。
あのとき僕は、名前のないものになっていて、
どこにも居場所がなかった。
でも宗像さんが「好きにしろよ」って言ってくれたとき、
それだけで、ひとつだけ、確かなことができた。
「好きにしてもいい場所」が、できた。
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宗像さんのカメラが、最初は怖かった。
何を見ているのか、わからなかったから。
僕の顔を撮るとき、目線を合わせない宗像さんが、
なんだか冷たい刃物みたいに見えた。
でも、いつからか、
“見られる”ことが、うれしくなった。
ぼくの存在が、シャッター音と一緒に“何か”に変わるのが、心地よかった。
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好きになったのは、きっとそのへんだ。
宗像さんが誰かと寝た夜も、
僕の顔に手をあげた夜も、
僕は「好き」って思いながら、それを受け入れた。
だって、
宗像さんの中に、僕が残るなら、それでよかったから。
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でも、少しずつ、こわくなった。
宗像さんが、僕を見なくなっていくのが、わかったから。
写真を焼かれて、
目を合わされなくなって、
触られても、そこに“僕”がいない気がした。
ああ、この人の中で、
僕がもう、死んでるんだなって、思った。
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それでも、どうしても、宗像さんの中に残りたくて。
最後に残された方法が、
「いなくなる」ことだった。
僕がいないことで、宗像さんの記憶に沈むなら、
それでいいって、本気で思った。
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最後に残した言葉は、冗談みたいだった。
「俺のこと、もう焼かなくていいよ」
焼かれてもいいと思ってた。
でも、焼かれ続けることで、僕はもう、
“人間”じゃなくなってしまいそうだった。
宗像さん、
僕を撮ってくれてありがとう。
僕を壊してくれて、ありがとう。
あなたが僕を見てくれた時間だけが、
この世界で唯一、ほんものだった。
⸻
―了―




