内申点アップのためのボランティア
「鹿島中学から来ました、樫井美夕です。よろしくお願いします」
「ハイハイ、よろしくお願いしますね」
「よろしく~、ここ座って」
「どうも」
勧められた丸椅子に座ると、私は姿勢を正して、制服の上からつけたエプロンの皺を伸ばした。
ぐるりと見回すと、座っているのは年配の人ばかり。女性が二人に男性が一人。
女性のうち、ひとりはすでにおばあちゃんの域に入っていて仙人⁉︎ のような雰囲気を醸し出している。流れるように整えられたきれいな白髪。優しそうな目尻のシワ。雰囲気。その柔らかさに、ど緊張しいな私は少しだけホッと胸を撫で下ろす。
もうひとりはザ・おばさん。明るく気さくな雰囲気を醸し出している。
そして、暗〜い雰囲気ただよう、中年らしき男性メンバー。「どうも」の言い方が、依頼を受けて成功報酬を受け取る暗殺者みたいでビビる。
そんな中、私だけひとり場違いな感じがして、戸惑いを隠せない。どうしよ。そわそわしている私の姿を見て、「そんなに緊張しないでね。本の修理なんて、全然難しいことはないから」と笑う。
「皆さん、今日もボランティアに来てくださってありがとう。それでは今日も修理の方、よろしくお願いしますね。頑張りましょう」
白髪なおばあちゃんが、ニコッと笑いながら箱を取り出すと、中からなにやらの道具を出して揃えていく。
率先して準備を整えていくおばあちゃんのエプロンについている名札には、新井とあった。どうやらこの人が、ここでは一番の古株っぽい感じだ。仙人とは近からず遠からず、ということになる。
その仙人な新井さんが、私に一番に話しかけてきた。
「美夕ちゃんは、今何年生なの?」
「……中学二年生です」
「そうなの。貴重な夏休みなのに本の修理のボランティアに参加してくれて、ありがとうね。美夕ちゃんは、本が好きなの?」
想定していたようなしていなかったような攻撃に、私は言葉に詰まってしまった。
「えっとぉ……」
ここでぶっちゃけてしまうと、実はあまり本を読んだことがない。マンガは読む。でも本は読まない。
学校に図書室があるだろうって? 足を踏み入れたのは入学時、図書室利用のオリエンテーションの時だけですが、それがなにか? と堂々と胸を張って言ってしまえるほど、だ。
けれど、ここで胸を張るわけにはいかない。
「……いえ、あんまり」
正直に答えてみたものの、やはり場違いなのだろう。なぜならここは市営の図書館で、そして私が今まさに座っているこの部屋は、『本』を修理する場所なのだから。
この川石市立図書館は、駅からも近いし立地が良いのもあってか、住民の利用率が高い公共施設の一つだ。
一階にはテラスとカフェ。二階と三階が図書館。そして、四階には学習室と会議室、五階はちょっと広いホールになっている。学習室はとても静かだし勉強もはかどるので、私も学校帰りに寄っては利用したりしている。
この図書館、実はマンガも置いてある。それも、学習マンガだけでなく、中高生が読むような流行りのマンガも揃えてある珍しい図書館だ。だから、勉強した後にマンガを数冊借りて帰る、それが私のこの図書館での利用方法だった。
本好きの人から見たらギリアウト? いやもうこれ完全アウトだね!
「本が好きなの?」「いえ、あんまり」のひと言に凝縮されている利用状況を見透かされたのか、新井さんがくすくすと笑って言った。
「あらぁもったいない。本を読むのも楽しいわよ」
私は、はあまあそうですね、と曖昧な返事しかできなかった。さっきから気になっていたエプロンの皺を、もう一度引っ張って伸ばした。
✳︎✳︎✳︎
数日前のことだった。
夏休みに是が非にもやらねばならぬボランティアを、市役所の市民情報課の掲示板を見ながら探していると、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこには佐倉リンのお母さん。
「あら美夕ちゃん! 久し振りだねぇ! なんだか大人っぽくなってぇ。背も高くなったね。おばちゃん、もう追い越されそうだわ。ほらあ」
頭の上のすれすれで、手を左右にカクカクと振りながら笑った。