表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/36

私が直しています。え?


『うんとこしょどっこいしょ、うんとこしょどっこいしょ。それでも大きなかぶは、まだぬけません』


言葉の音も良い。


(もしかして左右田先輩、妹にうんとこしょどっこいしょって言いながら、読んであげてるのかなあ)


そう思ってしまうのには理由がある。


夏休み前の美化委員の委員会でのことだ。委員長でもある左右田先輩は委員会が始まる時間より早く来ていて、机をコの字に移動させたり、黒板を綺麗に消したり、会議の準備に余念がないところを偶然にも知ってしまっていたのだ。なぜか10分も先に進んでいた私のポンコツな腕時計のせいで、その事実を知ったわけだけれど、左右田先輩の責任感の強さや優しさはそれだけでなく。


「プリント、配ってくれ」


副委員長にプリントの束を渡す時、重いぞ、と声をかけている姿も見ているし、学年によって掃除の負担に差がないよう配慮してくれる、その気配りも素晴らしいんです。


しかも野球部でキャッチャー。背が高くて大柄でがっちり体型だから、委員会の女子が左右田先輩にお姫様抱っこしてもらいたいー! だなんて騒いでいるのを小耳に挟んだこともある。

基本、世話好きなんだと思う。みんなが先輩のことを慕ってるし頼っていて、さすが委員長、人望も厚いんだなこれが。


そんな左右田先輩が、妹を膝の上に抱っこしながら絵本を読んでいる姿を想像してみたら。

途端に和んだ。パパか! ってね。クスッと笑いがこぼれてしまう。


「美夕ちゃん、なんか良いことでもあったのお?」


藤掛さんが、ニヤニヤしながら私を見る。


「いえ別に……なんでもないです」

「いやいや、あるでしょ! なんか幸せそうな顔してるよ!」


突っ込まれて火照ってくる頬をさする。


「青春だな」


ボソッと呟いた的場さんの言葉を苦笑で耳に入れながら、私は新井さんの指導のもと、本当にこれ裁縫だなあ家庭科だなあと思いつつ、縫い針に糸を通していった。


✳︎✳︎✳︎


夏休み恒例の校内一斉清掃1回目とその後の美化委員会が終わって、教室へと戻ろうとしたところで、左右田先輩に声を掛けられた。


「なあ。樫井って、この前なんで図書館にいたんだ?」


私はそれが突然だったということもあって、驚いてすっかり緊張してしまった。ぴっと背筋が真っ直ぐになる。


左右田先輩とは学年が違うから、今まであまり話したことがない。話したとしてもほぼ美化委員の仕事についての業務連絡みたいな感じだったので、私はどうしたらいいのか、貝のように固まってしまったのだ。貝?


「あ、えっと、ぼ、ボランティアで。本を修理してて」

「そうなんだ。この前は変なとこ見られちゃったな」


苦笑い。頭に手をやって、髪をくしゃっとかき混ぜる。ほわん。


左右田先輩は野球部でキャッチャーをしているからか、頭をかく手も大きい。お弁当を二個平らげるという噂に真実味しかない巨体。その見た目にどうしても威圧感があるので、私は少しだけ近寄りがたいなあ、なんて思っていた。


こんなにガタイの良い先輩なら、大きなカブも一人ですぽんっと抜けそうな気がする、なんて思ったけれど、先輩を前にしてそんな冗談を言ったり、笑ったりすることはできない。顔をキリッと引き締めた。


「あれ。あの絵本さあ、直りそう?」


不安そうな顔で、私を見てくる。目が合って、せっかくのキメ顔が崩れそうになるし、ぼぼぼぼと顔も熱くなって。私は手を団扇にし、パタパタと風を送ってみた。暑いけど寒い、いや暑い! 誰か、水持ってきてえぇぇ! キリッ。


「たぶん! だだ大丈夫、……です」

「そうなんだ。あのおばあさんに任せておけば、なんか良さげだったけど」


それを聞いて少し焦ってしまった。ああ先輩は勘違いをされておるぞ、真実を言わねばなるまい、と。

あのぅ、と続ける。


「……それ、私が直してます」

「え? そうなの?」


お前なんかが直せるの? ぐらい言われるかと思ったけれど、左右田先輩は笑って、「悪いな、お前にも迷惑かけて」と言ってくれた。


近づいた顔に、胸がどきりと鳴った。


「妹がなあ。あ、まだ3歳なんだけどな、表紙んとこ思いっきり引っ張っちまって。図書館の本はみんなの本だから大切にしろって、いつも言いきかせてるんだけどなあ。やんちゃだから、手ぇ焼いてるよ」


「そうなんですか。……でも新井さんが、あ、この前のおばあちゃんですけど、壊れても私たちがどんどん直すから大丈夫って……」


私は新井さんが言っていたことをそのままなぞって言った。


本の修理をしていて驚いたことがある。それは落書きや切り取りが、ことのほか多いことだ。

ボールペンで書かれたら、もう二度と消すことができない。さすがの魔法使いも、一本のボールペンには太刀打ちできないのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 使える魔法と、使えない魔法があるということですね。 ボールペンは強敵なのだ。
[一言] 先輩も美夕ちゃんが気になりだしましたか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ