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第5話 冷えたスポーツドリンク


 校外学習を目前にした僕の前に、ある障壁が残されていた――。


 その名も――球技大会。


 僕は、この3月の間に真島さんに嘘告白をされたりなどで、思った以上に思考のリソースを奪われており、スポーツが苦手な僕にとって最悪の天敵のような行事が残されていたことをすっかり忘れていた。


 そして、今、3月の心地良い日差しの下、僕は、グラウンドに立っている。


 ちなみに種目はサッカーだ。


 僕にできることといったら、もらったボールをドリブルせずにササっと、近くにいるサッカーが得意なクラスメートに回すことだけだ。僕がボールを蹴れば、思った方向へボールがいかず、敵チームにボールを奪われるなど当たり前のように起きるため、少しでも迷惑をかけないようにという配慮だ。


「早く終わんないかな……」


 これから始まる恥を晒すだけの時間を前に僕は、遠い目をしながらぼやいていた。


「弱気になるな、来愛! 女子たちも見に来るらしいし!」


 全くやる気のない僕を見かねて夏生が肩を叩きながら言ってきた。


「マジでギャラリーとかそういうのは、勘弁だよ……。中学のときとか何度、球技大会で罵声を浴びてきたことか……」


 夏生の鼓舞も虚しく僕のやる気はどんどん下がっていくだけだった。


「おおう……。なんか、すまん……」


「気にしないで……。何とか、うまくやり過ごすから……。はあ、憂鬱すぎる……」


 僕たちがそんな会話をしていると――、


「ちょっといいかな……?」


 誰かが僕に声をかけてきた。


 僕は、反射的に声が聞こえてきた方を見た。


「小野寺君……?」


 僕に声をかけてきたのは、クラスメートの小野寺一真おのでらかずま君だった。


 小野寺君は、1年生にして、強豪と言われているらしいうちの高校のサッカー部のレギュラーメンバーで、学年の男子で誰が好き? と女子に聞いたら真っ先に名前が挙がる男子だ。


「えっとね、得意不得意があるのは仕方がないけど、そんな風にまわりの士気を下げるような発言をするのは、試合中にミスを連発されるよりもはるかに迷惑だよ」


 小野寺君は、僕の目を真っすぐ見て言った。


「それは……」


 真剣な表情で言う小野寺君を前に返す言葉もなかった。


「あ、ごめんごめん……! 別に怒っているとかそういうわけじゃないんだ! せっかくの残り少ないこのクラスの男子で作れる思い出の1つだから、みんなで楽しみたいと思っただけなんだ!」


 パチン! と両手を合わせて小野寺君が言った。


「あ、いや……。小野寺君の言う通りだよ……。ほんとに、ごめん……」


 僕は、心底反省した。


 いくら自分が憂鬱だったとはいえ、周りの人まで不快な気持ちにしてしまうのは僕の配慮が足りなかったと言わざるを得ない。


「もし馬鹿にしてくるやつとかがいたら、そいつのことは俺がぶっ飛ばすから上坂もサッカーを楽しんでね! ボール来たらガンガン蹴っていいから!」


 そう言うと、小野寺君は、立ち去って行った。


「マジでいいやつすぎないか……?」


 夏生はボケーっと立ち尽くしながら小野寺君の背中を見送っていた。


「ほんとに、そうだね……」


 僕も、夏生と同じように小野寺君の背中を見送りながら言った。


***


 他クラスの試合を眺めながら30分くらい過ごしている内に僕たちの試合の時間になった。


「よし! みんなで勝つぞー!」


 小野寺君がクラスメートの男子たちを集め、円陣を組ませ鼓舞するように言う。


 正直、まだ気はあまり進まないが、形からでもと思い、他の男子たちと同じように「おー!」と普段より大きめに言ってみた。


 試合前の円陣が終わると、みんなそれぞれの持ち場へと散っていった。


 僕も、みんなと同じように持ち場へ向かおうとしたときだった――。


「上坂!」


 僕の後ろから小野寺君が僕を呼び止めた。


 そして――、


「さっきも同じようなこと言ったけど、頑張ってるやつは最高にかっこいいから、本気で楽しもう!」


 親指を立てながら小野寺君が言った。


「うん……! 頑張ってみる!」


 僕がそう言うと、満足気な顔をして小野寺君が立ち去っていった。


 そして、僕と小野寺君が持ち場につくと、やがて試合が始まった。キックオフは相手チームで、サッカー部が何人かいるという情報を聞いていたのだが、見事な連携で僕たちのゴールの方へ試合開始早々迫ってきていた。


「させるか!」


 小野寺君がすかさず、スライディングを決め、ボールを奪った。


「末吉!」


「俺!?」


 小野寺君の素早い判断に狼狽えながらも、夏生は、小野寺君からボールを受け止め、敵陣に向かって走り出した。


 僕も、慌ててその後を追う。


 しばらく夏生がドリブルをしていると、だんだんと敵チームに囲まれ始めていた。


 夏生は、一瞬、周囲の様子をドリブルしながら観察すると、僕の方へ身体を向けてきた。


「来愛! 後は、頼んだ!」


「ええええええ!? 僕!?」


 ボールがこちらに飛んできた瞬間、長年のスポーツ嫌いで培われてきたトラウマと苦手意識で身体が硬直しそうになった。しかし、小野寺君に言われたように少しはサッカーを楽しもうと思い、僕は、どうにか身体を動かしてボールを受け止めた。


 どうしたらいいか分からず、とりあえず、前方へドリブルを始めようとしたときのことだった――。


「「「「かぁぁみぃぃさぁぁからいあぁぁっ!!!!」」」」


 敵チームの男子生徒4人が僕の方めがけて猛ダッシュしてきた。


「えええええええええ!?!?!?」


 僕は、反射的に彼らから逃れるように走り始めた。思った方向にボールを蹴れないが、火事場の馬鹿力で何とかドリブルっぽいことはできているみたいだ。


 このとき僕は、自分がドリブルをしているという本来なら信じられないことが起きているにも関わらず、そんなことは全く気に留めていなかった。


 ――何が起こってるの!? 僕、別にサッカー部でも何でもないし、マークされる要素0なんですけど!?


 僕は、自分がこんなにもマークされている意味が分からずに困惑していた。


「俺たちの真島さんと同じグループになりやがって!」


「許さん!」


 どうやら、僕が校外学習のグループ分けで真島さんと同じグループになったという情報をどこからか仕入れたようで、ここぞとばかりに恨みを晴らしに来ているみたいだ。


「知らんがな! 僕のせいじゃないし!」


「「「「うるせえ! 黙れ!」」」」


 理不尽が過ぎる。


 僕は、この状況に耐えきれずに近くにいた夏生にボールを戻した。


 夏生は、僕の狙ったところから少し逸れたところへ飛んでいったボールを追いながら――、


「このタイミングで俺に渡すか!?」


 顔を青ざめさせながら叫んだ。


「そういえば、さっきは忘れてたけど、あいつも真島さんと同じグループだぞ!」


「「「許さん!」」」


 うん、本当に理不尽だ。


 この後、僕と夏生は、試合中幾度となく、ボールをパスされる度にマークされ続け、完全に消耗しきった。


 ちなみに試合は、相手チームのディフェンスが僕と夏生に集中しているという致命的な弱点を突き、小野寺君が点数を15点入れて、僕たちの勝ちで終わった。


 余談ではあるが、小野寺君が試合が終わってすぐに「上坂と楽しくサッカーができて良かった!」と言ってくれて、少しサッカーのことを好きになれそうだと僕は、思った。


***


 試合後――。


 僕は、喉が渇いたため、自販機に飲み物を買いに行こうとしていた。


 ――マジで、筋肉痛だ……。それに、敵チームのディフェンスのせいで、めちゃくちゃ擦りむいたし……。


 僕自身だけでなく、僕の体育着も、どうしてそうなった? というくらい砂だらけになっていた。


 満身創痍という言葉は、まさしくこんな感じだろう。


 そんな風に疲れた様子で歩いていたときのことだった――。


 後ろからぴとっと冷たいものを首筋にあてられた。


「うわああああ!」

 

 僕は、驚きのあまり声を上げながら振り返った――。


「お疲れ様! 上坂君!」


 満面の笑みを浮かべながら真島さんが立っていた。


「ま、真島さん!?」


「あはは……! そんなに驚かなくてもいいじゃん……!」


 真島さんは、楽し気な表情を浮かべながら言った。


「誰だって、冷たいものを背後からあてられたらこうなるよ……!」


「確かに! それにしても……すごく頑張ったんだね……?」


 真島さんが砂だらけの体育着と傷だらけの僕をじーっと見て言った。


 ――誰のせいだと思っていらして……?


「えっと、まあ、色々あってすごくマークされちゃってね……」


「そっか……。私も試合見てたけど、すごかったね……」


 真島さんが苦笑いを浮かべながら言った。


「あはは……。情けないところを……。申し訳ないです……」


 自虐的な口調で僕は、返す。


 そんな僕に――、


「情けないなんて、そんなこと全然ないよ……? むしろ……」


 真島さんが少し俯きながら言った。


「?」


 ――むしろ何なんだ……?


 僕は、疑問に思った。


「な、何でもない! これ、あげるから!」


 真島さんは、そう言うと、さっき僕にあててきた冷たいスポーツドリンクの入ったペットボトルを僕に押しつけ、走り去ってしまった。


「はあ……」


 真島さんがいなくなり、僕1人だけになった廊下で僕はため息をついた。


 ――これじゃ、いくつ心臓があっても持たない……。


 その内飽きてくれるだろうとは思っているが、これからもしばらく続くであろう真島さんからの罰ゲームアプローチに耐え続ける日々を想像し、僕は、気が重くなった。


 僕は、心を落ち着けるために真島さんがくれたスポーツドリンクを1口飲んだが、逆に真島さんにスポーツドリンクをもらったという事実を思い出してしまい、胸の鼓動は高鳴るばかりだった。

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