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10.おかしな令嬢

「なんてバランス力なの……」

 沈黙を破るようにしてミーナが口をぽかんと開きながらそう言った。

 流石にギルも目を見開いている。まさかシヴにそんな身体能力があるとは思わなかったのだ。

 猫を空中で助けるだけの余裕がある、さらに不意打ちの攻撃に見事な対応力……、シヴ・バシルス、こんな女だったか?

 俺は彼女をじっと見つめた。落ち着いた緑色のかかった青い瞳。射貫くような瞳で俺を見つめている。

 女に見透かされるような目で見られるのは生まれて初めてだ。

「今……、何が起こったんだ?」

「信じられないわ」

「ああ。俺も自分の目を疑っている」

「違うわよ。猫の声を聞かなければ、私達は彼女の存在に気付かなかったってことよ!」

 ガデスの言葉にミーナは声を荒げる。

 そうだ、俺は猫の鳴き声で彼女の気配を感じた。それまでは全く気付かなかったのだ。俺達黒豹警備隊は人一倍人の気配に敏感だ。その中でも俺は特に人の存在をどこであろうと感じ取ることが出来る。……だが、今回、こんな至近距離で彼女の存在に気付かなかったのだ。

「隊長がシヴ様を助けなかったのは、我々から隠れることが出来る人間は受け身ぐらいとれる、と思いになったのだろう」

 ハインツが眼鏡を光らせながら口を開いた。

 シヴ・バシルス……、前回会った時と随分雰囲気が違う。最後に会ったのはかなり前だが、それでも人はそう簡単には変わるまい。

「では、私はこれで」

 シヴは早くこの場から去りたい一心で、口角を少し上げて品のある笑みをしながら軽くお辞儀をして、くるりとギル達に背を向けた。

「おい、待て」 

 シヴが立ち去ろうとしたのと同時に、ギルが彼女の腰に手を回し、米俵を担ぐようにして抱き上げた。

「え?」

 そう言った彼女の声は周りの女たちの叫び声によってかき消された。女子の憧れのポジションにシヴがいるのだが、今の彼女の気分は最悪そのものだった。

「あの、いきなり令嬢を連れ去るのは良くないと思います」

「いきなりあんな技を見せつけるのも良くないぞ」

 ギルの言葉に彼女は押し黙る。これが彼らがした挨拶以外の初めての会話だ。

 軽々と小柄なシヴを担ぐギルは、まるで子供を誘拐しているように見える。

「私からは何もギル様の欲しい情報を聞き出すことは出来ないと思いますが……」

「嘘をついているからか?」

「いえ、恐怖心が大きくて私を助けて下さった方の外見がいまいち思い出せないのです」

 これがあらかじめ用意されていた言葉なのか、それとも本心なのか区別がつかなかった。

 普段から嘘を見破り、問題を解決することも多い。シヴ・バシルスの行動を考えると、彼女が今言った言葉は嘘だと捉えるべきなのだが……、彼女の言葉、口調にははっきりと恐怖心が表れている。

「あの、そろそろ降ろしてくださいませんか?」

「逃げるだろ」

「この黒豹警備隊の方たちに囲まれた状況で逃げ出そうと考えるのは馬鹿しかいません」

「お前は賢いと……?」

 ギルは怪訝な表情を浮かべながら横目でシヴを見る。シヴは少しも表情を変えることなく口を開いた。

「私はこの学園の普通の女子生徒です」

 心の中が全く読めない……。ここまで心の読めない人間は珍しい。今まで色々な事件に関わってきたが、こういう人間はスパイや殺し屋の中でも極稀にいたぐらいだ。

「もし、私が逃げても捕まえる自信がないのですか?」

「あらっ! ギル隊長を煽る子なんて初めてじゃない? 勇気あるわね~」

 シヴの言葉に真っ先に反応したのはやはりミーナだった。

「煽りに乗る必要はない」

 ハインツがシヴ軽く睨む。尊敬する隊長を煽ったことに対する怒りが顔に表れている。

「もしかして、女一人捕まえられない弱い隊なのですか?」

 嘲笑うようにシヴはそう言った。その瞬間、空気が変わった。それまで冗談めかして話していたミーナも彼女を見据える。空気が張り詰めるのがよく分かる。

 流石にこれくらいの圧をかければ貴族のお嬢様は震えあがるだろう。……本当に六人も殺した令嬢なら話は別だが。

「ふぁ~~」

 シヴは手を口元に添えながら大きなあくびをした。彼女はこれくらいの重圧など幾度となく前世で経験している。

 予想外の彼女の行動に一同は固まった。

「……なんて呑気なの。もしかして何も感じていないの?」

「普通のお嬢さんなら、泣いててもおかしくないぞ」

「一体、何者なのよ、彼女」

「普通の貴族の令嬢だ」

「普通の令嬢は、木から落ちる時にあんな受け身をとらないし、あんな気配の消し方もしないし、この重圧には涙目になるのよ!!」

 ミーナの言葉にガデスが言葉に詰まる。

 その通りだ。彼女は普通ではない。だが、今までシヴ・バシルスの噂など聞いたことがなかった。何かが彼女を変えたのか?

「俺達を煽っているのか?」

「はい。黒豹警備隊を担う隊長はどれぐらい短気なのかなと思いまして」 

「変わってんな」

 ギルが珍しく軽く笑い、彼女をゆっくりと地面に降ろした。

 彼の行動を見ていた隊員たちは目を丸くした。まさかあのギルが笑うとは思わなかったのだろう。

「嘘……。ギル隊長が笑ったわよ」

「今日は驚くことばかりだな」

「まるで夢を見ているようだわ」

「ギル隊長は……、背が高いのですね」

「は!? ギル隊長を目の前にして言うことはそれだけ? カッコいいとか、輝いているだとか、他にあるでしょ? 鼻血ぐらい出しなさいよ!」

「ミーナ、言葉遣いには気を付けろ、彼女は公爵令嬢だ」

 ハインツが興奮するミーナを睨みながらそう言った。だが、そう言った彼も、シヴの落ち着いた口調で淡々と話し続ける様子には驚いていた。

「とりあえず、学園長のお部屋に参りましょう」

 シヴは軽く彼らに微笑みながら穏やかな口調でそう言った。

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