一歩2
言われるがままにうがいをして、言われるがままに胃薬を飲み、言われるがままに歯を磨く…のを後ろからじっと見られている。
落ち着かないのはもちろんなのだが、この状況、ここまで世話を焼かれると、目を合わせないようにするのにものすごく神経を使う。せめてこの沈黙が少しでも長く続いてくれればと願った瞬間、視界の端で鏡に映る女性の口が開いた。
「ねえ、何で鏡見ないの?」
「…」
「てゆーか、私と眼を合わせたくないのかな?」
「いえ、そんなことは」
かなりまずい。
「わ、私…人の目とか見るの苦手で」
「あーわかるよ。模様とか色味とか、まじまじと見てみると少し怖いよね」
「…はい」
「ヤギの目とか猫の目とか怖い目はたくさんあるけど、君もいちばん苦手なのは人間の目かな?」
「え?あ、はい」
「それは眼が合うと死んじゃうから?」
「はい?………っ!」
がんっ!
「ごめんね。ちょっと急だったかな」
反射的に顔を上げそうになったのをこらえようとして、蛇口に顔が激突した。額がジンジンと痛む。
「待っててね。すぐに薬局に…」
「あの、今のって」
「二年前」
「…」
それを
「二年前にさ、2日連続で同じ時間帯に、同じ場所で飛び込みがあったんだよね。この駅が都市伝説にならなかったのは、単に三日目にある女の子が使う駅を一つスライドさせたからってだけだった。結局三日目はその駅で人身事故が起きたわけだけどね」
それを知っているのは
「飛び込んだのはいずれも残業続きの会社員だったし、それきり女の子は中3のこの時期になるまでずっと引きこもってるもんだから、ちゃんと気付けたのは多分私たちだけだった。」
それを知っているのは元凶だけだと思っていた。
「飛び込みの現場の向かい側のホームに、必ず君が立っていたことにね」
私は額の痛みも、ほんの寸刻前に感じたばかりの罪悪感も、二年前に自分に定めたルールも忘れて、顔を上げてしまう。
「さあ、勝負して?私の眼が勝ったら…」
君には死んでもらうよ、とその女性は微笑みながら言った。その眼は今まで目にしたどんな生き物よりも怖く、美しかった。