10話 見つけた答えの先に【最終話】
いつもの昼休み。今日は屋上が騒がしい。
飯田と瑞希はスマホを覗き込み、張り合っていた。
「絶対ドラスティックレッドでしょ!」
「いや、コズミックシルバーだろ」
限定プラモの配色はどちらがかっこいいのか討議していた。
「めんどくせーな。どっちも同じだろ」
日高にはどうでも良かったようだ。
「良くない!!」
飯田と瑞希が同時に吠えた。
「……まぁ、いいや。もう葉山のパンチラにヒヤヒヤさせられることもなくなったしな」
日高はとにかく配慮に欠けている。デリカシーのない発言に引きながらも、梶原と山之内が乗っかる。
「ドキドキの楽しみがなくなったよな……」
「だな。女神様のスカートが拝めないなんて」
「お前ら、ふざけたこと言ってると……」
暴走しないよう俺が忠告すると、瑞希が三人を見下ろしてきた。
「最っ低……」
ゲスな人間を蔑む目をしている。
「うっ……」
ゲス三人衆は怯むが、すぐに瑞希は真逆の表情に切り替えてからかう。
「……って、普通だったらこう言うかな?」
返す言葉がない三人衆は黙って弁当をかき込んだ。
「最低だと思うぞ」
俺と共に飯田も呆れていた。
「瑞希。今日のお前、いいな」
飯田はそっと親指を立てた。
「やっと、お前らしい格好が見つかったんだな」
「そうなの!」
その目は輝いていた。
「性別、葉山瑞希に合うスタイルを見つけたんだ! まぁ、まだお試し期間だけど」
瑞希は得意気に髪をかきあげた。
「飯田がジェンダーレスって言ってたけど、ジェンダーレスって何だよ」
日高が純粋な疑問を投げかけた。
「直訳すると性別がないってことになるけど、俺は性別からくる決めつけや価値観を見直して、偏見をなくしていこうって考え方だと思っている」
俺は瑞希に感じていることを素直に話した。飯田も頷き、付け加えた。
「性別にとらわれず自分らしく生きる行き方ってことだな」
「それにしても男女の境界線を無くしたら色々困るんじゃないか」
日高は引っかかるところがあるらしい。俺は真っ先に答えた。
「何でもかんでも一緒がいいってわけじゃない。区分は必要だろ。男と女が同じトイレや風呂って訳にも行かないし、体格差があるからスポーツではフェアじゃない」
「区分が差別になっちゃいけねぇよな」
飯田の格言は腹落ちするものだった。俺たちが変えていかなきゃいけないのはこの世界の見方だ。違いを認め合い、受け入れられるように。
「あっ! ここにいたー!」
そこに広崎有紗がやってきた。
「梶原くん。これ、キミコイドラマCDの特典」
手渡された小冊子に梶原は歓喜した。
「おおーー!! さんきゅーー!! これ姉ちゃんが初回限定買えなかったって言ってたやつーー! やっと読める!!」
「なんだよ。お前いつの間に仲間見つけたんだよ」
抜け駆けされた山之内は寂しそうだった。
「山之内、広崎って美少女アニメ好きらしいから、きゅーマジの話通じるよ」
「マジか……!? 最新話観たか!?」
本日一番の朗報に山之内の瞳が輝いた。
「もちろん!」
広崎は得意げに親指を立てた。
「広崎、梶原は彼女持ちらしいから、手出すなよ」
盛り上がっているところに日高が横から水を差した。いつも余計なことを言う男である。
「出さないよ!!」
広崎が大声でキレた。
「ねぇねぇ、キミコイって面白いの?」
興味本位で仲間に入ろうとした瑞希が寄ってきた。
「面白いに決まってる!!」
梶原と広崎は口を揃えた。屋上に響かんばかりに声を張り、二人の眼鏡が同じタイミングでキラリと光った。
気づけば俺たちの周りには多様な個性が集まり、ひとつの社会の輪ができていた。
* * *
木村ゆかりが屋上から去った後のこと。
消えていく飛行機雲を眺めながら、瑞希に思い切って聞いた。
「お前、なんでスカートやめたんだ?」
瑞希は笑った。
「やめたんじゃないよ。これは、自分と向き合ってたどり着いたひとつの答えなんだ。気分で履きたくなる時があるかもしれない……」
瑞希が答えに辿り着いた過程を知りたい。
少し黙った後、瑞希は心の内を語り始めた。
「今までは男らしくしなさいって言葉に過剰に反応してた。性別で押し付けられることに反発したくなった。だから僕はスカートを履いた。化粧もした。髪も伸ばして、一般的には女の子がするものを身に着けた。何故男にピンク、スカートは変なのか、それに抗議するために」
それが対極の姿を体現していた理由だった。いじめっ子から守った日から、瑞希はずっと自分の答えを探していたんだ。
「気づいたんだ。ピンクとか可愛いものは好きだけど、女の子になりたいわけじゃないみたい。男の貼り紙を剥がして、自由になりたかった。性別から来る偏見を跳ね除けて、中立的な存在として胸を張って生きたかったんだ」
瑞希は青空に自分のまだ見ぬ未来を描いた。
「それでね。こんな自分のことを認めてくれる人と出会って、その人を心の底から好きになって……。未来が生まれたらいいかなって……」
少し言葉をためらった後、瑞希は言葉を続けた。
「……仮に男の子の恋人を作るなら、透矢がいいかも」
「はぁ!?」
瑞希の直球に俺は柄にもなく赤面した。
「自分のこと、ずっと見てきてくれたし。一番理解者だと思ってるんだ」
確かに俺は瑞希の痛みや苦悩を近くで共有してきた。それだけに瑞希の言葉ひとつひとつがむず痒く、俺の心をくすぐった。
「……まっ、今はそんなつもりはないけどね」
なんだろう。ホッとしたような。残念なような。
「透矢。これからも、よろしくね」
「……あぁ。お前がひとりで悩んでいると、俺もしんどくなるから。言ってくれ。……もう、心配させるな」
木村との一件や男子から告白されたのをひとりで抱えていた瑞希を思い出した。
「ありがとう。透矢のそういうところ、だいすき」
「…っお、ぉう」
しまった。
不覚にもときめいてしまった。
『好き』なんて言われ慣れていないせいだ。
そう自分に言い聞かせ、落ち着かせようとする。そこに、瑞希が正面から俺の顔を見つめてきた。
瑞希と目を合わせられない俺は長い睫毛の先を見ていた。
「もし、その気にになったら、ゼロから色々よろしくね」
瑞希は瞳をキラキラ輝かせ、好きな獲物に手をかけた獣のように不敵な笑みを浮かべている。
こいつは俺が思っている以上に規格外の心で俺を圧倒する。
瑞希は何を思って言っているのか。内心を想像してもよくわからなかった。
でも、それでいいんだ。
世間から押しつけられる「らしさ」や「であるべき」と葛藤しながら、俺たちは自分らしくいられる生き方を探している。
拒絶し、拒絶され、受け入れて、受け入れられ、揺らぎながら生きていく。それでも、いつか自分の答えに辿り着けると信じている。瑞希にも、俺たちが当たり前に望むような未来がきっとある。
男でもない。女でもない。葉山瑞希の生き様を、俺はこれからも傍で見守っていきたい。
俺たちを包む青空は希望でしかなかった。
Fin.
最終話です。
最後までお付き合いありがとうございました。