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プロローグ


 こういうことを堂々と公言するのは憚られるが、僕は嘘をつく。虚言癖などそういったものでなく、人を傷つけないように、自分が傷つかないためだ。


 大人たちは「噓つきは泥棒の始まり」と言い、子供を教育する。無論、僕もそう教育()()()()()()()()1人だ。


 しかし、僕は、6歳という幼さで気づいてしまったのだ――。


 嘘は、この世界を生きていく上で最も必要なものだと。


 僕の母親はいわゆる毒親というやつで、父親が出張に行くことをいいことに僕が家にいても頻繁に不倫相手を家に連れ込んでいた。未だに母親が父親以外の男に猫なで声で甘える様が脳裏に焼き付いている。


 当時、まだ6歳だった僕にとっても余程、ショックな光景だったのだろう。


 母親とその不倫相手は、僕に父親に何か問いだされるときが来てしまったら、「何も知らない」と嘘をつけと言ってきた。当時、僕が大好きだった特撮ヒーローの変身ベルトを餌にだ。


 もちろん、僕は、「噓つきは泥棒の始まりって先生が……」と、幼稚園で先生が言っていたことを思い出し、戸惑った。


 しかし――、


「そんな、嘘をつくくらいなんともないよ! 俺もママも幼稚園の先生だって大人は、毎日嘘をついてるんだから!」


 母の不倫相手の男は、優しい口調で言った。


 当時の僕には、大人というものが、現実にそんなことはないのに完璧な存在に見えてしまっていたため、違和感を覚えつつも、「うん……」と首を縦に振ってしまった。


 その後、幼かった僕を丸め込むことに成功した母親の不倫行為は、エスカレートしていった。しかし、家に帰ってくることがあまりない父親が母親の不倫に気がつくことはなかった。


 しかし、僕が小学1年生になった頃だった――。


 ランドセルを背負って家に帰宅し、これから友達と遊んでくるね、と母親に伝えようとしたときのことだったのを今でも覚えている。


 母親の寝室から、聞いたことのない男の声が聞こえてきた。


 僕は、不思議に思い、母親の寝室を静かに開けて、中の様子を見た。


 僕が中の様子を見ると、驚いたことに母親が新しい男を連れ込んでいた。


「旦那さんに悪いとか思わないの?」


「まさか……! あんな男、もうとうの昔に飽きたわ。給料がいいから一緒にいてあげてるだけよ……。本当に好きなのはあなたよ……!」


 母親は、そう言い、いつもの猫なで声で知らない男に頬をすり寄せていた。


 その時、僕は、父親が買ってくれたランドセルの肩ベルトをぎゅっと掴んだ。


 ――お母さんはどうしてあんなことをするんだろう……。


 僕は、子供ながらに段々と母親が悪いことをしていることを理解し始めていた。


 僕は、滅多に帰ってこないが父親は僕たちのために仕事を頑張っていることを知っている。


 休みの日に、父親は、大好きだというゲームもせずに僕や母親を出かけに連れて行ってくれる。


 そんな僕たち家族に尽くしてくれている父親を、母親は馬鹿にしている、と思った僕は、次に父親が家に帰ってくるときに言いつけてやろうと決心した。


 そして、父親が帰ってくるときに僕は、僕の話せる範囲で真実をありのままに伝えた――。


 しかし、父親から返ってきた言葉は、僕が全く予想していないものだった。


「教えてくれてありがとう……。でも、そんなこと知りたくなかったな……」


 父親はひどく泣いていた。


「いいかい……? 世の中には知らない方が幸せなこともあるんだ……」


 そう言い父親は僕の頭を撫でた。


 僕は、父親の悲しみと絶望に満ちた表情と、悲壮感に満ちた声に呆然と立ち尽くした。


 それからは、もちろん、父親と母親は離婚し、僕は、父親に引き取られることになったのだが、僕と2人で暮らし始めたことで、父親は、ずっと頑張ってきた仕事を辞め、夕方には帰ってこれるように新たな仕事を始めた。


 僕と2人で暮らし始めて1年経ったときには、ずっと誇りに思っていた仕事と愛する妻を失った父は、すっかり別人のようになってしまった。


 もちろん、僕に優しいところは変わらない。しかし、以前のように休みの日に出かけることも少なくなり、家にいても大好きなゲームもあまりしない。そして何よりも、仕事から帰って来た時には魂の抜けた人形のような顔をしているのだ。


 そんな父親を見て、僕は、後悔した――。


 僕が父親から誇りも幸せな日常も奪ってしまったのだと。


 そして、知った――。


 嘘は必要なのだと。


 嘘をつくことが必要になるときがあるのだと。


 ――だから、僕は嘘をつく。

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