3話 広がる輪
「失礼しました」
職員室から出てくる瑞希と出くわした。あれから学校側と協議を重ね、瑞希の趣味趣向を理解する方向に話が進んでいるらしい。
「やっほー。透矢」
「何だよさっき教室で……」
……会ったばっかりだ。
いちいち話しかけて、なんだこいつは。
甘ったるい呼び方に俺は顔をしかめた。どう接すればいいのかわからないせいで俺は瑞希を避けていた。朝や帰りにすれ違う時の挨拶、話す必要がある時しか話さないようにしていた。そもそも瑞希に用なんてない。
あいつはあいつで初日に発揮した芯の強さとハツラツさのおかげで、話題の人になっていた。
特に女子。真っ先に女子の輪に取り込まれていた。顔もまあまあ整っているから、女子ウケは抜群。女子のファッションや文化に興味があり、実践している瑞希は女子トークにすぐ溶け込んでいた。毎朝、髪型や小物を褒め合う女子の恒例行事を難なくやってのけた。
「それで、水泳の件……どうなった?」
特に知りたくもない話題だが。間が持たないから、話を振る。
「男子クラスだよ」
体育の授業は男女に分かれて実施するが、水泳の時は瑞希を男子クラスに入れていいのか教員の間では議論の的になっていた。
「しょうがないよね。体は男だから。当然だと思う」
当然だが、お前としてはどうなんだ。男子の前で半裸になって恥ずかしくないのだろうか。
「お前はそれで大丈夫か?」
「なにがー?」
瑞希はあっけらかんと返した。調子が狂う。何か察した瑞希は話を続けた。
「……あっ、もしかして水着のこと気にしてる? キミたちと同じものは着れないけど、ちゃんと自分用の水着用意するから大丈夫だよ」
してやったりと言うばかりにニヤニヤと俺の顔を覗き込む。
「一緒にプールはドキドキする?」
「ばかやろう! 調子に乗るな! 少し気を遣っただけだ!」
俺は瑞希を振り切った。
調子が狂う。苦手意識が強くなる。
吐き出したため息で、イライラしていることに気がついた。
教室ではいつものように、瑞希には女子の囲いができていた。
「ゆかりん、これ」
瑞希は一番懐かれている木村ゆかりにリボン付の包装紙を手渡した。
「オススメのフェイスマスクだよ。良かったら使ってみて」
「えぇ~、瑞希ちゃんありがとう!」
「この前、誕生日って言ってたでしょ?」
「わ~、ありがとう!」
プレゼント用に包装までする女子力の高さ。
「ねぇ、みよちゃんは来月だよね? 楽しみにしてて」
誕生日を覚えてさりげなくプレゼントするあたり、モテる男の行動そのものだ。
一方で器用な瑞希は女子が回す手紙をハート型やリボン型に折り、女子たちを驚かせた。休み時間の度に女子が瑞希の周りに集まって折り紙教室が始まることもあった。
瑞希がやって来てから居心地の悪さを感じたのは、俺をはじめクラスの男子生徒たちだった。
瑞希をからかっていた日高は初日に握手をしたものの、次の会話はまったく無かった。共通項が見当たらないせいで、男子連中は瑞希にどう声をかければいいのかわからない。
休み時間もずっと遠目で瑞希を見物していた。
「新井、葉山と小学校一緒だったんだろ?」
バスケ部の飯田はずっと瑞希を警戒しているようだった。
「小五の一、二学期だけな」
「小学生の頃からあんなんだったのかよ?」
「いや、普通だった。クラスでも目立たなかった」
「……何があったんだよ。偏見で悪いけど、こえーよ。女装してる男と仲良くなれる気しねぇよ」
たぶん飯田も得体の知れない人間に抱く恐怖心で瑞希の存在を受け入れられないんだ。
俺はため息で飯田の不安を一掃した。
「別に仲良くなろうって思わなくていいだろ。誰と付き合うかは自由だ」
必要以上に仲良くするつもりはない。
「……ねぇ」
後ろから瑞希の声がした。
「はい……ごめんなさい!」
失言が瑞希の耳に入ったと思った飯田は勢いよく頭を下げた。
「ねぇ、これ」
瑞希は飯田のペンケースについた缶バッジを指していた。飯田が熱を上げているロボットアニメの缶バッジだった。
「これ、マシーナリーフォースの缶バッジじゃない!? 好きなの?」
「へ?」
飯田はあっけに取られた。
「ああ……」
頭をかく飯田に、瑞希はスマホのカメラロールを見せた。マシーナリーフォースのプラモデルだった。
「これ、自分が作ったプラモ。見て!」
「わぁ、ずっげ。葉山ってプラモやるんだ」
「飯田くんは作らないの?」
「いや……、俺細かい作業苦手だから、挫折して最後まで作ったことなくて……」
「得意だよ! 今度一緒にマシーナリーフォースのプラモ一緒に作ろうよ!」
飯田の目は輝き、共通の話題で大いに盛り上がった。
その瞬間から、飯田の中で瑞希に対する恐怖心が消え失せ、ふたりは歓喜を共有する友達へと変わった。
一瞬の出来事に圧倒された。
魔法みたいに、飯田は引き込まれていた。こんな簡単に友達になれるものなのか!?
瑞希の様子は女子たちと談笑している時と何ら変わらない。自然だ。
相手が男でも女でも、偏見も思い込みも一切なく、誰とでも楽しそうに会話をする。
スカートを着、化粧をし、女の姿をする男、葉山瑞希。やつはいとも簡単に俺たちが勝手に引いていた境界線を越えていった。
この頃からだ。俺の中で瑞希の印象が変わり始めたのは。