禁忌の獣
夜の国 バセスク城 結婚式場
「アレクシアを助けてくれ!」
呼び出しの腕輪が起動し、一瞬の光の後に現れたのは黒髪黒目の、どこにでもいそうな平民の男であった。
(これでは……)
「はん?結婚式場?それにしちゃあ血生臭いがどういうこっちゃ?というかアンドレイの爺様は?」
呼び出した男の平凡さに無念を感じたセラであった。
一方突然、知り合いの老吸血鬼に送った、呼び出しの腕輪によって転移してきた男は混乱していた。その老吸血鬼の姿は無く、状況も吸血鬼同士が争うよく分からない状況であったためだ。
(お爺様を知っている!?)
「わしの名前はセラ・ナスターセ!アンドレイ・ナスターセの孫娘じゃ!どうかアレクシアを助けてほしい!」
「おや。お孫さんに渡したのね。アレクシアさんはあそこで押さえられてる人でいい?」
「そうじゃ!」
セラは祖父の名前を知っていたことに、再び希望を見出しアレクシアの救出を頼み込む。彼女にとって一縷の望みであった。
「お任せあれ。という訳でお兄さん方、そのお嬢さんから退いてくれませんか?」
「ふん。呼び出しの腕輪を持っているなとは思ったが、出てきたのがこんな男とはな。やれ、今お楽しみ中なんだ」
「はっ」
取り押さえられているアレクシアの解放を要求する男であったが、パトリックにとっては楽しみに割り込んできた邪魔以外の何物でもなかった。
それに、御大層に遺物から呼び出したのが、こんな人間如きであったのも彼をイラつかせ、即座に部下に命じて始末しようとする。
「暴力反対」
「さあ、続きなに!?」
「なんだ!?」 「な!?」
男から興味をなくし、再び視線をアレクシアに戻したはずなのに、そこに彼女の姿は無かった。彼女を取り押さえていた部下達も困惑する。
「お嬢さん大丈夫?何か飲まされた?」
「ふううう!ふううう!」
(もう……だめ……)
「アレクシア!」
パトリック達が男を見ると、そこには横抱きにされているアレクシアの姿があった。
驚愕したのはパトリック達だ。ついさっきまで目の前にいた上に、部下達は確かに彼女を下に組み敷いていたのだ。それなのに男の腕の中に女がいた。
セラと僅かな理性でアレクシアも驚いていた。一瞬でパトリックの手の内から救出されたのだ。しかし、アレクシアは男の腕の中にいることで、耐えがたい飢えにさらされていた。
「降ろすね。お孫さん、一応聞いておくけど、この人がこうなってるのは自分の意志じゃないよね?」
「勿論じゃ!」
「そういう事なら、せい」
ビシャ
「何をする!?」
首に巻かれ始めた腕に当てないよう、確認が取れた男はすぐに治療することにした。もっとも、治療と言っても、彼女の主には殴ったようにしか見えなかったが。
「かはっ!?はあ……はあ……はあ……はあ……」
「アレクシア!?」
男がアレクシアを殴ると、不思議なことに体から何か液体のようなものが出て行き、彼女の切羽詰まった様子も少し落ち着いていた。
「大丈夫お嬢さん?」
「はあ……はあ……治して……下さったのですか……?」
「そう。具合は?」
「はあ……はあ……。いえ……大丈夫です。はあ……お礼、はあ……申し上げます」
「いやいや、どういたしまして。顔の方拭くね」
アレクシアは必死に耐えていたせいで、顔が汗で濡れていた。ほとんど化粧もしていないため、ハンカチで拭いた後も変わりはなかったが、少し赤みが増していた。
(顔が、近い……あっ!?)
自分の腕が男の首に巻き付いているのに気が付き、慌てて腕をほどく。さっきまでとは違う理由で顔が赤くなっていた。
「し、失礼しました!?」
「いえいえ」
「アレクシア、大事ないか?」
「おひい様!私は大丈夫です」
「良かったのじゃ……」
お互いに立つことが叶わず、這いよりながら抱きしめあう。
男の方は、状況をいまいち把握しきれていなかったが、とりあえずよかったよかったと何度も頷いていた。
「それで……貴様は一体何者だ?」
「ああ……これは新郎殿?初めまして、ユーゴと申します。彼女の祖父、アンドレイ翁の知人でしてね。助けを求められた故、こうして参っております」
摩訶不思議な現象を目の当たりにしたパトリック達であったが、ようやく我を取り戻し、男に問い始める。
「……人間如きが。俺の式を台無しにしたツケは払ってもらう!。女共待っていろ、こいつを殺したら式は続行だ。俺のモノにしてやる」
「はっはっはっ。こういう時はあれだ、この結婚待った!お前は彼女達に相応しくない!だ」
「むう!?」
「あう!?」
パトリック達から守る様に前に出た男の背を見た時、セラは胎の熱が酷くなり、薬が抜けたはずのアレクシアも再び体が熱くなる。
「死ね」
「そいつは勘弁」
「危ない!?」
「お下がりを!?」
ぱあんっ
「ぎゃあああああああああ!!!??」
アレクシアを取り押さえていた吸血鬼と共に、パトリック達が襲い掛かってきる事に、セラ達は警告を発する。アレクシアに至っては、動かない体でなんとか男の盾となるようあがこうとしていた。
しかし、無残な姿を晒したのはパトリック達であった。一瞬の内に部下2人は膝から上が消失し、パトリックもまた、下半身と両腕が無くなっていた。しかし、それでも息があるのは、流石は吸血鬼と言ったところであった。
「お嬢さん、ありがとね」
「あっ…」
男は自分の前に来ようと、必死に這っていたアレクシアを座らせ、パトリックの前に来ると、銀の鎖を何処からか取り出し、パトリックに巻き付けていく。
「新郎殿、お前さんに聞きたいことがある人は、山のようにいるだろうさ。実は俺もだがね」
「ぎゃあああ!!?」
毒でもある銀の鎖を巻き付けられ悲鳴を上げるも、吸血鬼の耐久力ゆえか死ぬことがない。
「貴殿はいったい……」
「……」
救われた2人は、ひとまず一難去ったとセラは男の正体を聞き、アレクシアは男の事をぼーっと見ている。
「おっと、お孫さんも薬飲まされた?」
「あ、ああ…」
「それじゃあ失礼しますね」
アレクシアと同じように殴られると、今まで体を蝕んていた不快感は消え去った。
(体が楽に……しかしこれは……)
不快感は確かに消え去ったが、体と胎の熱はますます酷くなっていることを感じて戸惑う。
「それで一つお願いがあるのですが……」
「な、なんじゃろう?わしの体ならいくらでも」
圧倒的な力を見せつけた男に願いと言われ、セラは無自覚に言葉を走らせる。
「それがですね……状況が分からなかったものですから、争っている者は全員気絶してもらっておりまして……皆さんに取り成しをお願いしてよろしいでしょうか?」
「なんじゃと!?」
パトリック達の事に気を取られていたセラは、式場や庭から聞こえていた悲鳴や怒号がいつの間にか消え去っていることに気が付く。
(いったい何者……)
まさしく怪物であったが、セラの熱が冷めることはなかった。
ー真の獣は唸る必要などないー
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