ケダモノ達の式典
夜の国 バセスク城
遂に結婚式当日を迎えてしまい、セラは憂鬱であった。
(お爺様……)
今のセラにとって、祖父から譲り受けた腕輪と、姉の様なアレクシアだけが心の支えであった。
純白のウェディングドレスを、アレクシアや他の侍女たちに着せてもらいながら心の中でため息をつく。鏡に映ったセラの姿は輝きを放っているようだったが、内面は正反対のようであった。
「おひい様……」
「うん」
遂に準備が出来てしまった。
「準備は出来たようだな」
「はい父上」
「ではいくぞ」
父に促されて部屋を出たセラには、ケダモノ達の吐息が聞こえてきたように感じた。
◆
「準備は?」
「万全です」
「ワインは?」
「ラベルを確認しました。かなりあります」
「よし。苦労した甲斐があったな」
「はい」
「小娘のゴブレットは?」
「塗っております。それと、これが侍女に打つと言われた薬になります」
「よしよし。事が起これば式場で犯してやる。発情した小娘の前でな」
「ははは」
「帰ったら、親父達と全員で祝宴だ。間違ってもここのワインを持って帰るなよ?」
「ははは。もちろんですとも」
「よし。では行こう。楽しみだ」
「はい。楽しみでございます」
牙を生やしたケダモノ達が蠢きだす。
◆
満月の夜を選んだ甲斐あってか、雲一つない夜であった。
「皆様、今日という素晴らしい夜を迎え入れられたことに、このエウゲン感激しております」
式場ではエウゲンが挨拶をしていた。
歴史と伝統のある巨大な式場であったが、それでも入りきらず、庭園にいる者もかなりの数であった。これは、イオネスク家がせっかくの式なのだから、バセスク家の方も参加してほしいという要望の結果だったが、そのせいで式場の準備係はまさに鉄火場であり、運び込まれているワインも途方もない数であった。
「新郎新婦の準備が整ったようです。皆様ワインはお持ちですかな?」
式場の入場者は皆ワインの入ったゴブレットを持っていた。係の者ですらだ。
これは、式の最初に始祖へと感謝をしながらワインを飲む伝統があったためである。
「それでは新郎新婦の入場です」
セラとパトリックが入場してくる。
(このような形でヴァージンロードを歩くとはの……アレクシア……ふふ)
血のような赤い絨毯を歩きながら、セラはアレクシアを見つける。
侍女であったが、幼い時からの教育係という事もあってかなり前にいる。
普段の侍女服ではなく、今まで見たことがない彼女のドレス姿に、思わず可笑しくなってしまう。
「それでは皆様、ワインを」
セラとパトリックが台に乗せられたゴブレットの前に着くと、エウゲンが来客皆にそう言う。
2人もゴブレットを手に取る。
「始祖に感謝を」
その言葉と共に全員が、並々と注がれたワインを一気に飲み干す。
(いよいよじゃな)
吸血鬼の結婚式は、一度ワインを飲めば、後は新郎と新婦が互いの首筋に牙を突き立て、血を交換するだけだ。
セラは、この男の牙が自分の体に入って自分の血を啜られることも、吸う事で己に入ってくる血も嫌でたまらなかった。
「では誓いの?ゴボッ」
「げえッ!?」 「ごほっごほ!?」 「何が起こっている!?」 「ごぼ」
「なんだ!?」 「おげえええ!」 「あなた!?」
「何が起こっているのじゃ!?」
誓いの儀式をする寸前に、式場の吸血鬼たちが突如血を吐き出し始めたのだ。
無事な吸血鬼も多いが、何かがおかしい。
「なんだ。誓わせようと思ったら、随分早く効くのだな」
「貴様!?一体何をしたのじゃ!?」
「まあ待て。まだ前座だ」
「きゃー!?」 「敵襲だ!!」 「ごほっ!?」 「ぎゃああ!!?」
「ごほっごほ!!?」 「イオネスクの裏切りだ!」 「ガボッ!?」
吐き出した血によって赤く染まった式場に、さらなる鮮血が舞う。
突如侵入してきた吸血鬼達によって、次々と他の者達が切り伏せられていったのだ。
「いったい何が!?」
「ふふ。種明かしをすると、ワインの隠し味に銀を少しな」
「何じゃと!?」
吸血鬼にとって猛毒である銀をワインに仕込んでおり、イオネスク家の者達はワインを一滴も飲んでいなかった。
「こんなことをしてタダで済むと!?」
「済むんだよ。それより自分の事を心配したらどうだ?」
「な!?」
パトリックの言葉の意味が分からなかったが、突如自分の胎に発生した高熱にセラは困惑する。心拍数も上がり、汗もかいてきた。
「ん?どうした?顔が赤いぞ?」
「はあっはあっ!?」
胎の熱はどんどんひどくなり、何かが足りないと頭の中で喚いている。
「おひい様!!【こお】あぐ!?」
「ああ。お前の方がよっぽど欲しいぞ」
混乱から抜け出したアレクシアが、主の危機に呪文を唱えながら駆け出すも、いつの間にかいた他の吸血鬼達に取り押さえられる。
「そら」
「うっ!?」
「アレクシア!?何を!?」
取り押さえられたアレクシアの首筋に何かが打たれた。すると、みるみるうちにアレクシアの白い肌が赤くなり、吐息も荒くなる。普段の無表情が嘘のように歪み、何かに必死に耐えているようだった。
「はっはっはっ!?」
「お前が飲んだ薬の原液さ。どうした?どんどん牝の顔になっているぞ?」
「ぐっう!?」
何とか拘束から逃れようと身じろぎするも、どんどんと吐息も荒くなっていく。
「なんだ?取り押さえられて発情しているのか?とんだ女だ」
(ああ!こんな…こんな!?うう!?)
アレクシアはもはや反論するどころではなかった。必死に体の熱に抗うも、どんどんと思考が鈍くなっていく。
「そうだ。せっかくの結婚式なのだ。2人ともこのまま初夜も済ましてしまおう」
「やめるのじゃ!」
「はあっはあっ!?ぐうううううう!?」
まずはアレクシアと動いたパトリックを必死に止めようとするも、セラ自身も体が思うように動かず、へたり込んでしまっていた。
アレクシアも、もはや動くこと自体が己を締め上げ、理性を保つのも限界に近づいていた。
「さあ、式の続きだ」
「やめろおおおお!!」
「ううううううううう!!!?」
アレクシアの足元にパトリックが近づき、そのドレスを引きちぎろうとした時だ。床に伏せたセラが、叫びを上げて伸ばした手に着けていた腕輪が、床とぶつかり音を立てる。
(お爺様!)
「アレクシアを助けてくれ!!」
祖父の言いつけを思い出したセラは腕輪を即座に起動。助けが来るのを必死に祈った。
【起動 呼び出し先ーーー】
招待されるはずのない、禁忌の獣が招かれる――
ーあの狼の遠吠えが聞こえるか?あれこそが破滅の獣だー
始祖ドゥミトル
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