いい夢をみられそうだ
焚き火の前で火の番をしている。
エミューは一通り泣いた後、気絶する様に眠ってしまった。
俺はその間に野営の準備を整える。
彼女を連れてすぐに帰るなら野営の準備など必要ないだろう。
だが、今後の作戦でこの森に数日留まる事が決定している。
長期間の野宿となれば俺はともかくエミューがもたないだろう。
なるべく快適な陣地作りを心がけていた。
エミューと接触できたという報告は、エルリスに送ってある。
伝書鳩でだ。
伝書鳩。便利だよな伝書鳩。
…………鳩ってこんなに便利な生き物だったか?
「くっ」
体を屈めた時、胸が痛み顔をしかめてしまう。
……エミューの矢が刺さったところだ。
別に致命傷ではない。ただの打撲だ。
だが一歩違えば死んでいた。
あれが3スキルか……
3スキルが強いことは分かっていた。
しかし、それでも俺は甘かったらしい。
【弓2】の弓術を俺は見たことがある。
その時も規格外だと思った。
何故なら、放たれた矢が障害物を避けながら高速で飛来したからだ。
放物線を描いて……じゃないぞ。ジグザグにだ。
慣性?あいつらはたまに仕事を忘れるんだ。
でも、それでもまだマシだった。
軌道は追えたし、剣で迎撃できたからだ。
――3スキルの弓術は、文字通り次元が違った。
放たれた矢を認識することが出来ない。
余人が見た3スキルの弓術の感想はその程度だろう。
俺の認識もそうだった。
――だが、俺の直感が絶対違うと叫んでいる。
そんな生易しいものじゃない。
矢が当たって、その後軌道を強制的に認識させられた。
……そんな感想を抱いている。
もはや予測と言うよりは妄想に近いけどな。
少なくとも、迎撃、回避は不可能。直撃を覚悟するしかない。
……リインバウムがどうあっても殺したがる訳だ。
しかし、俺は生き延びた。対策を施していたからだ。
チラリと横にある物体に目を向ける。
そこには、三枚重ねの分厚い鉄板に何本もの矢が突き刺さったオブジェが打ち捨ててあった。
ギルマスの話では襲撃者はすべて心臓を矢で射抜かれていたと言っていた。
姿が見えない位置にいた相手でもだ。
逆に言えば、矢は必ず心臓に来るということでもある。
故に、胸に鉄板を仕込めば防げると考えたのだ。
……これは、エミューが未熟だからこそとれた策である。
もしエミューがスキルに慣れていたら、好きなところを狙い撃てたからだ。
問題は、これは敵も使ってくる戦法だろうということだ。
俺が出来たんだ。敵だって当然出来る。
それに対する対策は、あることは……ある。
エミューを鍛えればいい。
恐らく数日、下手したら数時間で習得出来ると見ている。
だが――
「あ、あの……」
「!」
エミューが後ろから声をかけてきた。
……全く気配を感じなかった。
弓は……持っていない。3スキルにもなれば装備する必要もないということか。
「……とりあえず座れ」
エミューはコクりと頷き、対面に座る。
その間に、作っておいたスープを出す準備をする。
「腹減ってるだろ?少しづつ食べるんだ」
そう言って手渡すと、エミューは勢いよく食べ始めた。
胃に負担がかかるから、ゆっくり食べて貰いたかった。
……まあ、仕方ない。一日以上は何も口にしていないはすだからな。
食べ終わるのを待つのも暇なので、聞きたかった事を質問する。
「お前は縦ロールじゃないんだな」
「え?……あ、あれは、お姉ちゃんのこだわりだから……」
「そうか、遺伝だと思ってた」
その言葉に、エミューはクスリと笑う。
一体どんな人生を歩めば、縦ロールがこだわりになるんだ……
「ご、ごちそうさまでした……」
食事が終わるとエミューはこちらをチラチラと伺っている。
姉と比べて随分と消極的だな。
……普通は警戒するか。
「俺の名はラウルだ」
「あ、え?はい。わ……私の名前はエミューです」
「分かってるかと思うが、お前の姉から依頼された」
「はい、お手紙に書いてありました」
ふむ、理解が早くてよろしい。
お手紙作戦は大成功だな。
「これからの行動だが、すぐに町には帰らない。このまま数日この森で過ごして貰う。お前さんには悪いがな」
「……はい」
……随分物分かりがいいな。
「……いいのか?見知らぬ男と数日間過ごす事になるんだぞ」
正直、ここの説得が一番困難だと思っていた。
事実、フローネに説明したときは大分難色を示された。
「えっと、手紙にお兄さんの事は絶対信用出来るって書いてあったので」
……おかしいな?そんな信用される出来事なんてあったっけな?
何なら罵声しか聞いていないような……
「私も、そう思います」
……なんで?
「お前ら姉妹チョロ過ぎだからな。もっと人に警戒を持った方がいい」
そう言うと、エミューは「ふふっ」と笑った。……なんでだよ。
「…………」
ここから先の話は、エミューには辛い話だ。
心苦しいが、話さねばならないだろう。
「その数日の間に、恐らく敵の襲撃があるだろう」
「!!」
「それをここで迎撃する」
「…………二人で……ですか」
一転、怯えた表情をしたエミューがおそるおそる尋ねる。
だが――
「いや、戦闘は俺一人でやる」
「えっ」
「牽制くらいはやって貰うが、直接戦闘は俺がやる」
エミューは困惑している。
彼女も分かっているのだろう。
自分の方が、俺より遥かに強い事を。
だが強い事と、戦える事は別の話だ。
これからここに来る敵は、確実に手練れだ。
強い奴という意味ではない。確実に殺せる奴という意味でのだ。
やってみなけれはわからない……なんてものではない。
3スキルを相手取り、何人犠牲になっても最後は必ず命を取る。
相手はそうなる前提で動く。
そして、このまま戦えば間違いなくそれは達成されてしまう。
それなら俺一人で戦った方がいい。自分の判断で戦えるからな。
「戦う事には慣れている。何も心配するな」
「は、はい」
……心配するななんて無茶な話だが、今はこう言うしかない。
その後は沈黙が落ちる。
気まずい……が、俺には少女と会話するスキルなんてない。
よくよく考えれば五歳ぐらいしか変わらないんだがな。
……エミューから見たらの話だが。
そんな中沈黙を破るように、エミューがポツリと呟く。
「……これから私、どうなってしまうんですか?」
「……」
それは、この森での話ではないだろう。
この森から出た後の境遇の話だ。
そしてそれは、すぐにでも答えられる。
もはやエミューが辿ることが出来る人生に、選択肢など多くないからだ。
正直、話すのは気が重い。だが誰かが話さなければならないだろう。
……そういう意味なら俺が妥当なのかもな。
「町に戻ったら、騎士団の保護……を受ける」
まあ、保護だな……とりあえず今のところは。
「その後は、エルリスでは守りきれないから王都に移送される事になるな。……その後はわからない。だが、不自由な生活はしないだろう。お前はまだ十才だしな、学校にでも入れて……」
そこまで言ったところで、言葉が止まる。
虚しくなったからだ。
俺は嘘は言ってない。だが本質には全く触れていない。
この子が聞きたいことは、そんなことでなないだろう。
「……いや、今までの話は忘れろ。お前は今後、騎士団に入るしかなくなる。それ以外の選択肢なんてない」
「……そんな!」
「国は、3スキルを放っておくことなんて出来ない。他の仕事についたとして、監視、護衛なんて容易じゃないし、そもそも戦力として喉から手が出るほど欲しい」
「……そんな……やだよ……やだよ」
エミューは駄々をこねる様に心情を吐き出す。
「私……こんなスキル……欲しくなかった。弓が上手いから……なんだっていうの。……人殺しが出来るから……なんだっていうの!私は……ただ、お父さんとお母さんと……お兄ちゃんとお姉ちゃんと……毎日過ごせれば……なにも出来ない人間だって……よかった……」
それはエミューがこの森に逃げ込んでから、ずっと抱えていた想いだった。
「いつか……お菓子作りの仕事に就いて……結婚して……そんな人生だと思ってたの。こんな、戦うだけの人生なんて……思ってなんていなかった……」
そう言うと、エミューとまた泣き出した。
……こういうとき、何を言ってあげればいいかわからない。
余計なことを言うよりは、黙っていた方がいいような気がする。
だが沈黙に耐えられない。
何か……何か言わなければ――
「エミュー」
俺はエミューを慰めるために言葉をかける。
「俺は泣き言は嫌いだ」
……他に良い言葉なかったんですか?
「いいか?十才の子供にこんな事言うのは気が引けるが、望みの人生を送れないなんて大したことじゃない。何故なら、望みの人生は送れなくても、望んだ行動を起こすことは出来るからだ」
二度目の人生を送っている奴が言うんだから間違いない。
「この世に生きている奴がみんな望んだ人生を歩んでる訳じゃない。むしろそんな奴殆どいない。だけど、そいつらが絶望しながら人生を生きているかというと、そんなことはない」
望みの……チート無双の人生を送れなかった俺が言うんだから間違いない。
「何故なら、どんな事も想い描けば出来るだから。お菓子だって作れる。結婚だって出来る。騎士団に入ったって、お前の自由はお前の自由だ。何なら騎士団のトップになってお前の好きに変えちまえばいい!」
好き勝手喋った俺は立ち上がる。
「寝る」
……エミューは唖然としている。安心しろ、俺も自分の行動にドン引きだよ。
だが仕方ない、困ったら寝る。これは前世からの処世術だ。
今夜もいい夢を見られそうだ。
…………まだ昼だがな。




