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久しぶりに侍女は見た

 屋敷に勤めるシルキーなら、それがお住みになっている方の成長のみならず、屋敷の変化にも即座に気が付くものだ。そう……例えば……。


 ◆


 まただ……。


「全く変わらない……全く……」


 屋敷の隅にある柱。それを前にルー様が何やら呟いている。いや、私はその何かを知っている。その柱には普通では気が付かないほど、うっすらと鉛筆で線が入っているのだ。


「やっぱり牛乳?」


 そう。その線はルー様の成長記録なのだ。全く変わらない成長記録。


 この方の体型はおひい様と変わらないか、少しだけ大きいと言った程度で、姉でグラマラスなジネット様と比べると、そこには山より高く海より深い差がある。そのためか起伏のある体に憧れがあるらしく、私やジネット様、リリアーナ様の下着を洗濯する際、じっとそれを見つめている事がある。正直少し怖いので止めて頂きたい。


「でもこの体型も武器と言えば武器……希少価値……!」


 そしていつも同じ結論に落ち着く。これはこれで価値があるのだと。


 果たしてそれが心の底から言っているかは……私では分からない。


 ◆


 まただ……。


「あの勇吾様、恥ずかしいですぅ……」


「いやいや、奥さんを抱っこするのは夫の務めだからね!」


「それにその、重くないですか?」


「全然! 奥さんの凜と、凜との間に出来た樹なんだよ? 二人一緒に抱っこ出来て幸せそのものさ!」


「勇吾様ぁ」


 お茶をお持ちしようとしたが、リン様がソファに座られているユーゴ様に抱っこされて甘えている。おひい様もそうだが、ついにお二人のお腹ははっきりと目立ち始めている。真に喜ばしい。


 そして出来る侍女は、夫婦の時間を邪魔する事など無い。以前も似たようなことがあったが、しようものならリン様は、顔を真っ赤にして自室に閉じ籠ってしまうだろう。


 私は何も見なかった。


 ◆


「すうすう」


 リビングでユーゴ様が、リリアーナ様の膝枕でお昼寝をしている。どうやらお茶の必要は……。


「旦那様ー起きてますかー?」


 リリアーナ様が小声で呼びかけている。はて、ユーゴ様を起こすなら小声の必要はないはずなのに。


「起きてますかー?」


「すうすう」


 再び小声で呼びかけるリリアーナ様だが、ユーゴ様はその身を任せて熟睡している。


「右よし左よし」


 リリアーナ様が左右を確認されている。


「起きないとキスしちゃいますよー。いいんですかー? いいんですねー? ちゅ。えへへ。しちゃいました」


 なるほど。どうやらリリアーナ様は、乙女として回路が全開の様で顔が真っ赤だ。意外な事に、普段はこちらが恥ずかしさを感じるようなスキンシップをユーゴ様としている方だが、時たまこのように、顔を赤らめながらこっそりとキスをしたりしているのだ。


 ならば侍女として……私は何も見なかった……。


 ◆


 おかしい……クッキーの数が記憶よりも少ない。おひい様なら丸ごと無くなっている筈の事を考えると、一体誰が……。


 いや、今は夕食の準備をしなければ……台所に人の気配がする。


「右よし左よし」


 こっそり台所の扉を開けて覗き込むと、そこにはコレットお嬢様がきょろきょろと辺りを確認していた。


「ごかいちょうごかいちょう」


 そしてコレットお嬢様は、椅子を動かしてそれに乗ると、棚の一つを開けて中から何かを……クッキーの入った包み紙を取り出した。


「これぞはいとくの味」


「コレットお嬢様」


「……」


 後ろから声を掛けるとピタリと固まられてしまった。感覚が非常に鋭いお嬢様でも、屋敷と一体化している私に気が付かなかったらしい。


「……アレクシアママ大好き」


「はい私もです」


 ゆっくり振り返られたお嬢様から、親愛の言葉を投げかけられた。畏れ多くもこのアレクシア、お嬢様と同じ気持ちですとも。


「ふふふふふ」


「…………えっへえっへ」


 思わず嬉し笑いをしてしまったが、お嬢様も同じ気持ちのようだ。


「お茶を入れましょう」


「えっへ。お主もわるよのう」


 こういう場合お茶を入れるのが侍女の仕事だ。ですが母親はどうか私には分かりませんよお嬢様?


「コーレットー!」


「ぎょあ」


 お嬢様は私との会話に夢中になっていたらしく、台所に入って来たジネット様に気が付かなかったらしい。私も敢えて教えなかった。そしてバッチリと手に持っているクッキーを見られてしまい、お嬢様は変わった悲鳴を上げられた。


「夕飯が食べられなくなるから、こんな時間におやつを食べようとするんじゃありません!」


「パパパパパパパパ」


 叱られているお嬢様だがなにやら早口で呪文を唱えられた。


「呼んだかいコレット!」


「パパー」


「なんだいなんだい? 急に甘えん坊さんだね!」


 その呪文によって即座にユーゴ様が召喚され、お嬢様が甘えた様にユーゴ様の足に抱き付いた。


「あなた、コレットがこんな時間に、おやつを盗み食いしようとしてたんですよ」


「おっとそれはいけないよコレット。折角ママ達が作ってくれたご飯を食べられなくなっちゃうからね」


「うい」


 だがお嬢様の目論見は崩れてしまった。普段はお子様達に甘いユーゴ様だが、意外と食に関することは厳しく、膝をついてコレットお嬢様を叱っている。


「という訳で皆で晩御飯を作ろう!」


「りょ」


 お叱りはこれで終わりと、ユーゴ様がコレット様を抱えて流し台に向かう。


 どうやら秘密を作る事は無かったようだ。

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