第4話 速やかなフラグ回収
かなり時間があきました。
敵の誘いにのって仕舞った故の天罰か俺達はかなり危機的な状況に陥っていた。
「すまんが、無かったことには出来んらしい。」
話し合いもせず、瞬時に扉をバタンと閉める。急いで閉めたもんだから中の様子は見ていない。そんな余裕なかった。
「なんやの一体!」
「知らねぇよ。さっさと抑えろ!」
「武器持っとんのアンタ。」
「ねぇよ。お前は。」
「ダガー二本飲み込んどる。」
「んじゃそれ吐き出せ。」
やんやと騒ぎながら必死に扉を抑え込み、背後の不穏な気配を感じないと思い込もうとする。
サニーが武器を吐き出す為扉から手を離したその時だった。抑え込もうとする努力虚しく圧倒的な力により吹き飛ぶ扉。響く爆発音。焦る俺達。
「会話の途中で閉めるでない。この愚か者が。」
排煙の向こう、吹き飛んだ枠組みの向こうに一本角の少女が居た。埃が舞い上がったせいでお世辞にも明瞭とは言えない視界で、少女だけが燦々と存在する。
「おぬしらの生死は問わんとの指令が出ておる。くれぐれも暴れるなよ。儂らとて無益な殺傷は好まん。」
背中に携えた大降りな刀を手に取り、古くさい言葉で仁王立ちの少女は言う。
小柄な少女だった。俺と同い年くらいの見える。ハイポニーテールの艶やかな黒い髪に白い肌。ジト目ぎみな血のように真っ赤な瞳。顔つきも整っているが此処等の奴とはどこか違う異様な雰囲気だ。
制服も他の奴らとは違う。大まかな形は同じだが、着ているコートは小柄な少女には大きすぎる。まるで親のコートを借りているようだ。その上ボトムスはホットパンツ。色も違う。彼女の服は白だが、普通はもっと茶色だ。
そして何より特徴的なのはおでこに真っ直ぐに生えている、白く大きな角だった。彼女は鬼人だ。鬼なのだ。下手をしたら肉片一つ残らないかもしれない奴と敵対している。それを認識した瞬間、肌が粟立った。
明らかに此処の教官ではない。胸の勲章が飾りでないなら上級の兵士か。かなり幼いが見た目は侮る条件にならない。さっきドラから学んだ事だ。
「アンタ誰や。」
吐き出し終えたサニーが問う。相手の実力が計れない以上、会話で時間を稼ぐつもりだろう。
「儂は烈火将。名をケルベス。」
鬼人の少女は後方の教官達に待機の指示を出しながら答える。
「階級は少佐。」
「俺は脱走兵。」
「言われずともわかる。」
ノリで要らん事を言えば、横にいたサニーが脇腹をつねってきた。痛え。
「お偉いさんってことやな?」
「お飾りじゃがな。」
「ウチらのことは話した方がええ感じ?」
「結構。資料を読むのは得意でな。」
視線を外さず受け答えを繰り返す二人。パッと見平穏だが、ケルベスは太刀、サニーは短剣を離していない。ゆっくりと、ケルベスは距離を詰める。俺達も通路の真ん中に立つ。
「だいぶ若めやけど、軍はそんなに逼迫しとん?」
「儂はこれでも主らの倍以上生きておる。」
「超出世頭やん。亜人で少佐とか。」
「そうじゃな。」
「鬼人やからなん?龍と同じ名家の。」
「無礼者め。真っ当な実力じゃ。家柄は関係ない。…とは言えんがな。」
「つまり?強ぇやつってことで良いんだよな?」
「そうなる。」
「異能持ちでも士官に成れるとか、めっちゃええとこやな。」
「そうじゃな。だから大人しくしておれ。問題さえ起こさんかったら、おぬしらも直ぐに出世できるわ。」
「それって他が死んでるからだろ。」
「見抜かれてしもうたか。」
「当たり前やろ。」
「聡明じゃな。それならおぬしらとて分かるであろう?どう行動するのが賢明か。」
「俺は馬鹿だから知らねぇよ。」
「お生憎。ウチも学はないわ。」
「ならば力ずくしかないらしい。」
会話中でも動きは止まらない。間合いはちょうど太刀が届くくらい。ダガーや拳ではあと二三歩踏み込まなければいけない距離で、俺達は止まった。
「して、時間稼ぎはもう良いか?」
どうやら俺達の目的はバレていたらしい。
「後もうちょっとだけ話さへん?」
剣呑な空気が辺りに立ち込める。言葉は途切れ、視線だけで通じ合う。互いに譲る気はないのだ。と。
「断る。」
沈黙を破ったのはケルベスの方だった。
「最後通告じゃ。武器を捨てて去らば許す。」
雰囲気からしてただ者ではない彼女とやり合うのは避けたい。どうするか迷っていると、サニーは答える。
「お断りや。」
戦いの火蓋が切られた。
「残念じゃな。」
言い切ると同時にケルベスが踏み込み、狙いはなく橫に切る。広くはない通路では、範囲攻撃に対し回避も難しい。唯一の救いはケルベスが足や胴を狙ってくることだ。しかも浅く。どうやら彼女は俺達を殺す気はないらしい。
ならばとサニーが切りかかれば、彼女は舞うようにダガーをかわす。回避後の無防備なタイミングめがけて俺も殴るが腕を捕まれ投げられた。壁にぶつかり息が漏れる。昼飯を出さなかっただけよかった。その間にもサニーとケルベスの舞踏は続く。
サニーの攻撃を一通り躱し終えると、彼女はもう用はないとばかりにサニーの足を切りつけた。後遺症は残らない、されど動くには重すぎる絶妙な傷。サニーがうずくまる。途端に目にも止まらぬ速さで俺の方に向かってきた。
ケルベスの刀が俺の足を突く直前、彼女の前に小型の刃物がよぎる。彼女が怯み減速したことにより、バックステップが間に合い何とか俺の足は無事だった。
ダガーが放たれた方向には、もう足が完治したサニー。効率が良いのは本当らしい。
一進一退。とは言えぬ攻防。こちらの戦力不足だ。明らかに分が悪い。
殺す気の俺達。戦闘不能を狙うケルベス。優位な前者の筈が、相手の圧倒的な力量と手心により辛うじて死なない程度だ。その合間に別の通路へ他の教官どもが急ぐが放っておくしかない。
だがそれでいい。なぜなら俺達に任されたことは時間稼ぎで討伐じゃない。管理室と避難所をつなぐ通路は俺らが戦闘で塞いでいるし、他の通路にはドラとアトラナが居る。つまり俺は、此処でケルベスの攻撃を避けるだけで良いのだ。
しかし、人生はそう上手くは行かない。世界は俺達に甘くない。
微かに気温が上がっていることは分かっていた。でもそれは、自身の緊張による錯覚だと思っていた。それこそが間違いだった。
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ああ、なんて運が悪いんや。サニーは一人ごちる。相手に鬼がいるなんて聞いてない。居ると知っていたらやってなかった。
亜人にも様々な種類がある。例えばアトラナの蜘蛛。自身が会ったことのあるものなら他にも鳥、魚、蛇、昆虫、海月、ライオン、基本は一種類の生き物と人間の組み合わせ。例外としてキメラみたいな人もいた。そんな彼らの特徴は人とかなり離れた容姿だけでなく、付随する種族としての強さであった。だから彼らの差別の主な原因は容姿でなく強さと凶暴さなのだ。
そんな中でも鬼と龍は別格でその力により長らく種として孤高でいた。亜人に一等厳しいこの世のでそれがどんな事なのか分からない馬鹿は居るまい。
"鬼に触れるな。龍に関わるな。"この弱肉強食の世界で相手の殺しかたや懐柔の仕方、環境によれば自分の名前より先に教えられることだ。
例に漏れずサニーも知っている。教養のないサルヴァも、ドラや目の前の少女への警戒は怠ってない。侮れる相手ではない筈なのに、どうしても自身の欲には勝てなかった。"鬼はどんな味がするのだろうか"下らない疑問だっただろう。でもサニーにとっては、食欲は命に釣り合う物だった。
無謀に無理に無茶に距離を詰める。現状持っている役立つだろう異能力を全て使い彼女の肉に噛みつこうとした。
肌を岩にして、顎を鰐にして、牙を狼にして、足を兎にして、瞳は虫にして、接近する。目蓋に隠れるとしても複眼化は嫌いだ。可愛ないんやもん。
ケルベスはこちらを殺すつもりはないらしいが、それでも大口を開けて飛び掛かれば真正面から叩き切ろうとした。どんなに早い一太刀だろうと虫の目には止まっているように見える。さっき足を斬られたのは油断してたからやし!
上から下への単純な動作を横へ逸れる事で躱し、そのままケルベスを通りすぎ後ろの壁へ。ぶつかる直前に全力で壁を蹴ることで前方向への減速と逆方向─ケルベスの居る方向への加速を実現する。避けてから口を大きく開いて噛みつこうとするまで一秒にも満たない筈だ。こんな一瞬の間に建て直すのはいくら鬼といえど出来ない。
「いただきます。」
歯がケルベスの首に触れたと同時に、背後の壁が爆発した。
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サニーがケルベスに噛み付こうとしたのを見た。次の瞬間、サルヴァの視界は白で埋め尽くされる。理解より先に音が響く。次いで圧力と熱がサルヴァ達を苛んだ。
「あ゛ぁ゛っ!」
キーンとした耳鳴りの奥に誰かが噛み殺そうとした悲鳴が響く。鼓膜をやられたのは今日で二度めだ。ツイてねぇな。
奪われた視界が漸く戻ったときに、広がっていたのは地獄だった。
赤が世界を埋め尽くしている。網膜もやられたのかと思い自身に回復魔法を施しても結果は変わらない。お世辞にも美しいとは言えないがそれでも一応清潔に保たれていた白い廊下は、今や爆風による灰と誰のものかも分からぬ血…いや、身体が文字通り真っ二つに別れたサニーの血で汚されていた。
サニーは意識を失っているようだった。ちょうど背を向けていた壁から火が燃え盛っている事から、背中から爆風を喰らったため上半身と下半身が分断したのだろうとわかる。サルヴァは距離が遠かったたのと、二人の後方に居る形だったため、幸いにも細かな傷以外はない。ケルベスも肉壁があり無事だ。
火柱の向こう側に壊れた管が見える。水が漏れていない事から可燃性のガスを運ぶパイプだったのだろう。サニーを放っておけばいずれ火に呑み込まれる。そうなればいくら回復持ちでも生存は絶望的だ。しかし自身も疲弊していて、担いで逃げる余裕はない。
戸惑い立ち竦んでいると、小気味良い音で尻を蹴られた。
「何じゃボサッとして。死にたいのか。」
両脇にそれぞれサニーの下半身と上半身を担いだケルベスが避難を促してくる。
「道なりに進むぞ。」
「何で助けんだよ。さっきまで喧嘩してたのによ。」
走っている最中、ふと疑問に思ったことを口に出す。言い切ってから余計なことを口にしてしまったと勘づいたがもう遅い。だから一言余計だって言われんだよな。だが、
「何の事じゃ。おぬしらは火事を伝えにきただけで、儂らは戦闘なぞせんかった。」
彼女は自己申告通り寛大だった。




