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星捕りの名人

作者: rex

ある小高い丘に登った。

その丘は街から少しばかり離れた郊外にあって、頂上の公園の原っぱは、まぁまぁ綺麗な星空と夜景とを楽しめるという地元民のよく知る場所だ。

夜に行くと複数名のカップルだったり1人で黄昏てる大学生の青年の姿がぽつりぽつりとある様な、そんな場所である。

その日の昼は快晴で空気も澄んでいたので、僕は今日は素晴らしい星空を見られるだろうと踏んで、その丘の頂上に向かった。

空はやはり満天の星空で、生まれて初めてかも知れないと思うほど綺麗な空だった。

しかし意外にもこの日に限っては丘の上にそのような人達の姿はどこにも無くて、代わりに、色とりどりの風船を沢山、紐で括って持っている髭面の男がひとり、立っていた。

気になった僕は「どうしたんですか?夜中で子供も居ないだろうにこんな所で。」

と、尋ねると

「星を捕って居るのです。」

と言ってきた。

はぁ、星を、ねぇと言うと何か察したように男は

「おや?星捕りをご存知ない?」

と言ってきたので

「はぁ、どうもすみません。世事に疎いもので」

と言った。そしたら男はにっこり笑って

「そうですか、ではどうぞ見てみて下さい。口で言うより見た方が早いでしょうから。」

と言うので、はぁ、では。と返事して結局、星捕りとやらを見る事になってしまった。

まず男は青色の風船を選んでその紐を握ると、束ねた紐を握っている左手から、器用に右手へと移し、するすると上へ風船を上げてしまった。

そうして空へ届きそうな程に高く上がった青色の風船を、男は紐を握る手の腕をヒョイと動かした。

すると、ぐいんと紐は大きく畝りながら風船を着実に腕の先の紐を握る拳の向かう方角へと進んでいく。すると、その風船が薄く淡く光を放ち始めた。なんだなんだ、風船が光始めたぞと私は口をあんぐり開けたまんま閉じれなかった。

更に驚いたのはまるで本当に星を捕って居るみたいに、その風船の通った軌道はさっきの眩いばかりの星の光が跡形もなく消えて、本当にそこだけ暗黒空間が広がっていってたことだ。

僕が驚きに満ちた間抜けな顔で男を見たら、

「星の粒が付いてきておるのですよ。」

と、軽い笑みを浮かべてそう言う。

くるくると周囲を風船で回していたら、さっきまできらきらと輝いていた星々がその半径3メートルあたりだけが跡形もなく消えてしまって、代わりに青風船が、それはもうこれでもかという程にLED照明の電球を見ているように煌々と光を放っていた。

僕は不思議さと好奇心とに駆られて

「あれ、全部が星ですか。星は捕れるのですか」と質問すると、男は

「正確には光です。何億光年前から降り注ぐ星の光を天井の引力から引き剥がしてるのです」

と言うので、はぁそうですか、と只々感嘆するしか無かった。

「ならば、星がなくなる訳では無いと」

僕が再び言うと男は笑って

「えぇ勿論ですよ、星は星ですからね。あんな巨大なものを取れるはずがありません。私が集めている星の光はその惑星が近くの恒星の光を反射して発するものや恒星が自身の力で発するものです。その光を固めて、捕っておるのですよ。」

男が説明してくれた。

「勿論光ですからそのままだと直ぐに消えてしまいます。だから特殊な粘度のある膜を風船に張って簡単な固形にするのです。これだと袋の中で永遠に保存できます。ただし空気に長時間も触れていると、溶けて光に戻って、半日持たないうちに消えてしまいますがねぇ」

そう言いながら、男は風船を下へ下へと降ろしてきた。

風船の周りには眩しいくらいに煌々と光の粒がびっしり満遍なく苔のように付いていて、降りてきた風船からは取れた光の粒がふわふわと上へ尾を引き、神秘的な帯を形成していた。

「さぁ、捕れましたよ」

男はそうやって言いながらポーチのチャックを開けて大きなポリ袋を出してきた。

「これが高く売れるんです。高い星だと500万円で売れますよ」

下に降ろしてきた風船を上から丁寧に手袋をつけた手で優しく触りながらポリ袋の中に周りに付着した星の粒をサラサラと入れてゆく。

星の粒は砂金のように小さく輝き、小さな小さなダイヤモンドの粒の様に透明で、唯一この2つと違うのは、自ら光を発している点であった。

だんだんポリ袋の中に粒が溜まってくると、ポリ袋のお尻の方が少しずつフワフワと上に向かって浮き始めた。

「あれ、ポリ袋の下の方のが、上に向かって浮いている…」

僕の口から出た言葉に反応した男は言った。

「驚きましたでしょう?」

ええと応えると、男は

「これはねぇ、天井の引力に引っ張られてるんですよ。無理やり引っペがして来ましたからねぇ」

なるほど、通りで袋のお尻が持ち上がっているのかと1人合点する。

「そうだ、お近ずきの印におひとつ如何です?」

はぁ、では、お幾らですか?尋ねると

「いえいえ、代金はようございます。お近ずきの印ですから。」

はぁ、では。と受け取ると

「帰ったら寝る時、部屋を暗くして袋を開けてご覧なさい。多分、満天の星空が貴方の部屋に輝くでしょうなぁ」

と、言うので、はい。どうもありがとうございました。と答えた。すると向こうもいえいえと返してきたので、では、私はこれでと言って、向こうの軽い会釈を見ながら、私は丘を後にした。


僕は自分のアパートに帰ると、風呂を済ませ、

寝間着に着替えると、寝室の灯りを消して、約束通り星の屑を入れたポリ袋を持って布団に入った。

眩しくて眼が潰れそうな程に光ったポリ袋を僕は思いっきり開いた。

パァッと光った金粉のような、自ら光るその粉は、みるみるうちに天へと舞い上がる。

それはまるで、無邪気な少女が、夏の初めの夜の草原で駆け回ったら、無数の蛍がポワりフワフワと光って辺りを光で埋め尽くす其れよりも、遥かに細かくて眩しい光を放ちながら、又、経済の不況を見込んだ宝石商が奥の金庫に隠しておいた無数のダイヤモンドの粒をパンパンに入れた大袋を、何かの拍子にヤケで薄い闇夜にバラりぶちまけたその光景よりも、その満月の月夜に輝くダイヤモンドの透明な輝きなど足元に及ばぬ位の遥かに透明度の高い輝きを放った。

僕はなんとも形容し難い感情に包まれた。なんて言えばいいのか分からないくらい、いや、言っても分からない。口下手な僕では伝える事すら出来ないだろう。いいや、世界中のありとあらゆる文豪だの詩人だのを連れてきても伝えられる筈がない。

そうと断言出来るのは、僕が実際見たあのアパートの一室の片隅にある僕の寝室で、僕が見たあの景色は、さっきあげたどの例よりも素晴らしく幻想的で、星空に浮かぶ幻覚すら覚える程に、其れはそれはこの世のものとは思えぬ景色を寝室一帯に映し出していたからだ。

僕は何故だろう、綺麗さからか涙が自然と溢れて、今迄の生活なんかどうでも良くて、其れよりも美しいものを見た気がして興奮し、世界の真理を全て知った風な錯覚に惑わされながら、少し、また少しと押し寄せる睡魔と、もう少し、この絶世の大芸術を眺めていたい気持ちでの決死の闘争をして、瞼を持てる全ての力でもって開こうとしていても、もうどうにもならなくて、僕の意識はまるで泥の沼に沈んでゆくように、ゆっくり、またゆっくりと深い眠りの底へと落ちていった。



…幾分寝たろう?

ハッと目を覚ますと、辺りはオレンジ色に染まって、薄暗い夕闇が空を覆っていた。

ふと目覚まし時計を見ると16:04を指していた。

やっとの事で怠さのコートを羽織って重くなった寝巻き姿の自分の体を、長寝特有のフラフラと戦いながら起こすと、いつもの感覚でスマホを見る。

勤務先、友人知人、様々な面子からの不在着信が既に20を超えていた。

急ぎ勤務先に連絡を入れる。部長には叱られるかと思ったが、逆に心配された。

「申し訳ございません、あまりに体調不良だったもので、連絡しそびれてしまいまして…」

何かと真面目に(少なくとも表面上は)振舞ってきた僕なだけに、相当な重病と判断されたらしい。

やっとの事で誤解を解いて、重い風邪だったと進退窮まった時特有の方便を使って切り抜け、友人達には笑いながら謝った。

どうやら友人達の間で「死んだのではないか?」とまで噂されていたらしい。

「そりゃあそうだよなぁ…」

僕はムクリと体を動かして、着替えを済ませ、顔を洗うと、もう日は暮れて居た。

空には既に一番星が出て、昨日の様相を呈していた。

ハッと気がついた。そうだ、昨日あの晩に、星捕りの名人に出会って…

僕はドタドタと慌ただしく支度をして、意味もなく例の丘へ走り出した。

あの男に会いたくなった…と言うだけでは不十分な説明する事の出来ない感情が、腹の底から湧き上がってきたのだ。

15分位走ったろうか…丘に着いた時には、薄暗がりの夕暮れの宙に綺麗な星空が出始めていた。

ハッと気が付き男を捜すと、丘の上には、複数名のカップルやら1人で黄昏てる大学生の青年やら、ある程度人が居て、いつも通りの様相に戻って居た。その代わりにあの風船を束ねた男は、遂に居なかった。

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