第四話 最強の弟子 後編
予鈴が鳴り響く校舎を歩き、直樹は聖騎士会室に辿り着く。学業が免除されているとはいえ、やらなければいけない聖騎士会の業務は教員側とほとんど変わりがないのだから、むしろ並みの学生より忙しくなっていた。
特にこの時期は騎士科の新入生たちの書類の多くが聖騎士会に渡され、その整理と管理を任されるのだから、ともすれば教員よりも忙しいのではないかと勘ぐってしまいそうになる。それらを煩わしいと思うこともあるが、直樹にとっては多くの女子生徒と共に授業を受けるよりはましであった。
「おや、学園最強の騎士様のお出ましだ」
聖騎士会室の扉を開ければ先に来て業務を進めている秋の姿があった。
「相応しくないんじゃなかったか?」
「それは昨日の君にたいしてだからね」
そう言うと秋は手を止め、どこか愉快気に笑みを浮かべて彼を見つめる。
「結局あの子、弟子にしたんだってね」
「知ってたのか」
「もちろん。今朝はその話題で持ちきりだね。孤高の会長様が珍しく女子生徒と一緒にいるってね」
「それもそうか」
昨日、グラウンドで並んで座っていた様子を見られていたのだろう。極力女子との接触を避けてきた彼が突然冬華と関わりを持てば噂になるのは当たり前だろう。
「会長様が女子生徒に手を出したと噂されない辺り、君の日頃の行いが現れているのかな」
「行いも何も、ただ避けているだけだろう」
事情を知っていて言うのだから性質が悪いと、直樹は嘆息を漏らしながら壁際に置かれた本棚から資料のファイルを取り出し、席に座った。
「それで、どういう風の吹きまわしなのかな?」
「なにがだ」
「何って、彼女を弟子にしたことだよ」
秋は手元の資料をぱらぱらとめくっていくと、そこにある冬華のページで止める。そこには彼女の中学時代の成績や入試の点数などが記載されている。
「お前の言う通りだっただけだ。あいつの覚悟を俺が見くびっていた。あいつが挫ける所なんて想像できん。危うく要らぬ心配であいつの覚悟を無下にするところだった。感謝する」
「へえ」
秋は彼の言葉に感心した様子を見せた。にやにやと意地の悪い笑みを向けてくる秋に、直樹は怪訝そうな視線を送る。
「何が可笑しい」
「いや、君がこんな素直に感謝してくるなんて珍しいと思ってね」
「……日頃、お前が感謝されるようなことをしていないからだろう」
「酷くないかな?」
そう言いつつも秋は愉快気に笑う。そんな彼女の様子に彼も口元に小さく笑みを浮かべていた。
けれど、彼は一転して真剣な眼差しを彼女に向ける。彼には彼女に伝えておきたいことがあった。それは昨日の別れ際彼女が自分に対して放った言葉についてだ。
「秋、昨日の話だが……」
「分かってるよ」
けれども彼の言葉は秋によって遮られる。
「君が決して才能だけの人間じゃないことも。君がその最強の座に胡坐をかかず、努力を続けていることもさ。まあ、だからこそむかついたんだよね。そんな君が彼女の努力を無下にしようとする様がさ」
秋は昨日の言動を少し恥じているようだった。
「昨日の私は少し感情的だった。君を貶めるつもりはなかったんだけど、結果的にああいう言葉が出てしまったからね。だから、ごめん」
彼のことを最強に相応しくないと言った彼女ではあったが、その実、認めているいるのだ。だからこそ、彼の行動に憤りを感じていたのだ。
少ししおらしく謝罪する彼女の様子に思わず直樹は噴き出してしまう。
「な、笑うことはないだろう」
「言われたことをそのまま返してやろう。お前がこんな素直に謝るなんて珍しいからな」
そう言われて秋は顔を紅くしながら不貞腐れてしまう。
「なんだよ、天才様は私の謝罪がお気に召さないようだね!」
「いや、それなんだが、俺は天才でもなんでもないぞ」
直樹が言いたかったのはそこであった。彼女は彼を天才だと敵視しているようだが、彼からしてみればそれは冤罪であり、訂正しておきたいところであったのだ。
「そんなわけあるかっ!」
けれど、そんな彼の言葉が気に食わないようで秋は紅い頬をさらに紅潮させ腹立たしそうに声を上げる。
「君が天才じゃなかったらどうして私が学園最強じゃないのかな⁉」
「いや、それは俺の方が努力を……」
「そんなわけない! 私の方が君より努力している!」
秋は立ち上がり机から身を乗り出して彼に迫る。
「間違いなく私の方が努力しているはずだ!」
その剣幕に圧されたということもあるが、迫る秋の長い髪から漂う女の子らしいシャンプーの香りが鼻をかすめ、恐怖で彼は身体を仰け反らせる。そうして何とか距離を稼ぐも、それが気に食わない彼女は膝を机に乗せ、更に迫っていく。
「それでも届かないのに、その君が天才でないと言い張るなら私の立つ瀬がないと思わないかな⁉」
「わ、分かった。俺は天才だ。これでいいだろう」
「そう、君は天才さ。幾多の困難を乗り越え、数多の凶刃を退け、そして、多くの努力を置き去りにしてきた」
彼女は落ち着きを取り戻し、真面目な顔で彼に語り掛ける。学園最強と呼ばれるまでにいくつの壁にぶち当たっただろうか。いくつの敵と戦ってきただろうか。そして、いくつの敗者を作り上げてきただろうか。
「だから君が逃げることは許されない」
その上に彼は立つ。彼に及ばず、騎士への道をさった者たちの努力の残骸を踏みつけ至ったこの場所で、彼が逃げていいものなど何一つないのだと。
「そんな君だから、周囲からの重圧を背負ってなお最強に君臨し続ける君だからこそ、私は……」
そう言って迫る彼女の目はどこか潤んでいるように見え、その目に射抜かれた直樹はどこまでも体を強張らせる。けれども彼の期待というよりは悪寒に近い予想は一転してニヤリと細められた瞳によって裏切られる。
「君をからかいたくなるんだよね」
「……趣味が悪いな」
青ざめた主人公の顔を満足げに眺め秋は乗りだした身体を戻した。
「私を負かした最強の騎士様の唯一の弱点を知ってるんだよ? こんなおいしいネタ調理しない手はないと思はないかな?」
「調理される側になってみろ。この蒼白な肌の色に何も感じないのか」
「勝手に血の気が引いてくれるから調理しやすいよね」
「怖いことを言うな」
そうしてひとしきりからかうとその視線を再び手元の冬華の資料に落とした。
「でも、よかったよ」
「なにがだ」
「君が彼女を弟子にしたことだよ。彼女の努力が報われて私は嬉しいよ」
「努力……」
確かに冬華がこの学園に来るまでの努力はあったのだろう。けれど、弟子になったことでそれが報われたと言えるのか、彼はピンとこず首を傾げた。
「君に話しかけた時点でそれなりの努力と言えないかな?」
「ああ、なるほど。確かにそうかもしれないな」
苦笑しつつ彼もまた手元の資料に目を落とす。そこには『新入生強化合宿』と表題が書かれていた。新入生に対するオリエンテーションを目的としたそれは彼らが初めて剣を手に持つ行事である。
「立派な騎士か」
騎士の象徴となる剣を手にすることで初めて自覚するのだ、それが人を守る力の重さであり、騎士が背負う責任の重さなのだと。
「ふっ」
来週に控えたその合宿に想いを馳せ、彼は笑みを溢す。
「嬉しそうだね」
「ん、ああ。楽しみだと思ってな」
秋は彼の手元の資料に気づき、彼が意図するものを理解する。
「これからだ、あいつは」
初めてできた弟子という存在は存外彼の意識の大部分を占めているようであった。




