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9話 自分らしく生きる

 瑞希に明るさが戻ったある月曜日のこと。


 登校早々、激変した瑞希の姿に度肝を抜かれた。


「おはよー」


 これまでとは様子が違っていた。栗色の髪もピンク色のシュシュもない。歩くたびに風に靡いたアレがない。葉山瑞希はスカートを履いていなかった。


 初めて瑞希がこの教室にやってきた始業式の朝のように、クラスがザワついた。俺は瑞希から何も聞いてない。


「葉山、イメチェンかー?」


 空気を読まない男・日高が先陣を切った。


「まぁね」


 瑞希は黒に染め直したボブヘアの毛先に触れた。耳にかけると赤茶のインナーカラーが際立った。


「髪をバッサリいったということは、失恋……ふぐっ」


 場の空気が悪くなる前に、俺は日高の口を封じた。


 瑞希はスカートの代わりにショートパンツと黒のレギンスを履いていた。脚のラインが見える下半身に対して、上半身はカーキ色をしたオーバーサイズのスウェットだった。好きな色であるピンクのピアスが光る。


「瑞希ちゃん、格好いい!!」

「いや、可愛くね?」

「どっちにも見える」


 かっこいい。可愛い。両方の感想が飛び交った。


「ジェンダーレスとかボーダーレスってやつか」


 後ろから飯田が呟いた。


「ジェンダーレス男子って聞くよな」

「ジェンダーレスで男子って同いう意味だよ」

「性別不明な男でジェンダーレス男子ってことだろ」

「じゃあ、女の場合ならジェンダーレス女子ってことか?」


 梶原、山之内、日高がジェンダーレスの定義について議論しているが、そんなことどうでもいい。


 張り詰めていた緊張が解けたように、俺は胸を撫で下ろした。瑞希は瑞希なりの答えを見つけたんだ。その顔に迷いはなかった。


「あいつ、変わったな」


 瑞希の晴れやかな顔に飯田も気づいていた。


「ゆかりん、どうかな?」


 久々に瑞希は木村ゆかりに声をかけた。木村は瑞希と一瞬目を合わせたがすぐ逸らし、俯きながら小声で答えた。


「すごく……似合ってる」


 木村の顔は赤くなっていた。


「ありがとう」


 瑞希は微笑みながらハートの形に折り畳んだ便箋をそっと木村の机の上に置いた。


「ゆかりん、後で読んで」


 木村ゆかりは手のひらで便箋を隠し、すぐ机の中にしまった。



  * * *



 休み時間の屋上、俺は離れたところから瑞希を見守っていた。木村との密会を邪魔する趣味はもちろんないが、ここにいてくれと瑞希に懇願された。


 数分後、木村ゆかりがやってきた。


 瑞希は木村と向き合い、目線を合わせながら話し始めた。


「ゆかりんに話さなきゃいけないことがある」


 木村は無言で真っ直ぐ瑞希を見つめた。


「ゆかりんの気持ちに応えてあげられなくてごめんね。自分は普通の男子のようにできないみたい。だから、今はゆかりんの言う彼氏にはなれないんだ」


 木村の頬に一筋の滴が伝った。


「ゆかりんこと、自分も好きだよ。でもゆかりんが思っている好きとは違うみたいなんだ」

「……ごめん」


 絞り出すようにか細い声で喋り出した木村は言葉を続けた。


「私、瑞希ちゃんのこと、特別な男の子にしか思えなくて……」


 木村の目から涙が溢れそうになっていた。一瞬、瑞希は申し訳なさから切ない顔を見せた。


「いいんだよ。それで。どう思おうと自由だよって言ったでしょ」


 微笑みながら木村の頭を撫でた。


「戸惑わせてごめん。恋愛の『好き』がわからないんだ。もしかしたら、女の子じゃなくて男の子が好きになるのかもしれない。どっちも好きかもしれない。本当にゆかりんとそうなりたいと思ったら、その時ちゃんと気持ちを伝える」


 瑞希は木村の肩を抱き、願いを口にした。


「それまでは友達のままでいてくれる?」


 突然の抱擁に木村は戸惑っていたが、『友達』と言う言葉に木村は安堵し、頷いた。木村にとって瑞希は失いたくない存在だった。


「これは自分なりの敬意の示し方なんだ。許して」


 瑞希の腕の中で赤面する木村に、瑞希は抱擁の言い訳をした。



 * * *



 木村が去った後、俺はふらりと瑞希の前に姿を現した。


「見てらんねぇな。勘違いさせるようなことするなよ」


 傷心の木村にはさぞ堪えたことだろう。瑞希の行動は俺の理解を超えていた。なんの下心なしに異性に抱擁するのは抵抗がある。


「これは友達としてのハグ! 自分の心に聞いてみたんだ。ハグしてゆかりんのことをどう思っているのか……」


 確かめるためのハグ。突飛な回答に俺はたじろいだ。

 瑞希らしいっちゃらしいが。ハグをしてみて感じるものはあったのだろうか。


「……で? その答えは?」

「やっぱりまだ先には進めそうにないみたい……」

「そうか……」

「この先に進みたいって人が現れるかな」

「たぶんな……」


 俺たちは飛行機雲を眺めていた。どこまでも続く青い空、小さくなって見えなくなるまで白い軌跡が続いていた。


「あっ……。あの子にも話しておかなきゃ」


 瑞希を女子だと思い込んで告白してきた男子のことをふと思い出したらしい。


「別にいいだろ。いつかばったりトイレで会って。実は男でしたーって」


 今まで二人がばったり出くわさなかったことが不思議なくらいだ。


 意地悪く笑う俺に瑞希は怪訝な顔をした。


「女の子だと思っていた子と男子トイレ会うのってきっと最悪なことなんじゃない?」


「まぁな。笑えねぇな」


 不憫に思いながらも、俺らは笑い合えずにはいられなかった。


ありがとうございました。

次回最終話です。明日20時投稿です。

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