本の修理、その妙
「図書館の本ってね、たくさんの人が読むものだから、何度も繰り返し読むうちにページが取れてしまったり破れてしまったりしてしまうのよ。大切に読んでくださる方が大半なんだけれど、それでも中にはお菓子食べながらとか、コーヒー飲みながらとか、信じられない人もいるの」
「え、まさか……お菓子の食べこぼしたやつとかですか?」
私が思いついたまま問うと、藤掛さんが笑いながら入ってくる。
「あったあった、そのまさかよ! 中からポテトチップスが化石となって出てきたやつねえ。油がじゅわって染み込んじゃってて、あれはどうやって直そうか、頭抱えて大変だったなあ」
信じられない話だった。確かに私も漫画なんかは、お菓子食べながら読むけど、友達から借りた雑誌とか図書館で借りた漫画を読む時は汚しちゃうからそんなことはしないし、読む前には必ず手を洗いなさいとママにも言われるし。
「まあ、そういうことはあまりないけれど、次に読む人にとっては、気持ちの良いものではないわよね」
新井さんが、笑う。
「じゃあ、続きを教えるわね。この取れた部分の継ぎ目を見てね。本の本体がこうして大きくぱっくりと割れていない場合はね、取れたページに薄く糊をつけて、ずれないように気をつけながら差し込むだけなの」
小さな白い瓶を差し出してくれた。トロッとした真っ白い液体。本の修理用の糊だという。その瓶には、小さなゴム製のヘラが入れられている。料理用のものと比較してもまったく大きくない、小ぶりで先が小さいヘラだ。
「この糊ね、乾くとちゃんと透明になってくれるのよ」
ちょんちょんと瓶に軽く叩きつけて余分な糊を落とし、取れたページのヘリにすうっと塗っていく。
「ちょっと貸してくれる?」
私が手にしていた狐面とタイガーマスクの本を差し出す。すると新井さんは取れたページがもともとあった箇所を大きなクリップで押し開け、そのまま器用にもその取れたページをすうっと差し込んでいった。
上下左右にズレないように、慎重に、慎重に、そして丁寧に。その後、つけた糊が他のページにくっつかないように、シールやテープを貼ったりはがしたりができるツルツルとした紙を、両側に一緒に挟んで閉じる。そして今度は本の背に大きなクリップをパチンとはめて固定すると、「これで糊が乾くまで待って、締め機で圧をかけて、形を整えればできあがりよ」と言う。
「ただね……」
集中して一通りをこなした新井さんが息をついて含み笑いをした。
「本の修理ってね。基本は私たち、ボランティアだから。こうしてヒマなおじさんおばさんがやってくれてるんだけどね。みんな気をつけてはいるんだけど、うっかりしてページの場所を間違えてくっつけちゃったりするのよ。あはは」
え⁉︎ それは笑いごとではないような⁉︎
私が慌てて、
「それだと本の内容が……バラバラになって、読めなくなりませんか?」
「そうなのよ。ひどいと上下左右を逆さまにつけちゃったり。ほんと本を書いてくださった大作家先生に失礼極まりない話よね?」
わわわ。責任重大! そう思うと冷や汗が出る思いがした。
「わ、私なんかで大丈夫でしょうか?」
「ふふ。美夕ちゃんは若いから、そんなことはないでしょう。でもページが間違ってないか、ちゃんと確認をお願いしますね」
そして、新井さんは狐面とタイガーマスクの本を返してくれた。よく見るともう一箇所、ページ外れがあるようだ。
「さあ、やってみて?」
私は、ゴクリと唾を飲み込む。緊張で手が震える思いだ。
でも、まずは慎重になろうと、取れたページを糊をつけずに挟み込んでみた。何度もページの確認を繰り返す。
51、52、53……オッケーよし間違っていない。
けれど横にしてみると、少しだけ挟み込んだページだけが飛び出しているように見える。
指ですっとなぞってみると、凹凸があってそこが少し、気になった。
「そうそう、そこなのよね。ページを戻してみるとね、どうしてもそういう風に飛び出しちゃう場合があるから。最初にね、取れたページの差し込む部分に薄くヤスリをかけることもあるわ。そうすると、少しだけ削れてぴったりとハマるから」
ハサミやカッターを使うと、思ったより切り過ぎてしまったり、誤って他の箇所を切ってしまう場合もあるから、基本は使わないらしい。
新井さんのお手本を見てから、サンドペーパーで作ったヤスリを薄くかける。小さな紙の粒子がパラパラと雪のように舞っては、私のエプロンの上に落ちていった。
この本は、図書館の大切な蔵書だ。大事な本の本体にこんな風にして手を入れても良いのだろうかと、恐れ慄いてしまう。おっかなびっくりのそんな私の様子を見て、新井さんが手を伸ばして背後にある棚から一冊の本を取った。
「美夕ちゃん、これを見てくれる?」