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たった一つの恋  作者: hina
2/2

最悪の夜

それは五年前、大学二年の夏季休暇のこと。


麗はお嬢様ばかりが通う女子大の学生で、流行のメイクとファッションで華やかに身を包んでいた。


都心の高層マンションで自由に一人暮らしを満喫していた。

長期休暇の間は、昼間は買い物や遊び歩き、夜は決まって飲み会か合コンで暇を弄んでいた。


この日の麗は商社に勤務する社会人との合コンに参加しており、カジュアルバーでお酒を飲んでいた。


「R女子大の麗です!趣味は料理です!」

「家庭的な麗ちゃんイェーイ!」


嘘に固められた自己紹介から始まって、男女が胡散臭い恋愛の駆け引きをする。

そんなありきたりな合コンだったが、麗はだんだんテンションが落ちていた。


今日の合コンの相手は、容姿があまり良くなく、とても強引であったからだ。

それに下品なコールを女子に対しても勢いよく、何度もかけてくるのだ。


「はい、次に飲むのは麗!麗!」


しかもコールさえも大して面白くない。

テキーラを何杯も飲み干さなきゃいけないため、麗の胃は焼けるように痛かった。


そんな合コンで見事に泥酔した女の子も多く、個室の隅でいちゃつくカップルもいた。

また今日の女子メンバーもあまり面識がなくれいは数合わせで呼ばれたこともあり、居心地もよくなかった。


「ちょっとお花畑に行ってくる。」


麗は記憶が無くなる前に早くここから逃げたいと思い立ち、合コンの席から立つことに成功し、トイレで深呼吸をついた。


しかしトイレに入った瞬間に強い吐き気を催し、何度も胃の中にあったものを吐き出した。


「あー、今日駄目かも。」


麗の頭はガンガン痛み、酷い眩暈を感じた。

限界を感じあ麗がトイレでこのまま寝てしまおうと意識が遠のいたのが、その夜の最後の記憶だった。



静流は生まれながらのニューヨーカーで、容姿端麗なハーフだった。

昨年の春に日本人の父と同じ医師を目指すために来日し、日本の大学に通っていた。


静流が日本での生活に慣れるためにアルバイトを始めた場所は、近所のカジュアルバーであった。

ルックスが良く愛想もいい静流は、いつのまにかバーテンダーの仕事を任せられていた。


「さっきの下品な合コン集団、やっと帰りましたね。今日は早く上がりたいです。」

「お客さんも少なくなってきたし、西部くんは早く帰れるんじゃない?」


静流は仕事がすっかり落ち着いたバーカウンターの中で、洗い物をするフリーターのホールスタッフと相槌を打っていた。


「おい、静流!」


そこに一回り年上の顎の髭面が特徴の店長が、奇妙な笑顔を見せながら静流の目の前に立った。

店長は見るからに不穏な雰囲気を漂わせており、西部はそそくさとキッチンの裏に入ってしまった。


「お前にしかできないことだ。」

「店長、それはなんですか?」

「実はさっきから、女子トイレに女の子がこもって出てこないんだ。介抱してほしい。困ったことに、連れも置いていってしまってな。」

「…女の子ですよね?なんで俺なんですか?」


異性の自分が女子トイレにいる客を説得するなんて、静流は顔が引きつっていた。


「数分前に綾瀬は帰ったし、そしたらもうお前しかいないだろう!しかもハーフらしいんだよ、その子!」

「いや店長。外国人ならまだしもハーフなら、日本語通じますよね?」

「…どうかな?さぁ、よろしく頼むよ。」


店長はホール中に響くくらいゲラゲラと大声で笑い、その場を颯爽と去って行った。

店長が何かしら理由をつけて面倒くさい客を自分に押し付けたのを静流は感じていた。


「仕方ないなぁ。」


静流は深いため息をつくと、重い足取りで女子トイレの前に立った。


「大丈夫ですかー?」


静流は女子トイレを軽く数回ノックして、何度か声をかけたが反応はなかった。

時々トイレで寝てしまう客はいるからこんなことは珍しくはないが、この客がトイレを出るまで自分はバイトを上がれないのかと静流は絶望していた。


それから十分程経過して静流が近くの壁にもたれかかり角で肘をついていると、女子トイレの中から物音が聞こえた。


「出れそうですか?」


そう声をかけた瞬間、トイレのドアが勢いよく開いて床に崩れるように麗が出てきた。


「起きれます?」

「…ごめんなさい。」


静流はす青ざめた顔の麗の肩をゆっくりと起こし、介抱した。

麗はまだ目眩が酷くて視界も定まらず、そのまま静流に連れられてバーカウンターの近くのソファー席に座らせられた。


「しばらく帰れそうにないかも…。」


麗はテーブルに頭を伏せてそう呟いた。

ラストオーダーが近づく店内で、バーカウンターに出て来た店長が腕を組んで麗に対して冷ややかな視線を向けている。


静流は苦笑しながら麗の前に立つと、ミネラルウォーターを出して飲むように促しそっとバーカウンターに戻った。


「静流、よろしくな。」


そしてすぐさま近づいてきた店長は静流の肩を叩き、ホールから出た。

鼻歌を歌いながら、退勤準備を始めている。

店長得意の責任転嫁だ。


しかし想定内の展開だと、静流は一人眠りについた麗を見ながら今日何度目か分からない溜息をつき、洗い終わっているコップを拭いた。



午前四時。

バーから全ての客が帰り閉店した店内には、麗と静流だけが残されていた。

静流もさすがに眠気に襲われ、カウンターに座って臥していた。


「…えっ、どういうこと?」

「んー。」


静流が深い眠りに入ろうとしていた時、甲高い麗の声で目が覚めた。

右手で目をこすりながら振り向くと、麗は落ち着きなく周りを見ていた。


「私まさかここで寝てた?」

「はい、最初はトイレで。」

「えー!うそ。ごめんなさい、本当に。」


麗は全く記憶が無いようで顔を真っ赤にして、両手を合わせて静流に謝った。

静流は苦笑することしかできず、手を横に振って誤魔化した。


「私、帰ります…。」


麗は申し分悪そうに俯きながら急に立ち上がると、または酷い目眩を感じ前に倒れそうになった。

静流はすぐに麗の下に駆けつけて体幹を支えた。


「大丈夫ですか?」

「…気持ち悪い。」


麗は青ざめた顔で深呼吸をし、しばらくまた椅子にかけて休んだ。


「あの、家近くですか?」

「タクシーに乗れば十分くらいかな。」


麗の気分が少し落ち着いた頃、静流は麗が帰る手配を考えた。

まだ繁華街の外は酔っ払いで溢れており、酔いが抜けない若い麗の帰路は大変危険なことだと静流は思った。

大体の麗の家の方面を聞くと、静流の住むアパートから近い場所であった。


「それなら送ってきますよ。」


しかし静流が麗に図った最善の配慮が、今夜の静流の運の尽きだった。



麗の住む高層マンションは、繁華街を抜けた高級住宅街にあった。

高級ブランドのジュエリーやバッグを身につけていた風貌から、麗がお嬢様だということは静流も察しがついていた。


「あ、ここで…。」

「俺もここで降ります。」


静流はそのまま自宅に帰るつもりであったが、タクシーを降りるのでさえも足元が覚束いてまともに歩けない麗を離すことはできなかった。


「何階ですか?」

「十七階…。」


閑静なマンション内で静流は麗の背中をそっと支えながら、玄関の前まで見送った。

しかし玄関の前に着き静流が手を離すと、麗は玄関に突っ伏すように倒れた。


「大丈夫、大丈夫。ありがとう、ここで大…。」


静流はまた麗に手を差し伸べようとしたが、麗はヒールを脱いで這うように立ち、玄関を背にして静流に手を振った。

静流はさすがにもう大丈夫かと思い帰路に向かおうとした時、玄関が勢いよく開く音とともに怒声が響いた。


「麗?お前こんな時間まで…!お前誰だよ!」


静流が振り向くと同時に、ドカドカと向かってきた大男に胸ぐらを掴まれた。

大男は上下スゥエットで金髪、左耳に大量のピアスがあり、見るからに柄が悪そうであった。


「いや俺は…。」

「俺の女と浮気して送ってくなんてふざけんなよ。二度と顔見せんな。」


静流が弁解する間もなく大きな勘違いをした大男は、静流の左頬を殴り、静流は廊下に尻餅をついた。

静流は呆れて何も言えず、もちろん手も出なかった。


「うっ…気持ち悪…。」


その姿を見ていた麗も何か言おうとしていたが、口元を押さえて膝を降り、大男とともにマンションの部屋の中に入っていった。


「最悪だ。」


理不尽な災難に遭った静流は左頬を摩りながらそう言うと、マンションから去って行った。


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