0.地獄
――生涯この日のことを忘れることはないだろう。
赤、赤、赤、赤。目に映る全てが赤かった。
肌を焦がす熱気。吐き気を催す、今まで嗅いだことのない悪臭。段々と減っていくこの世のものとは思えない叫び声。そして――
「――ひっ」
しっかりと抑えていたはずの口から漏れ出てしまった声。
この世で最も恐ろしいと感じる赤が私を捉えた。
動け、動けと命じているこの足はさっきからガクガクと震えるばかりで言うことを聞いてくれない。
もうおしまいだと思って、ぎゅっと固く目をつむる。次々と倒壊していく家々のようにこの身は炎に包まれてしまうのだろうか。それとも、父や母のように血に濡れた刃で命を刈り取られてしまうのか。
ザッ、ザッと地面を踏みしめる音が聞こえた。
来たる衝撃に身を固くする。恐怖に震え続け、抵抗も出来ないこの身は容易く殺されてしまうだろう。そう、思っていた。
「……ぁ、ぇ?」
なかなか訪れない終わり。どうしたことかと目を開けると、赤は私に背を向け、去っていくところだった。血に染まった黒い人影は闇夜に溶けて見えなくなる。
「私、生きて、る……?」
それとも、既に死んでいてもう地獄にいるのだろうか。すっかりと様相の変わってしまった辺りを見渡す。確かにここは地獄なのかもしれない。家は焼け焦げ、人は死に、血溜まりがまるで水溜りのようにあちこちに広がっている惨状。
「ま、ま……ぱぱ……みんな…………」
――決して、豊かであるとは言えない小さな小さな村だった。毎日食べるものに困り果て、住民皆よく咳をしていたような村。
――でも、確かに幸せだったのだ。
挨拶をすれば返してくれるし、手伝いをすれば褒めてくれる大人たち。遊びに誘えば目一杯遊んでくれた近所のお兄ちゃん、お姉ちゃんたち。そして、毎日愛を与えてくれた両親。これ以上なく幸せで、満たされていた。
幸せ、だったのに、
「ぁ、ああ……」
もうみんなは、
「いやだよ、なんで、そんな……」
いない。
「あぁ、ああああぁぁぁあ―――!!」
ぼろぼろと目から涙が零れ落ちる。その涙を拭う者も、優しく寄り添ってくれる者も、もうここにはいない。
全て、あの男によって壊されてしまったのだ。思い出の詰まった故郷、幸せな日常、大切な人たちとの将来、全てを。
身体の中心で嵐が巻き起こった。轟々と音を立て、今にも身体を突き破らんばかりに吹き荒れる、激情。これは、
「殺してやる……」
――憎しみだ。
「絶対に、復讐してやる……っ!」
―――私はこの日のことを決して忘れない。この地獄の夜のことを。