3.この世界での初殺し
学園に向かっている途中にいきなり馬車が止まった。私はその反動で前のめりに転がりそうになる。
危ないわね。ぼんやりしていた私も悪いけれど、急ブレーキするならちゃんと言って欲しい。
「何があったの?」
私は馬車についている窓から顔を出して、御者の方に声を掛けた。
「へぇ、美人な嬢ちゃんじゃないか」
御者じゃない荒っぽい男の声が聞こえた。御者の首元にナイフを当てて私の方を見ている。
この世界って治安が悪いのか。そう言えば、確か、最近盗賊が出現するって言われていたような……。まさかこんな朝早くから現れるとは思わなかったけど。朝からご苦労様です。
馬車の後ろから男三人の息遣い。窓の反対側には男一人の気配。そして、目の前にいる御者を人質にとった男。計五人か……、楽勝じゃん。
「ビビッて声も出ねえのか」
男が私を嘲笑う。周りの奴らもそれに合わせて笑う。その中で御者は蒼白な顔で私を見つめている。
「お嬢様、お逃げ下さい」
「うるせえんだよ。俺はおめえじゃなくてこっちの嬢ちゃんに用事があるんだよ」
ナイフで御者の首をより強く押さえつける。血が滲むのが分かった。
おいてめぇ、うちの者に何してくれてるんだよ。あんまり私を怒らすなよ♡
「何笑ってんだよ。気持ち悪ぃな」
「……お嬢様」
御者は涙目で私を見つめる。
マシンガンがあればな~。それは目立ちすぎるか。
「貴方が頭?」
馬車を下りながら彼にそう尋ねた。御者を掴んでいる男はニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべる。
「ああ。まさか嬢ちゃん、生身で俺らと戦うってわけじゃないだろうな」
「それなら安心して。私今日から護身用に家からリボルバーを拝借してきたの」
拝借というよりもぱちったという方が正解かもしれないけど。
私はそう言いながら、スカートの下から拳銃を取り出した。
「貴族の嬢ちゃんが物騒なもの持ってるじゃねえか」
馬車の後ろにいた男が私の方に近づきながら声を掛ける。全員、少し顔を引きつっている。勿論、御者までも。
「何があったんすか? ボス、そっちに行きましょうか?」
反対側にいる男の声が耳に響いた。
「いい、お前はこっちに来るな。こんな女、俺らで十分だ」
「私も、弾五つで十分だわ。一つ余るわね」
弾数が六つのリボルバーにキスをしながら私は口の端を上げた。
ボスらしき男は目を吊り上げ、御者を放り投げた。ガコンッと御者が馬車にぶつかり気を失ってそのまま倒れ込む。……気絶してくれて良かった。御者に人を殺すとこなんて見られるわけにはいかない。
私の方へナイフを持って突進してくる。
なんて隙だらけなの。腕の下に潜り込まれるわよ、……私みたいに。
「へ?」
男は間抜けな声を上げた。彼女はいつの間にか男の目の前で銃を彼の額に突き付けていた。男の額から冷や汗が流れる。
「ばいば~い」
私はそのまま引き金を引き、彼は軽く吹っ飛んだ。
来世は貴族に生まれられるといいね。返り血を浴びながら私はそんなことを心の中で思った。
「なっ……」
馬車の後ろにいた三人は私の方を見ながら絶句している。ボスがこんなにもあっさり死ぬなんて想像つかなかったのかもしれない。
私は彼らに背を向けて倒れた男の方に近寄り、彼の手からナイフを取った。
「おいお前……グッッ」
振り向きざまに一人の男の心臓にナイフを思い切り投げた。なかなかのスピードが出て、一発で彼の心臓に入った。
これで弾を一つ無駄にしなくて済む。勿論、ナイフについた指紋を採取されることは不可能だ。貴族たるもの手袋は必須である。というわけで、私だと確定されることはない。
「てめえ、この野郎!」
「鈍いんだって」
私は二人の額に一発ずつ弾を打ち込んだ。バンバンッと音が鳴り響く。頭から血を流して一瞬で男二人は倒れた。
早く始末してここを去らないと、人が来てしまう。
彼女は馬車の窓の縁に足をかけて馬車の上に飛び乗り、スライドしながら反対側へ移り、もう一人の敵の前に着地した。
彼は目を見開き、真っ青になって尻餅をついた。
「た、たすけ……」
男は涙を流しながら必死に私に訴える。
顔を見られちゃったから、どんなに無防備な人でも殺すしかないのよ。殺しってそういうこと。
「ごめんね」
私はそう言って、引き金を引いた。ドサッと彼はその場に倒れた。
よしっ、早くここを去らないと。あんなに銃声がしたからすぐに誰か来るだろう。馬車の車輪の痕は……、どこの貴族も同じような形だし大丈夫よね。
私は御者を馬車に乗せて、手綱を握り自ら運転した。
とりあえず、学園に逃げよう。朝早いから人が少なかったことだけは不幸中の幸いね。
この世界の初めての殺しだったけどまだまだ腕は衰えていなくて安心したわ。これならヒロインも簡単に殺れそう。