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『お鍋マン』

「なあお前、『お鍋マン』って知ってる?」


 先輩がそんなことを言いだしたのは、グラスに入った氷がすっかり溶け始めた頃だった。


「なんすかそれ。ア〇パンマンのキャラクター?」


「違ぇよ馬鹿。最近ここら辺で噂になってる都市伝説だ。聞いたことねぇか?」


 どうやら某子供向け人気アニメのキャラクターではなく、人面犬とか口さけ女のような類いのオカルト話だったらしい。


 普段は別段そういった話に興味はないのだが、いかんせんその時は俺も先輩もデロンデロンに酔っ払ってたので、流れで『お鍋マン』の話を先輩から聞くことになっていた。


「『お鍋マン』ってのはなぁ⋯⋯。見た目は普通のサラリーマンとほとんど一緒なんだ。ただ明らかに普通の人間と違うところが1カ所だけある。何か分かるか?」


「うーん、頭が鍋とか、そんなところっすか?」


「お、割と惜しい線いってるじゃねえか」


「マジっすか!?」


 冗談のつもりで言ったことが惜しいと言われたことに軽く驚く。『お鍋マン』のイメージがますますアニメキャラクターに近づいていくが、先輩が教えてくれた『お鍋マン』の姿はそんな可愛らしいモノとはほど遠かった。


「『お鍋マン』はなぁ、頭の上半分がごっそり抉り取られているんだってよ。それで、真上から見ると中身も無くて、まさに頭が『鍋』みたいになってるんだ」


「それは⋯⋯結構グロいっすね」


 『お鍋マン』の姿を頭の中で想像して、少し気持ち悪くなってしまった。心なしか少し酔いも覚めた気がする。


「んで、その『お鍋マン』は、自分の顔を指さして、すれ違った人に『何鍋にしますか?』と聞いてくるらしいんだ。そこでもし、『キムチ鍋』って答えたら全身の血を抜かれて、『もつ鍋』って答えたら内臓を抉り取られるって噂だぜ」


「それ、絶対食事中にする話じゃないですよね⋯⋯」


 「悪い悪い」と笑いながら謝る先輩は、絶対俺をからかって楽しんでいる。腹が立ったので先輩におごって貰う約束を取り付け、今日はお開きとなった。



 

 先輩と駅で別れ、俺は1人夜道を歩く。先輩とよく行く居酒屋は、俺の住んでいるマンションから歩いて数分の距離だ。酔っ払った状態でも問題なく帰ることができる。


 ただ、何故か今日はその慣れた帰り道が不気味に感じた。先輩からあんな話を聞いてしまったせいだろうか。


 あんなしょうも無い都市伝説でビビるなんて、俺も案外小心者だなぁとか、そんなことを思ってた時だ。街頭の下に、誰かが立っているのが見えたんだ。


 その人は、ぱっと見普通のサラリーマンに見えた。背丈もおそらく俺より少し低いくらいで、変な動きをしているとかもない。ただ、ハンチング帽のようなものを深々と被っているのだけが気になった。まるで、頭の上半分を隠しているみたいに⋯⋯。


 まさかと思いつつも、自然と歩くスピードが早まっていく。車道を挟んだ反対側は川なので、歩道は1つしかない。つまり、家に帰るには絶対にあのサラリーマンの横を通り過ぎなければならないのだ。


「⋯⋯あの」


 そして、まさに横を通ろうとしたその瞬間、そいつが話しかけてきた。しかし、俺は聞こえなかったふりをして足を進める。決して横を見ないように、俯きながら。


 つま先が何かにぶつかった。嫌な予感がして顔を上げる。すると、いつの間にか目の前にあのサラリーマンが立っていた。


 衝撃と恐怖で動けない俺をあざ笑うかのように、僅かに見える口元は弧を描いている。そして、ゆっくりと帽子を脱ぐと、現れたのは鼻から上がすっぱりと切り落とされた頭。その中が空洞に抉られているかは分からないが、半球状の頭は、正面から見ると取っ手のような耳も合わさり、まさしく鍋のようだった。


 間違いない、こいつが、『お鍋マン』だ。


「今夜は、何鍋にしますか?」


 そう尋ねられた瞬間、俺は無我夢中で走り出していた。『お鍋マン』の脇をすり抜け、我武者羅にマンションへの道を急ぐ。途中で片方の靴が脱げたが、気にせず走り続けた。こんなに走ったのは学生の時以来だ。


 『お鍋マン』が追いかけてくる気配はない。だが、もしぴったりと後ろをつけていたら怖いので、途中で振り返ることは出来なかった。


 

 マンションにたどり着くまでが、とてつもなく長く感じた。エレベーターのボタンを連打し、入ると同時に『閉』ボタンを連打、そこでようやく一息つく。エレベーターの中には俺1人だ。『お鍋マン』はついてきていない。


 なんとか撒くことができたようだ。それか、最初っから追いかけて来てなかったのかもしれない。安心からか、明日先輩に『お鍋マン』に会った話をしたらどんな顔をするだろうとか、そんなことを考える余裕も出てきた。


 

 エレベーターが音と共に止まり、外に出る。一応周囲を確認するが、怪しい気配はない。時間も遅いので足音を立てないよう通路を進み、玄関のドアの前に立つ。


 部屋に入ったら、今日はもうすぐに寝よう。そう思い鍵穴に鍵を刺し、ドアノブを捻りドアを開く。



――ピチョン。



 その音は、やけに鮮明に俺の耳に響いた。同時に、背筋にゾッと寒気が走る。出るときに水道を締め忘れたか? それにしては、この音はやけに響く。まるで、水を張った湯船に水滴が落ちたかのような⋯⋯。


――ピチョン。


 また音が聞こえた。今度は場所まではっきりと分かった。この音は風呂場から聞こえてくる。


 行ったら危険だ。そう頭では理解しているはずなのに、何故か足は勝手に風呂場の方へと向かって行く。


 ピチョン、ピチョンと相変わらず水滴の音は一定間隔で聞こえてくる。ついに風呂場のドアの前まで来てしまった。まるで音に身体が縛られてしまったかのように、手が自然と動き、ドアノブを握る。


 ドアが、開く。開いてしまった。


 

 そこに居たのは、蛇口の下で体操座りをしている『お鍋マン』だった。頭の空洞に蛇口から水滴が落ち、ピチョン、ピチョンと音を立てていた。


「鍋に水を張り終わりました。⋯⋯お出汁は何にしますか? 昆布ですか、鶏ガラですか? それとも⋯⋯貴方ですか?」


 『お鍋マン』が立ち上がる。その手には、いつの間にか鉈が握られていた。その鉈が俺の頭目掛けて水平に振られたところで、俺の意識は暗転したのだった。




〇〇〇〇〇





 ここ数日会社を無断で欠勤していた後輩から、今朝突然メールが届いた。件名はなく、ただ一言。


――『鍋パーティをするので来てください』


 まだ後輩のマンションまで行ったことがなかった俺のためにか、丁寧に住所まで記されていた。かなり怪しいメールだが、このアドレスは確かに後輩のだし、ここ数日の無断欠席の理由を聞き出すためにもちょうど良かったので、俺は指示通り後輩の住んでいるマンションへと向かったのであった。


 指定された階でおり、玄関のチャイムを鳴らすも、返事はない。しばらく待ってみても来なかったのでもしやと思いドアノブを捻ると、簡単にドアが開いた。不用心な、とか思う前に、気が付いたのはとんでもない異臭。


 何かヤバい。そう思い慌ててドアを閉めようとしたその時だった。


「⋯⋯先輩ですか? 遠慮せず入ってください。もう鍋の準備は出来てますよ」


 その声は、間違いなく後輩の声だった。しかし、それならばこの異臭は一体何だ? 異臭は気になるが、後輩が中にいることは分かったので、俺はおそるおそる靴を脱ぎ、中に足を踏み入れることにした。


「リビングで待ってますよ」


 また声が聞こえる。それと同時に異臭も強くなった。あの少しだけ開いているドアが、リビングの入り口か。ここまで来たら、もう引き返せない。俺は、そのドアを勢いよく開けた。


「ああ、先輩。ようやく来ましたね。さあ、早く食べてください。早くしないと、腐っちゃいますよ?」


 テーブルの上に置かれた鍋が、俺に話しかけてくる。⋯⋯いや、違う。あれは、後輩の頭だった何かだ。上半分だけ綺麗にくりぬかれた後輩の頭が、コンロの上に載せられていた。


 その周りには、臓器やら手足やらが半ば腐った状態でばらまかれていた。その散らばった肉を箸で摘まみ、後輩の顔で出来た鍋の中に持っていくのは、スーツを着た見知らぬ男。そして、その男の頭には、上から半分が無かった。


「⋯⋯今日は、何鍋にしますか?」


 『お鍋マン』は、俺に静かにそう尋ねた。

 


 

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