とある少女の記憶と思い出
あるところにとてもとても内気な女の子がいました
そんな女の子の記憶の話
一番小さな頃の記憶は
仄暗い室内で、真っ白な空を写す少し歪んだ窓の外
古びた家の軒下に並ぶ水滴をたたえた艶やかなツララ
この手に触れたくて伸ばした手
甘露の様な水滴をたたえたそれをどうしようもなく欲していたこと。
(だって美味しそうだったんだもの)
大好きな父親から離されて捨てられたかの様に泣き喚く私を困った様に見つめながら、それでも幼稚園の先生に私を託して仕事に行く後ろ姿。
お外遊びするために靴を履こうとしたらなくて困って泣いてしまって、せんせいと探したら砂場に埋められた自分の靴をみて、ここは嫌だって思ったこと。
大好きなお父さんのいる小学校に行きたかった
お姉ちゃんは、お父さんと学校に行くのにわたしがいけないのはなぜ?ってずっと思ってた。
(お父さん大好きだったのよ。)
季節の変わり目にいつも熱が出て、おじいちゃんのお医者さんからもらったカンカンが嬉しかったこと。
喉にあたる冷たい金属
しわくちゃの手が、トントンと胸を叩くおと
(覇気がなくて、弱いから20歳まで生きられないかもっていわれてたわ。覇気がないって??)
近所にあった川を網で区切って作った簡易のブールで遊んだ夏の日。
泡だらけの水の中が綺麗だったこと。
(泳げないのに潜るのは好きだったわ、今思えば結構危ないよね。)
やっと小学校に行けると思っていたらお家がお引っ越しして、知らない幼稚園にいくのがとっても怖かったこと。
優しくないお友達が、私に投げつけてきた大量の枯葉が耳の側をかさかさと音を立てて落ちていく音。
枯れ葉まみれになった頭を見て困った様に払ってくれた先生の手。
(嫌で泣いてるのに、それをやった子はしかられてなかったのよね。元気な子はそれだけで特別扱いだったなあ。)
おばあちゃんがお迎えに来たのが嬉しくて。
おばあちゃんのおうちにいくと、大好きな従兄弟のお兄ちゃんがいつも遊んでくれて、彼の優しい笑顔が好きだった。
(私の初恋)
やっと通い始めた小学校に、お父さんがいなかったことが悲しかった
(どれだけ好きなの私
先生の娘さんって言われるのは可哀想だからって、わざわざ隣の学区を希望したんだって)
流石にこのあたりからは、色んなことを覚えてるけど、
お勉強はよくわからなくて、それでも教科書を読むのは好きだった。
お勉強は内容を覚えないといけないなんて知らなくて、漢字が苦手で、何度書いてもおぼえられなかったな。
給食のパンが苦手で、いつも持って帰ってた。
(食べ終わるまで残されるのがいやで、一番少ないのをもらってたなぁ。)
体感としてずっとずっと通ってた気がした小学校。
毎年夏の暑い日に、蝉の声が並木?から聞こえてくる坂をのぼりながら、大量に落ちている蝉爆弾が怖かったこと。
(だって奴らはジージー音を立てて旋回しつつこっちに向かってくるんだもの)
なぜか庭に植っていたイチジクにいるカミキリムシを捕まえてその辺の葉っぱをきってあそんだこと。
独特の甘味のイチジクをオヤツ代わりに食べてた夏休み。
小学校最後の年
大好きなお友達はみんなお受験で
同じ中学校に通えないって知って悲しかった
あんなに長いと思っていたのに
ずっとずっとこのままでいたかった
そして私はそこを卒業した
そして始まった中学校で、
あまりにもお勉強が分からなくて
このままだったら高校いけなくなるんじゃないかって怖かった
だから両親にお願いしたの
塾に通わせてくださいって
そこで出会った先生や、同級生たちの中で
ちょっといいなって思った彼に出会った
(すきってよくわからなかったから)
彼に失望されたくなくて頑張ったお勉強
同じ中学校でも一度も同じクラスならなかったけど…
色々あってそこに通ったのは1年だけだった
でもいまでも大切な思い出
それから
別の塾に通って
わたしは運命に出会ったの
彼女はとっても素敵で
一緒にいるだけで嬉しいきもちになったの
同じ学校に行きたかったけど
残念ながらわたしはあまり頭が良くなかったから
彼女が受ける公立高校に受かると思っていなくて
かろうじて受けられた公立高校の選抜試験の第一希望を何となく彼女とは別の私の父さんとお姉ちゃんの母校にしていた
(わたしの地域は、その頃公立6校合同の総合選抜試験だったのよ…その高校は所謂進学校ってやつだった)
でも、私立は彼女と同じ電車で行ける学校にしてたのに
なぜか、わたしは公立高校に受かってしまった
望んだのは私立
そこは彼女が使う電車と同じ電車でいけるから通学の時に彼女と会えるかもって思っていたし
メンタルがへなちょこな私は高校受験の勉強と模試のたびに教えられる合格判定の結果のストレスで体調壊しちゃってて
3年後の大学生受験の重圧に耐えれる気がしなくて内部受験できるその私立がよかったのだけど
公立高校受かって通わないなんて
我が家ではあり得なくて
とくに大好きなお父さんがすごく喜んでたから
行きたくないって言えなかった。
学校離れて悲しかったけど
ありがたいことに
彼女と別の高校でも
ずっと仲良くて
携帯とかない頃だったから
電話苦手なのにすっごく頑張って
家電でお出かけの約束してた
「私○○ですが○○さんいらっしゃいますか」
なんて電話して、
まるでデートに誘ってるみたいでドキドキした。
でも彼女との縁がいつ切れるかいつも不安だったから
そこは必死だった気がする
そんな感じで一緒に過ごしていた高校時代
恋愛はまあまあ黒歴史だから
ここでは内緒
そして落第しないように
そこそこに勉強して
順当に進級していって
進学校に行ってるにもかかわらず
私は大学受験はしなかった
そのことを先生や両親に
色々言われたりしたけれど
周りの受験戦争の空気にメンタル色々やられてた私は結局
進学せずに就職して高校を卒業した
そして
大好きな彼女は進学でわたしのいる県から旅立ってしまった。元々彼女のお父様の転勤でここにいたからそこを卒業して
そのまま彼女の地元にもどってしまった
いつでも会えた人に会えなくなくなったからなのか、私は正しく生きていく必要を感じなくなってしまったというか…
もういい子でなくてもいいかな?
なんて勝手なこと考えて
かなり奔放な生活をしてたと思うけど元々そんなに楽しいと思えなくて
それもすぐあきてしまった。
親も色々心配してたんだろうけど無気力ってこんな感じなんだろうね
でも流石に自分でもこのままじゃなぁって思って
進学してないから専門学校なら通えるよって言ってもらえたので
本屋さんで地元から通えることを条件に学校案内を読み漁って
興味のある学校を見つけて通わせてもらってからはそこそこ真面目に通ったのもいい思い出
そのおかげで何か作る楽しさを知ったから
今でもずっと何か作ってるしね
その後色々あったりなかったり
彼女ともお互い素敵な人に出会えて結婚して
可愛い子供も育てられた
ただ、住んでる場所が遠くはなれてしまったから
なかなか会うこともできくなったけど
それでも彼女が特別なのは変わらなくて
そのことはなぜかお互いの家族も公認で
何年かに一回会える時は
本当にドキドキするくらい嬉しくなっちゃてた
そんな風に感じられる人に出会えたわたしは
それだけで勝ち組だと思う
いつかこの身が朽たなら
会いに行きたい人がいるの
大好きという言葉に
愛を込めて
これが本当話かどうかはご想像にお任せします
とある女の子から聞いた話