6.ヒロイン殺し(試み)
授業は出なくてもいいという私の勝手な方針で、全てさぼることにした。今日は放課後に学園長室に行くということさえ果たせればいい。
今の私は、この学校の設計を全て知ることとこの世界での教養を身に着ける方が何よりも優先しなければならないのよ。この無駄に大きい学園の設計を詳細に知ろうと思えばかなりの時間がかかる。
……教室以外と先生達の部屋以外にどうしてこんなにも沢山部屋があるのかしら。
私は一部屋ずつ念入りに調べていくことにした。
科学教室、地学教室、生物教室、それらの準備室、これらはあまり前世の世界で見てきたものと変わらない。人体模型とかビーカーやフラスコ、顕微鏡、昆虫の標本、ほとんど一緒だ。
音楽教室においてあった楽譜にざっと目を通した。
……バッハ、ベートーヴェン、モーツァルト、シューベルト、ショパン、シューマン、ドビュッシー。この世界でも彼らの曲が使われているのね。このゲームを作った人は前世の人間だから当たり前か。
けど、良かった。これなら一から覚えずに済むわ。前世で偉大な作曲家達の曲はほぼ弾けるように制覇した。
私はどんどん部屋を調べていき、言語教室に着いた。私は棚に入っている書物を手に取り、斜め読みしていく。
へぇ、アリックス王国の古語はフランス語に若干近い発音が多い。一から言語を考えるのは確かに大変だものね。どこかの国の言語を模範しながら新しい言葉を作り上げたってところかしら。
けど、これなら簡単に覚えられそう。一応フランス語はネイティブ並みに話せる。
「……この引き出し、鍵が掛かってる」
本棚の下にある引き出しの鍵穴を眺めた。……割と簡単な構造だ。
私は書類をまとめて会ったクリップを勝手に取り、形を崩しながら鍵穴へ入れた。
ああ、これなら数秒で開けられる。構造が昔の造りだから物凄く開けやすい。すぐにカチッと音が聞こえた。
引き出しを引っ張るが、想像よりも重い。こんな言語教室に一体何が置いてあるんだ。
手に力を入れて思い切り引っ張った。引き出しの中には予想外のものが入っていた。
こんなものが言語教室においてあるなんて……。どう血迷えばこれがここに置かれるのかしら。
「スナイパーライフル」
私は引き出しからライフルを取り出し、じっと眺めた。ショットガン……殺し屋がよく使う銃だ。
護身用で言語学の先生が持っているのかしら。……学校が許したの? 勝手に持ってきている可能性が高い。それにしてもショットガンって、目立ちすぎない? 護身用ならハンドガンで十分なのに。
ああ、見てたら使いたくなってきたわ。
私は衝動に身を任せて窓の縁に片足を置くようにして座った。スコープを除き、狙いを定める。スコープがあればターゲットに命中させることが出来ると考えている人が多いが、それは大きな間違い。撃った時の反動で必ず少し銃が動く、その瞬間的中率は劇的に下がる。
私はスナイパーライフルにおいてはプロの域を超えたもはや仙人レベルだったと思うわ。自画自賛させてよね。誰も前世の私を褒めてくれないだろうから。死んでも私は殺し屋だったから葬式なんて大々的に行われるわけない。……それにあんな死に方だったし。
そんなことを考えながら標的を探していると、視界の中にオレンジ色の髪が映り込んだ。
「嘘でしょ……。なんて偶然」
ヒロイン、エリカをこんなにも早く殺せるなんて、これは神様がくれたチャンスかしら。
ヒロイン殺しには詳細に計画を立てようと思ったけれど、こんなチャンスを逃すわけにはいかない。
私は焦点を彼女に合わせる。後ろからまさか弾が飛んでくるとは思っていないだろう。ここからなら誰が殺したかどうかなんてバレるわけないもの。自然と口元が緩む。これで私は無事にヒロインの座を狙えるわ。
射程距離八百メートルぐらい……。かなり距離があるわね。出来れば後頭部を一発で狙いたい。
「まぁ、割と余裕かしら」
私は片目を閉じて、しっかりと狙いを定めた。引き金を慎重に引いた。そのすぐ後に、彼女はその場に前のめりで倒れた。かなり遠くにいるのに生徒達の悲鳴が聞こえた。
目の前でいきなり公爵令嬢が倒れたらびっくりするわよね~。私は呑気にそんなことを考えながら心の中は幸せで舞い上がっていた。
ヒロインを殺したのよ! ……けど、こんなにあっさり殺せるようじゃあんまり楽しくなかったわね。全然面白くないわ。まぁ、殺した後に言っても意味ないわよね。カルロッタの時はきちんと下準備をしてから殺しましょ。
私は机の上に置かれていた小さな双眼鏡を手にして、エリカの死にざまをじっくり見つめた。
「…………はああああ!?」
誰あれ……。どうして髪の毛がずれているのかしら。いや、まずガタイで気付くべきだった。あれはどう見ても女の身体じゃない。オレンジ色の髪の毛だけに意識しすぎたわ……。カツラの下はやや禿げた頭が見える。それにエリカと似ても似つかない顔じゃない。
私は思い切り大きなため息を吐いた。こんなに素晴らしいヒロイン殺しの機会はないって思って喜んでいた少し前の自分を殴りたい。最大に膨らんだ期待が一瞬で絶大な落胆に変わった。
全然知らない誰かを殺してしまったわ。早とちり程怖いものはないかもしれない。なんだか申し訳ないわね。まぁ、私ってばれることはないだろうから、いっか……。彼はもう生き返らないし。
それにしてもどうしてあんな中年のおじさんが女装して学園に忍び込んでいたのだろう。
そんな疑問がふと頭に浮かんだが、殺しに集中して尋常じゃないくらいお腹が減っていたのでそんな考えは一瞬で消え去ってしまった。
まだ少し早いけれど、お昼ご飯を食べに行こうかしら。腹が減っては戦は出来ないもの。
私はライフルを元の場所に戻し鍵ももう一度かけ直して、言語教室を後にした。