廃ダンジョン・トレッキング(岬のダンジョン)
ダンジョンが崩壊したと聞いたのは2年ほど前だったと思う。今回行くのは廃ダンジョンになって比較的新しい場所だ。
近くには漁村があり、かつてはダンジョン町として栄えていて道はしっかり舗装されているのに、今は板が打ち付けられている家が並んでいる。
唯一空いている食堂で、焼き魚の定食を頼んだ。
「そんな恰好でどこにいくんだい」
店主が話しかけてきた。山登りの恰好をしているなんて、珍しいのだろう。
「ちょっと仕事をしに行くんです。この辺は宿はあるんですか」
「民宿はやってるぞ。泊まるなら知り合いに連絡しようか」
「お願いします」
アジやサバなど新鮮で美味しいのに、価格も良心的だ。しばらく滞在したいくらいだ。
「民宿、予約しておいたよ」
「ありがとうございます。宿も冒険者たちと一緒に消えてしまったんですか?」
「まぁ、冒険者ギルドが潰れちまったからな。鍛冶屋も武具屋も皆、別のダンジョンへ引っ越していったよ。残っていた薬屋もこの前畳んじまって、この村に残っているのは漁師くらいなものさ」
「随分早いんですね」
「仕事がないんだからこればっかりはしょうがないやね」
「ダンジョンはあの岬の洞窟でいいんですか?」
「あそこが入口さ。もう少し隠れていれば、海賊が根城にしてたかもしれないけど、丸見えだろ? 知らない船が停まってたら、すぐに衛兵がすっ飛んでくる。密漁には厳しい土地だから」
「ダンジョンが踏破された後はどんな感じだったんですか?」
「すごかったぞ。春にボスが倒されて踏破されたと思ったら、冒険者たちが根こそぎ全部持っていっちまって、夏には何にもなくなったって。冒険者ってのは金目の物の臭いをかぎ分けられるらしい。秋口にはもう冒険者ギルドの建物は売られて土産物屋になってた」
先ほど、この食堂に来る前に見た土産物屋にはほぼ誰もいなかった。エイの干物やサメの歯のペンダントくらい。
これは望み薄いな。
民宿の部屋に荷物を置いて、トレッキングの用意をする。
宿の主人はおらず、鍵だけポストに置いてあった。好きに使っていいということだろう。代金もベッドテーブルに置いててくれればいいという。便利だ。
夜中ランプを片手にダンジョンへ向かう。どうせ廃ダンジョンの中は真っ暗なので夜も朝もそれほど関係はない。
ダンジョンの入り口は岬の灯台のすぐ近くにある。周囲には木々もなく吹き曝しだ。誰も管理しなくなったら、崩れるのも時間の問題かもしれない。
中に入ると本当に何もない。壁掛けの松明も消えていた。罠はすべて起動していて、冒険者の死体も見つけられなかった。落とし穴も底が見えない回収できないタイプだ。あるのは魔物の骨や破れた毛皮ぐらい。しかもダンジョンによくいる猪の魔物や蝙蝠の魔物なんかだ。討伐部位はすべて切り取られて、散らばっている。
「今回は失敗か……」
諦めながらも広いダンジョンの中をくまなく探索。遺跡系の死体が飛び出してくるようなダンジョンではなく、普通の魔物がいるようなダンジョンだった。魔物は冒険者が来るたびに召喚していたのだろう。ピッケルで壁を剥がすと召喚する魔法陣がそこかしこに描かれていた。
「言うなれば契約社員」
急に呼び出されて冒険者と戦えなんて、酷い仕事だ。その上、死体は大事なところを持って行かれて捨てられているのだから、魔物からしたらやりきれないだろう。
通路などで罠があった方がいいと思えるところで何もない時は、だいたいスイッチが壊れていることが多い。床を丹念に調べ、ちょっとした隙間なんかがあると掘り出してみる。たくさん冒険者が探索したからか、壊れてしまった仕掛けも多いようだ。
カン、カン、カン、コン……。
壁を叩きながら歩いていると、突然音が変わることがある。何かがある証拠だ。すべてを取りつくしたはずの冒険者たちもここまではしなかったらしい。
ガコンッ!
壁を壊してみれば、杖が向けられていた。何の杖かはわからないが、効果のある杖なのだろう。罠には召喚術と杖が使われていたということは、ダンジョンの管理者は知恵のある者だ。
これで、報酬がゼロではなくなった。
まだこのダンジョンには期待が残っている。
ただ、それ以降ほとんどの罠は暴かれていた。ただ、一階層で見た地の底まで続くような落とし穴の底を最下層で見つけてしまった。周囲は固い壁に覆われていたが、位置関係から考えると必ずあるはずだと思っていたらボス部屋につるはしを見つけた。
ボスは召喚されて出てきた魔物だが、管理者、詰まりダンジョンマスターの部屋がどこかにあるだろうと誰かが探したのだろう。だが、結局はボス部屋には見つからなかったようだ。
俺は捨てられたつるはしを拾って、落とし穴があるはずの壁を掘り進んだ。すでにダンジョンの通路、部屋を探索して夜が更けているだろう。もしかしたら朝方になっているかもしれない。それでも、杖一本では帰れないと、掘っていくとついに穴が空いた。
中は、剣山のような杭が落ちてきた者たちに突き刺さるようになっていた。
「大量だな」
死体だらけだった。
杭を一本ずつ引っこ抜きながら、死体の装備を剥いでいく。防具などは使い物にならないが、武器は意外とそのまま残っていたりする。冒険者のドッグタグは回収して、近場の町の冒険者ギルドに持って行こう。
一気に袋がパンパンになってしまった。
とりあえず、腕も腰もすべてが痛かったのでそのままダンジョンを出た。
空を見れば、すでに日が昇るところだ。
漁村の食堂は空いていて、仕事を終えた漁師たちが酒を飲んでいた。
俺も疲れたので一杯貰う。
「あんた冒険者だったのか!?」
「え? ああ、はい」
リュックから杖や長剣が飛び出していた。それを見て店主が驚いたのだろう。
「意味のないと思われることほど、金になりますよ」
俺は蛸のから揚げ定食を頼み、獲れたての刺身を頂いた。
「あのダンジョンにまだそんなお宝が眠ってたのかい?」
「俺も行ったけど、見つけられなかったぞ」
漁師たちからの注目を浴びた。
「まぁ、これで食っていってるので。ない時の方が多いですよ。それより、ここら辺で召喚術に長けた人っていないですか?」
「いないよ。ここは漁村だぜ」
「そうですよね。後継者不足の家とかは?」
「村人全員がそうだよ」
「ダンジョンが潰れて2年だってのに、随分と廃れちまったよ。その剣、隣町まで持って行くのかい?」
「ええ、ダンジョンギルドで死んだ冒険者の照合もしないといけませんから」
「だったら、土産物屋の商品も持って行ってあげてくれ。大した駄賃にはならないだろうけど、婆さんが喜ぶから頼むよ。誰も来ないからどんどんボケちまってるんだ」
「わかりました。とりあえず一杯頂いてから」
俺は定食を食べて、一杯ひっかけてから土産物屋に行った。婆さんは誰も来ない朝だというのにしっかり店を開いていた。
「隣り町に行くので、商品を持って行きますよ」
「そうかい。ありがとう。だったら、そこの棚ごと持って行ってくれると助かるんだけどね。まぁ、鞄に詰められるだけでいいや」
「わかりました」
俺は棚にあるつくだ煮や干物を詰められるだけ鞄に詰めた。
「あれ? その杖、昔私が持っていたのに似ているね」
「本当ですか? 昔、冒険者でした?」
「いや、ただの主婦だ。足を折った時に旦那がくれた杖に似ている。足が治って納戸に入っていると思ってたんだけどね」
「旦那さんは召喚術師じゃなかったですか?」
「いやぁ、ただの灯台守さ。後継者がいなくてね。あんた、やるかい?」
「いえ、やめておきます」
もしかしたら、ダンジョンマスターは灯台守だったのかもしれない。