第2話 はろーあずねーむず
訓練と昼食の合間の自由時間。約束の時間に俺は講堂の前に居た。馬鹿な事だとはわかっている。だか、此処でひよっちゃ根っからの馬鹿だと自称出来なくなっちまうからな。
扉を開ければ昨日の五人のうち、黒髪の男と糸目の片割れらしき男を除く三人が椅子に座っていた。それと空席が三つ。
どうすればいいのか分からなくて立ちすくんで居れば、糸目の奴が声を掛けてきた。
「ここあんたの席やねんて。」
おいでや。と促されるまま椅子に座る。
六つの席は円形に並べられており正面には言い出しっぺの蜘蛛女、右隣には糸目の性別不明瞭、左には言葉足らずの美少女がいた。つまりは二分の一の確率でハーレム状態という訳だ。因みに左前と右前は空席。
「名前なんて言うん?」
糸目が尋ねる。
「名前は無え。そっちこそ何だよ。」
育ちのよろしくない俺は、初めましての挨拶の仕方を知らない。メンツが勝負の世界だったから、舐められない為にも威嚇を交えて喧嘩腰に答えた。
「サニー言うんよ。よろしゅうね。」
売られた喧嘩をものともせず答えられた。ニコニコと笑顔を張り付けたままサニーは続ける。
「名前無いんやったら、この子に付けて貰えばええよ。」
サニーは言葉足らずを指差した。
「何でも分かるんやって。さっきアトラナちゃん…蜘蛛ちゃんが名前付けて貰っててん。」
「違う。」
何を否定しているかも分からない否定の言葉が本人から紡がれる。どちらの意味かと困惑していれば、アトラナが助け舟を出した。
「未来の事以外はぁ分かるんだったけぇ。」
名前は本当よぉ。とすかさず補足する。
「そう。」
すこし自慢げに少女が肯定した。
「サニーも付けてぇ貰ってなかったぁ?」
アトラナがそういえば、と口をつぐ。
「付けた。」
ドラはあいかわらず単語で返す。それにサニーは不満を隠さずに言い返す。
「やって可愛いなかってんもん。」
「何ぃ付けたっけぇ。」
「カリュブディス。」
何かいかつい。ほんとにかわいくねえな。
「セットだったわよねぇ。もう一人はぁ?」
もう一人とはおそらく、サニーと同じ髪色のあの青年だろう。
「スキュラ。」
「ほら可愛いない!」
女三人よらば姦しいとはまさにその通りで、そのまま俺を置いてしばらく三人は話続けてた。
「名前。」
不意に少女がこちらを向く。存在を思い出してくれて嬉しいが、欲を言うならもうちょっと単語じゃなく文で会話して欲しい。
「分かった。努力、する…します。」
予期せぬ言葉に固まった。未来の事以外は何でもわかる。つまり、人の頭ん中も見れるって事なのか。
「そう…です。思考も、脳も。見えます。」
たどたどしい言語で肯定の言葉が紡がれる。
「全部」
「まじかよ。」
「マジ。です。」
「ほんとか?」
「はい。」
「見えなくするってのは?」
「出来ない…ません。誰も。隠せたこと、ないです。」
どうやらコイツの前では、エロい事は考えちゃいけないらしい。その他プライバシーに関する色々な事が気になったが、そんなことより強烈な違和感を発している敬語モドキについ口を出してしまう。
「敬語、無理に付けなくったて良いぜ。」
「でも、敬老は…大事。だから。」
「俺はそんなジジイじゃねえ!」
思わず大声になってしまった。驚かせてはないだろうかという俺の心配を他所に、少女はクスクスと笑っている。
「ごめん。冗談。」
打って変わって砕けた物言いに俺は安心し、一言二言文句を飛ばしてやった。
互いに打ち解けたと感じ始めた頃、突然少女がこちらに腕を伸ばし俺の顔を掴んだ。
「名前、付ける。動かないで。」
真剣な表情で彼女が俺を見る。思考よりもっと深い場所、己の本質を見られている様な気がする。まるで全裸を見られてるような心地の悪さに、つい気の紛れる物を探そうとするが、視界に映る物の中でめぼしい物は少女以外何もない。
他の二人に意識をやるが公用語ではない言語で話していたため全く聞き取れない。公用語で話せよ。
「オブ…sarゔぁー?」
居た堪れない雰囲気に耐えること数分。欠片も耳馴染みの無い言葉が苦痛の終わりを告げた。何と言われたのかが理解出来ず首をかしげる。もう一度尋ねたが、帰って来る言葉は同じだった。
「なんて言ったんだ?」
「obざルver。」
「もう一回。」
「…サルヴァ。」
面倒臭くなったのか、だいぶ端折られた。
「横着すんなよ。俺の名前だろ。」
「発音してるのに、聞く能力がないから。」
意味がない。とそれ以上聞く耳は持たないらしかった。抗議をしても碌に取り敢ってくれない。援軍を呼ぶためサニーとアトラナに声を掛けようとした時、扉が開いた。
驚きながらも扉に全ての意識を向ける。しかし、入ってきたのは昨日の男二人だった。少女以外が緊張を解く。少女本人は居るのが分かっていた様で警戒もしていなかった。
「驚かせてすまん。」
「やぁ。初めまして、かな?」
オッドアイのスポーツ青年が軽い謝罪を、黒髪の美丈夫はフランクな挨拶をしながらそれぞれ空いている席に座る。俺から見ればオッドアイが右前、黒髪が左前の席だ。
「自己紹介から始めようか。」
黒髪の男は両隣と少し談笑したあと高らかにそう宣言した。その言動のどこを取っても芝居じみていているくせに、様になっている為鼻につかない。でも俺は嫌いだね。だってこういう奴はモテるじゃねぇかよ。
「最初は提案者の僕からいかせてもらおう。僕の名前はクリサリス・パンドール。」
パンドールはさっき貰った名前だけどね。とウインクをしながら続ける。
「長いからぁクリスでもいぃい?」
「もちろん。好きに呼んでくれ。見た目通り魔法使いだ。異能は軽い回復能力、軽傷程度なら一瞬で治る。千切れたらどうも出来ないけどね。此処には運悪く軍人の前で怪我をして連れてこられたって訳さ。」
そう言ってクリスは上着のポケットから取り出した小型ナイフで左腕を斬った。かなり深い傷だった。当然血が滴り地面に落ちる。しかし、赤い水溜まりは出来なかった。瞬く間に傷が癒えたのだ。時間にして十秒もかかっていない。
「他に何か聞きたいことは?」
「ない。」
少女が答える。俺達はもう話を聞いていなかった。思い思いの事を口に出していく。
「汎用性の高そうな異能やね。」
「怪我。痛いのに?」
サニーの言葉に少女が問う。
「そういうのってぇ痛覚も鈍くなるものぉだとおもってたわぁ。」
「異能がそない便利なわけないやろ。」
アトラナートとそのとなりの青年も思いのままに会話している。
なんだか二人組の輪から炙れてしまったみたいで、逆恨みとばかりにクリスにとっては酷な提案をした。
「じゃあもしもの時はあいつを盾にすりぁいいんだな。」
「名案。のった。」
「俺らもそうするわ。」
「ごめんなクリス君」
キザ野郎に一矢報いたくて少々酷な案を出せば、すかさず皆がそれに乗った。マジかよ。なんかごめんなクリサリス。酷いじゃないかと抗議する声は聞こえないものとする。
「次はぁ私がするわぁ。」
騒がしいクリスをほったらかし、アトラナがそう言った。
「私の名前はアトラナート。勿論貰い物の名前よ。アトラナって読んでねぇ。」
はっきり発音出来ていたのに最後の最後に諦めやがった。一度諦めたらもうどうでもよくなったのか、いつもの間延びした声で続ける。
「見ての通りぃ蜘蛛の亜人よぉ。異能はぁ、そうねぇ燃えない糸を出せるわぁ。此処にはぁ、亜人としてぇ捕まったの。強制的によぉ、不当ぉよねぇ。何か質問あるぅ?」
「はいはーい!何で目隠ししてんの?」
サニーが無邪気に質問する。それって突っ込んで良いものなのか。
「私ってぇ亜人と言えどぉ蜘蛛でしょぉ。目の前でぇチロチロ動かれるとぉ凄くお腹がぁ減るのよねぇ。涎がぁ止まらなくなっちゃうのぉ。そしたら服がぁ汚れちゃうじゃない。だからぁ、目隠ししてるのよぉ。」
「下の方にも目ついとるけど、そこんとこはどうなん?」
「下の目はぁ、全然見えないのよねぇ。」
「不便?」
「慣れよぉ。それじゃあ次はぁ誰の番かしらぁ。」
少女の問いにくすりと笑いながら答える。見た目は全然似ていないが仲のいい姉妹みたいだ。
暫し雑談の後、オッドアイが発言した。
「俺は魔法使い。名前はモンド・スキュラ・アングスト。スキュラが貰ったやつな。」
「え、その名前使うん。」
可愛くないと不評を飛ばすサニーにモンドも負けじと反論した。仲間から貰った名前やから使わんと義に反するやろ。と筋が通っているのかいないのかよく分からない論に、サニーは渋々納得したようだった。もしかしたらこいつ等は自警団でもやってたのかもしれない。
「異能は食べたモンの特徴を取り込める。見た目も、筋力も、記憶も、異能もな。取り込む量は食べた量に比例する。大量に食べん限りは取り込む量も部分もある程度選べる。ここに居るんは、ヘマこいて捕まってもうたんや。そんであとは、サニーの兄や。」
「モンドは何年か寝たまんま起きんかったから弟や言うとんのに聞かへんねん。」
何やと。とモンドが野次るがサニーは「次はウチの番やね。」と気にせず自己紹介を始める。
「ウチはサニー・カリュブディス・アングスト。モンドと一緒に捕まってん。異能はモンドと殆ど一緒や。でもウチのが取り込む効率がちょとええんよ。」
「つまりどう云うことだよ。」
途中から全く集中して無かったせいで、モンドの異能がどんなものか聞き流していた。
「めっちゃ強い奴を齧って、そこそこ強なんのがモンド。結構強なんのがウチってわけや。」
わかった?と確認するサニー。分かりやすい説明どうも。
「モンドがめっちゃ喋るから、ウチがの喋る分少ななってもうたやん。」
「ええやろ。お前は喋り始めたら長いんやから。」
口喧嘩を始めるきょうだい。長くなりそうなので無視して次に進むことにする。少女とアイコンタクトを取り、俺が先にすることにした。決して先にやれよという圧力に負けた訳ではないからな。
「俺の名前はサルヴァ。さっき貰った。魔法使いで異能は怪力だ。大人二人位なら片手で持ち上げれんだぜ。それに大抵のヤツより頑丈だ。ききてぇことあるか?」
今迄の奴等が聞いていたから一応聞く事にした。
「サルヴァはなにして捕まったんだ?」
クリスが聞く。失礼な奴だな。俺はお前等と違って捕まるような馬鹿な真似はしてねえよ。兄貴に殴られるからな。
「俺は捕まってねえぜ。人権を貰いに来たんだ。」
そう宣言したら、皆が示し合わせた様に笑い出した。
「なんで笑うんだよ。」
むっとして他の奴らを咎める。
「ごめんなさいねぇ。まさかぁ、信じてるとはぁ思わなかったからぁ。」
腹を抑えながらアトラナが言った。どう謂う訳か分からなく混乱する俺に、皆は一層笑みを深くした。
「あんなん嘘に決まっとるやろ。」
落ち着きを取り戻したモンドが、それでも可笑しそうにそう言った。
「私達は、奴隷。何の権利もない。だから、基本は、タダ働き。それくらいは常識。」
あまり表情の変えずに少女が言う。口角が上がってるのわかってるからな。
「凡そ、一応大事にしてますよーってやるためなんやろうね。わっかりやすい罠やねんけどなぁ?」
笑みを隠さずにサニーが言った。少しぐらい隠せよ。性格悪いぞ。
「まさかそれを真に受ける馬鹿がいるとは思わなかったよ。」
口元に手を当てクリスが言う。発言の度に空気が抜けるような音がする。いっそのこと笑えよ、思いっきり。
「誇って置くべきよぉ純粋さ加減はぁ。」
アトラナートがそう爆笑した。思いっきり笑われるのもそれはそれで腹立つな。
「阿保やん。めっちゃ阿呆やんお前。」
シンプルに悪口だぞこの野郎。モンド、お前いつか殴ってやるからな。
思い思いの言葉で俺を罵倒してくる。やめろよな。俺は本気で信じてたんだぜ。悪ぃかよ。むくれて黙っていれば、隣の少女が肩に手をおいてきた。
「ドンマイ。」
うるせぇ。
「最後、私の番。」
少女が言う。
「私は魔法使い、じゃない。異能は、真理眼。何でも見れる。場所も、思考も、過去も。」
たどたどしく告げられた内容に俺達は驚愕する。そんな周囲を放ったらかし、少女はマイペースに自己紹介を続ける。
「異能は、それ。だけど私は、とても強い、力も、魔法も。それと回復もできる。クリスより、ずっと速い。だから、何でも、は無理だけど、殆ど、は出来る。」
「本当かい?」
「ほんと。」
クリスが疑念を投じる。俺も疑った。だってそんなの強すぎる。もしかしたらデメリットがデケェのか?
「異能のデメリットはなんや?俺等みたいに使い続けたら自分なくなったりすんのか?」
「ない。」
「私達みたいにぃ止められないタイプなのぉ?」
「見たくなかったら、止めれる。」
モンドの疑問もアトラナートの疑問もドラは一刀両断する。
嘘だ。信じられない。だってチートすぎる。異能はそんな都合のいい物ではない。世界が、神サマが俺たちに優しい筈がない。
何時までも信じられない俺達に痺れを切らしたのか、少女はおもむろに立ち上がった。そのままゆっくりと俺とクリスの手を掴む。
「舌、噛まないで。」
「は?」
理解するより早く身体が投げ飛ばされた。そのまま物凄いスピードで壁にぶつかる。俺は打ちどころが良かったのか血は出てるが骨は折れていない。クリスは運悪く足の向きが変になっていた。
「次は、魔法。」
クリスの足が戻るよりさきに視界が白に染まった。雷を放たれたと本能が察知し瞬時に体を捻る。幸い直撃は免れたが右耳と右半身に痛みが走った。鼓膜が破れたのだろうか。おそらく火傷もあるだろう。
自身に回復魔法を施しながらクリスを見れば、あいつは直撃したらしかった。
「惜しいやつを亡くしたな。」
「そんなぁ。盾がなくなったわぁ。」
「心臓が止まりかけてるんだ。誰か治してくれないか?」
「今アンタらに近づいたら巻き添え喰らいそうやからいや。」
ふざけるアトラナとモンド。クリスは助けを求めるがサニーはそれを軽くあしらった。他二人も同意のようで誰も俺等に近付かない。犯人を除いては。
「回復。」
動けないクリスの服のポケットから小型ナイフを取り上げ、右肩に押し当て少女は言う。少女の柔らかな肌がナイフによって切り裂かれた。刃は止まることなく進み、遂に肩から先が切れ落ちる。
然し血は一滴も流れなかった。断面はグロテスクにテラテラと光っているのに、目の前で切り落とされなけば良く出来た模型だと錯覚してしまう程に異常な光景だった。
「はい。」
何を思ったのか少女はそれをアトラナに投げた。
「なあにぃ?食べてもぉいいのぉ?」
「うん。」
「私ぃ弱ぁい負傷兵のぉお世話はぁしたくないのだけどぉ。」
「大丈夫。怪我、しても、強い。」
「じゃあ遠慮なく。」
頂きまぁす。とアトラナが食べる。ギチギチと筋繊維を千切る音が、ゴキッと硬い骨を齧る音、ジュシュと骨髄を啜る音。他にも血液、軟骨、皮膚、血管など人体を構成する様々な物がアトラナの赤い口腔内に収まっていく。その合間も、決して血は流れなかった。
「ご馳走ぉさまぁ。」
「口に、合ったよう、良かった。」
遂にアトラナが少女の腕を食べ終わる。食後の挨拶をする彼女に、五体満足の少女が返事をした。切り取られた筈の腕が生えているのだ。
こうして少女は、強引に自身の力を証明した。
「さて、君の異能の証明も出来た事だし。名前を聞こうか。」
骨折と心停止から完治したクリスが言う。今まで淡々と述べてきた少女が不意に言葉を詰まらした。
「私の名前は…。名前は、無い。家出してきた。」
「そんならウチらで付けてええ?」
サニーが問う。少し間を置いて少女は頷いた。
「亜人なんでしょぉ。何のぉ亜人なのぉ?」
「龍。龍じん。」
「マジかよ。」
龍人ってのは、俺でも知ってる超強え奴等だ。何をやってもいいから其奴等だけには喧嘩を売るなって兄貴に散々言われた。
「龍人ってあの龍人なん?めっちゃ名家やん。」
「どおりで強い訳やな。」
「それじゃあ。龍にあやかって名前を付けようか。」
「龍の文字からいじんのか?」
「ウチんとこやったらこう書くで。」
各々が好き勝手に提案していく中、サニーが下に公用語ではない文字を書いた。
「なんてぇ読むのぉ?」
「ドラチャンじゃねえのか?」
「違うんやけど、そっちの呼び名の方が可愛いからそっちのがええと思うんやけど。どう思う?」
「それが、いい。」
「じゃあ決定やな。」
多少の表情の変化はあれど始終退屈そうな顔をしていた少女が立ち上がり花が綻ぶ様に笑った。
「私の名前は、ドラちゃん。ドラって、よんでね。」
最強の亜人。龍の児に似つかわしくない平凡な、されど美しい笑みであった。
これで前置きは終わりです。次話からやっと戦闘っぽいものが始まります。でも、来週は忙しくなるので、投稿する時期は再来週になりそうです。毎週投稿ってあらすじに書いているのに申し訳ございません。