本のゴミ山から見事に救い出す
それは子どもが読むイラストが多くて字の大きい児童書。アニメにもなってて私でも知ってる人気の探偵と泥棒のシリーズだ。オープニングだって歌えるんだから! と悦に入る。
新井さんがパラパラと中をめくると、本の真ん中部分がごっそりと取れてしまった。
「うわ」
それはそれはひどい有りさまだった。背表紙、表紙、中身、そのほとんどが破れてしまっている。
「これはひどいと思うかもしれないけど……わざとじゃないのよ? 皆さんが普通に読んでいてもこうなっちゃうの」
藤掛さんが「こんなのが、一週間で何十冊と出るのよ。びっくりでしょ!」と隣から笑う。
唖然としてしまった。
図書館の本は、こんなにも壊れるものなのかと。
「だからね。人の手を入れて整備し管理していくことは、とても大切なことなのよ。そうでなければ、本が直ぐに傷んでしまって、処分しなければいけなくなる」
「本のゴミ山ができてしまうんだよ」
ぼそっと呟いた的場さんの言葉が衝撃的だった。
本当にその通りだ。ちらっと後ろの棚を見ると、修理本が山ほど積んである。
(一週間でこれだけ廃棄が出たら、本当に大変なことになっちゃう)
本の修理の大切さがちょっとわかったような気がした。
修理本の山を見て、なんだか気持ちがモヤモヤとしたけれど、私は止めていた手を再度、動かし始める。専用の糊をちょんちょんとつけて挟み込み、糊を乾かしてから、本専用の締め機でグッと圧をかけて形を整えた。
終了だ。
「はい、これね。美夕ちゃんが直した本よ」
ボランティアの時間が終わる頃に、新井さんから手渡された狐面男子とタイガーマスク女子の本。
直す時には、ミスしないようにと必死だったので気がつかなかったけれど、狐のお面をした男の子とタイガーマスクの女の子の周りには、色とりどりの花が散らしてあって、改めて見るとラブストーリーちっくなとても可愛いらしいイラストだった。
正直、終わったのと直ったのとで、色々な意味でホッとした自分がいる。
「……へえ、こんな綺麗な本だったんだ」
思わず呟いてしまうくらいの、美しい表紙。マンガは読むから、イラストには興味がある。
「装丁と言うのよ。見てて楽しくなるくらい、色々な装丁があるわ。その装丁の美しさ、本の手触りや香りなども楽しんで、修理していってね」
新井さんがお疲れさまでしたと言ったのを機に、みんながエプロンを脱ぎ始める。
私も借りていたエプロンを畳むと、直した本の横に置いた。
『狐のお面男子が恋に落ちたのは、タイガーマスク女子でした』。
恋の話だというけれど、いったいどんな出会いがあって、この二人は恋に落ちるのか?
それが気になって、修理したての本を借りていくことにする。
狐面男子の顔は、イケメンなのだろうか? イチ女子としては、主人公はイケメンであって欲しいという希望というか願望というか妄想。
女の子はプロレスが好きなのかな。まさか狐面をラリアットしたい、とか?
……なんて妄想が膨らんでちょっと楽しくなって、帰りの電車でさっそく読み始めた。
面白い。一駅だから、冒頭しか読めなかったけど。
けれどそれより何より、取れたページがピタリと本に収まっていて、それが本当に本当に、気持ちが良い。
家に帰って仕事から戻っていたママに見せる。
「え? どこ? どこを修理したの? ええ? 全然わかんない!」
ママが感心したように声を上げてペラペラとページをめくっていく。確かに、ページを覚えていないと、どこを直したのかまったくわからない、完璧な状態だ。しかも自分がやったのに、何ページだったか全然覚えていない。私ってばまったくもう!
「魔法みたいねぇ」
それでもママの一言が、特別嬉しかった。
私は充実感に包まれながら、その日の夜までに、本を読み終えてしまった。狐面とタイガーマスクの恋模様。ええ⁉︎ それはアリなの⁉︎ という展開や、恋人同士になったはいいが、お面同士でキスはどうやってするわけ⁇ なーんていう場面もありで。
的場さんがお勧めしてくれた通り、読み応えがあって面白く、あっという間に読んでしまった。眠い……。
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ボランティアを始めて三回目の今日。このままボランティアを続けてもいいかも、なんて思い始めていたこの日、私はいつものように図書館の受付カウンターに挨拶をしてから、横をすり抜けて奥の部屋へ入ろうとしていた。
その時、背後で少し低い男性の声が。その声に聞き覚えがある気がして、私は部屋のドアを開けようとしていた手を止めた。
「すみません、これなんですけど……」
振り返るとそこには同じ鹿島中学校、一つ上の左右田先輩の姿。先輩は三年生だけれど、二週間に一度、美化委員の委員会で顔を合わせている。しかも委員長。
先生! 左右田が「そうだ」って言いましたぁ、とか、クリーム「ソーダ」先輩! とか言われたりしているが、結局最後にはなんだかんだでみんなに頼りにされ、なにかと人気がある先輩だ。
苗字が変わっていることと、キリッとした太い眉毛と大きな大きな身体が第一印象。