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カラス 心の洗濯 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 カラスのうるさい時期になってきたわねえ。

 ゴミ捨て場で防護ネットの使用が呼びかけられて久しいけれど、徹底されているわけじゃない。

 ほら、あそこだって、いかにもカラスが荒らした跡があるでしょ。ティッシュとか発泡スチロールの容器のかけらとか……そこにこびりついていたものを、くすねていったんでしょうね。

 カラスって夏場と冬場で、過ごす場所が違うってことは知ってる? 冬は家族が増えることもあって、集団生活をするんだとか。

 集団生活。私たちも社会で生きていく上で、慣れておくべきこと。和を乱さず、協力し合う体制を作るには、色々と方法がある。

 カラスにも、結束を固めるために行ったのでは、と考えられる不思議な事例があったらしいの。知り合いのツテで、ちょっと耳に挟んでね。

 聞いてみない? あなたが好きそうな話だと思うんだけど。


 名前は伏せるけど、とある大学でも社会問題のひとつとして、鳥害の研究を行っていたらしいわ。

 話によるとその地域では、ゴミ捨て場で多くの生ごみを漁っていくのはもちろん、小・中学校の校舎内にも姿を現したとか。

 校舎の上空を飛び回ったり、校庭に降り立ったりは、日常茶飯事。

 報告の中では、給食の配膳時間に、たまたま開いていた教室の窓から乱入。ふたの開いていた容器の中から、豚肉の生姜焼きをひと切れくわえたかと思うと、Uターンして入ってきた窓から、出ていったこともあったそうよ。

 生姜焼きそのものはおろか、他のおかずにも軒並み、黒い羽をまき散らしていて食事どころではなく、大騒ぎになってしまったらしいわね。

 

 カラスの被害撲滅。これはもはや大人も子供も強く願うところとなった。その中でもひときわ過激だったのが、「冬場にカラスのねぐらを特定し、火をかけて丸ごと焼いてしまえ」というものだったらしいわ。

 さすがに、いきなり焼き殺すというのは無理があること。けれど鳥害対策のために、カラスの行動圏を調べ、知見を得るという名目であれば、研究として進められる。

 件の大学は、別キャンパスにある農学部と相談し、そこに附属している農場を使用してカラス研究を進めようとしたわ。

 

 まず、農場に罠を設置して、作物目当てでやって来るカラスたちを捕獲。それぞれにGPSをセットして放す。

 次に、そのまま一定期間を泳がせて、再捕獲。データを回収。

 最終的には彼らの住んでいるねぐらを割り出すと共に、どのような経路をたどって生活しているかを、これからの研究材料として役立てることにしたの。

 計画は順調に推移。あえて時間差を作りつつ、再捕獲されたカラスたちのデータから、教授たちは報告用の資料をまとめ始めたわ。

 けれど、たどった経路を見ていくうちに、カラス全羽に共通する、あることが割り出されたそうよ。


 彼らが放されていた期間は、3日間から30日間と幅広いけれど、その行動半径はほとんど同じものだった。朝早くから夕方にかけて畑や畜舎、街頭にお邪魔し、夜にはどこかしらの木立で、枝と枝の間を行き来しているらしい、上下動を行う。

 特定の木立を使い続けるわけではなく、日ごとに移った場所に応じた木立を使っていく傾向が見られ、「ねぐら」というのは一ヵ所ではなく、多数存在することがはっきりしたの。だけど、成果はそれだけじゃない。

 

 行動半径の中を、思い思いに飛び回っていると見られた彼らだけど、捕獲から2日目、5日目、8日目……と3日に1度の16時半。かの農学部農場から5キロほど離れたところにある小さな林の中へ、一同が集まっていることが確認されたわ。

 これから寝床へ向かおうという時間帯。「枕草子」で「三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり」とつづられた、烏が連なって飛び去る先であるこの地点に、何か秘密があるのでは。

 そう判断した教授たちは、件の3日目に彼らの居場所へ向かってみることにしたの。

 

 カラスの視力は、人間のおよそ5倍の精度を持ち、紫外線も見えるといわれている。人間の姿を認識すると、普段通りの行動を取ってくれないかもしれない。

 準備はしていくべきだけど、骨折り損に終わる可能性を考えれば、あまりコストをかけるわけにもいかなかった。

 気休め程度にでもなればと、教授たちは、カラスが中身を認識できなくなるよう手を加えられた、黄色いゴミ袋を手配。視界を確保できるだけの小さい穴を開けて、雨がっぱをまとったのに、近い格好となったそうね。

 はためには、お遊戯会のお化け役に見まごう姿。その下に小型のカメラやテープレコーダーなどの記録用具を忍ばせ、襲われたりした時の防具として、ヘルメットや厚手のジャケットなどを着込み、一行は3日目の例の時間。現地へ向かったとのこと。

 

 別日に下見をした時、カラスたちは見当たらなかったものの、並び立つ木々の中でいくつか広場になっている場所を3ヶ所。カラスが集う有力な場所として、確認していた教授たち。現地でも3つのグループに分かれ、それぞれのポイントへ向かったわ。

 その「アタリ」だったチームの報告は、このようなものよ。

 

 ポイントに着く前から、すでに一行は頭上の枝に陣取る、カラスたちの姿を確認していたわ。その頭はいずれもそろって、林の奥の一点。チームが目指すべきであるポイントへ向いていたそうよ。

 彼らの優れた視力は、すでにそこにあるものを見据えていたのかもしれない。でも、教授たちはまだその実態をつかめていなかった。足音を忍ばせ、音を立てないよう周囲にも気を配りつつ、木立の深みを目指す一行。


「カラスたち。何かギャラリーのようですね」


 チームの一人が、ひそひそとつぶやく。

 ギャラリー。観客。なるほど、視線を一点に集める彼らには、何かしらの舞台が見えているということか。

 それを裏付けるように、先へ進むにつれて枝の席は満員御礼。「立ち見」ならぬ、地面への「座り見」の姿もちらほら。

 念のため、彼らの視線を遮らぬように歩を進める一行。カラスたちも時々、ちらりと見やってくるが、逃げることはせず、また前の方に向き直る。「今日はやけにデカブツがお越しだな」程度にしか、感じていないらしかった。

 その態度がかえって、本来は臆病なはずのカラスにそぐわず、緊張する一行。カラスたちにとって、それほどの価値がこの場にあるということ。

 

 ポイント間近。いよいよ、カラスの数が増えてじゅうたんのよう。これ以上は彼らを踏みつけない限り、進めそうになかったわ。

 このあたりでいいかと、チームは比較的、陣取っているカラスが少ない木を一本選び、前方に目を凝らす。空から滑り込んでくるカラスも増え続け、あちらこちらでギャアギャアと声をあげて、世間話をしているようだった。

 その黒々とした海原の先で、銀色に光るものが見える。ポイントぴったりのそこにたたずむものを、双眼鏡を用意していたひとりがのぞき込んで、息を飲む。

 

 それは銀色の身体を持つ、小柄なカラスだったの。

 羽、頭、両足周りに、きらめく貴金属の破片をまとい、着飾っている。その目はカラスにとって幼年の証ともいうべき、青色に染まっていたらしいわ。

 交互に双眼鏡を手渡しながら、その様子を見る一行。カメラを取り出しかけた人もいたけれど、チームリーダーは制止したの。

「これが舞台だとしたら、撮影はご法度。カラスに法があるかは分からんが、これだけの数をいたずらに刺激し、たかられるようなことがあれば、ことだぞ。今は控えろ」


 やがてカラスたちもざわめきを止める。しばしの沈黙のあと、双眼鏡をのぞいていたメンバーは、件の銀色のカラスが口を開き出したのを見て取ったの。


 ハープだ、とオーケストラによく行くメンバーのひとりがつぶやいたわ。

 一本の弦が弾かれた時、他の弦も共に振動することで紡ぎ出される、独特の広い響き。中でも多くの弦を一度に奏でるグリッサンドに近いものを、あの銀色のカラスは、ただひとつの喉で再現していたの。

 音色も優しい。誰も聞いたことがない曲だったけれど、どこか子守唄のような温かみを感じさせる。目を閉じればそのまま眠ってしまいそうだったとか。

 ギャラリーのカラスたちも、おしゃべりせず、黙って聞き入っている。なるほど、これは確かに撮影や録音など無粋、とチームも感じ、銀のカラスがつむぐ美声に、耳をゆだねていたとか。


 正味、五分近い熱唱。その声が止むと、ギャラリーのカラスたちが一斉に羽を伸ばしつつ、ギャアギャアと鳴き始める。人間でいうスタンディングオベーションといったところか。

 満足したと思しきカラスたちは、次々に薄暮の空へと退席。入場口は空そのものと、人間のそれと比べてはるかに広いこともあり、あっという間にがらんどうとなる会場。例の舞台には銀色のカラスが一羽だけ残された。

 彼もしくは彼女は、舞台に立ったまま微動だにしない。チームメンバーが近寄ってきて、カメラのシャッターを切っても、逃げようとせず、声すら発しなかったの。

 あまりの反応のなさに、チームのひとりが思わず身体に触ってみて「あっ」と声をあげたわ。


 たたんである銀色の羽が、あっさりともげる。その下からのぞいたのは、ほとんど形を残した、腐りかけの生姜焼きだったの。

 驚いたチームが歌手の身体を改めると、それは一枚肌を脱いだのならば、生ごみの塊に過ぎなかったの。雑多に詰め込まれた、肉、くだもの、金属のかけら……それがこの歌い手の身体を形作っていたの。


 ――じゃあ、あの歌声はどこから出てきたのか。


 チームは結論を出せないまま、背筋を伝う冷たいものを感じつつ、他のメンバーと合流。ありのままを伝えたけれど、ほとんど信じてもらえず、せいぜいデジタルカメラで撮られた銀色の容姿を拝むばかり。

 今一度、現地へチームが案内した時には、歌い手の残骸はそこになく、デジタルカメラの映像も、いつの間にか消えてしまっていた。

 それから3日経っても、6日経っても、30日経っても、かの舞台が開かれることはなかったとのことよ。



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