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第二話 押しかけ一番弟子お断り

 始業式が終わると、新入生、在校生の順番で教室に帰っていくので僕も帰ろうとしたら生徒指導の田中に呼び止められた。もうね、口を開く前から何言われるのか大体予想が付くんだよね。だって、青筋立ってるもん。めっちゃ怒ってるじゃん。


「またお前はああいうことを……」

「ああいうこととは?」

「とぼけるんじゃない! 騎士の十戒を何だと思ってるんだお前は!」


 広い体育館に田中の汚い声が響き渡る。そんな大きな声を出されて萎縮するようなメンタルじゃないから、うるさいのはやめて欲しいな。


「なんだと言われてもさっき言った通りですよ。力こそパワーじゃないですか」

「それだけじゃないだろ。騎士道の高尚な精神を培ってこその力だろ!」

「そう言われましてもね、僕の立場ってものがないじゃないですか。僕はこの学園で一番強いから生徒の代表になったんですよ?」

「それはそうだが……」

「高尚な精神で選ぶなら僕より千ちゃんの方が適任ですよ? みんなそう思ってます」

「なんだ、分かってるのか」

「でも、会長になったのは僕です。なぜなら強いから!」


 それだけは胸を張って言い切れる。


「千ちゃんより強いから!」

「喧嘩を売っているのか?」


 おっと、隣で待ってくれていた千ちゃんが睨んでくる。


「そんなことないよ。僕、結果が見えてる勝負はしないからね」

「よし分かった、喧嘩だな」

「伝わってない⁉」

「伝わってるから怒っているのだが?」


 待って、千ちゃん。その腰のロングソードに手をかけるのはやめて!


「ま、待て、紅葉。それ以上はいくらなんでも……」

「先生も先生です」

「な、お、俺もか?」


 いきなり矛先が自分に向いて慌てる田中。


「先生はまずこいつがドン・キホーテを自称したところに憤るべきなのです。ドン・キホーテは自分を騎士だと思い込んだ狂人。それを学園が騎士号を与えた騎士が自称すると言うのは学園の名誉を傷つける行為でしょう。それを教員が真っ先に咎めずどうするのですか!」

「そ、それもそうだな。すまなかった」

「そもそも、学生指導の観点として、田中先生は騎士としての行動理念を……」


 なんだか千ちゃんの説教が白熱し始めたので僕は気づかれないように抜き足差し足でその場を離れる。体育館の扉を静かに締め、渡り廊下に辿り着いたところで一つ息を吐く。ここまで来ればひとまず安心かな。千ちゃんの説教は至るところに飛び火するからね。まあ、大体発火元は僕なんだけど。田中はとばっちりだったね。微塵も可哀想だと思わないのは田中の人徳故かな。

 まあ、逃げたところで結局生徒会室に集まるから関係ないんだけどね。さっさと部屋に戻って良い訳でも考えておこうかな。なんて思って、さあ帰ろうと渡り廊下にさしかかったところで、僕の正面に一人の少女が立ちふさがった。


「あ、あの!」


 意を決して口を開く彼女の大きな瞳に見覚えがあった。つい最近見たような気がするんだけど、どこだったかな。ああ、その栗色の長い髪にも見覚えがあるや。うん、ついさっきだ。


「あ、要注意人物さんだ」

「なんでそんな不名誉な覚えられ方をっ⁉」

「ああ、うん。なんでもないよ、こっちの話さ」

「あ、そうなんですか。ならよかったです!」


 よし分かった。この子はあほの子だ。要注意度をさらに引き上げる必要がありそうだ。多分、さっきの拍手もよく分からないのにしてたんだろう。


「私、一年生の伊吹冬華といいます!」

「うん、そんな大きな声で言わなくても聞こえるから大丈夫だよ」

「会長さんですよね!」

「君の声帯にはボリュームつまみはないの? 常に音割れしちゃうヘルツだよ?」

「つまみですか? ちょっとないですね」

「物の例えだからね。喉を撫でても見つからないだろうね」

「でも会長さんの喉には突起がありますよ?」

「喉仏だろうね。摘ままないでよ? 咽るから」

「分かりました!」


 やっぱり嫌味は通じないみたいだ。だとしたら本当に厄介な子だ。容易には僕に悪い印象を持ってはくれなさそうだね。なら、さっさと要件を聞いて接触時間をできるだけ短くするのが得策だ。


「あー、それで新入生が僕に何のようかな?」

「そうでした。あの会長さんにお願いがあるんです!」

「デフォルトで感嘆符が付くんだね」

「はい!」


 はいじゃないが。


「私を、会長さんの弟子にしてください!」

「嫌です!」


 断固拒否いたします!


「どうしてですか⁉」


 驚愕を浮かべる伊吹ちゃん。僕はこの子と極力関わりたくないと思っているので当然の如く師弟関係なんて断るに決まっているのだ。そんな僕の都合を伊吹ちゃんが知っているわけもないからこうして戸惑うのは無理もないかもしれない。いや、無理もないのか? 初対面の人に弟子にしてほしいと言われたら普通断るよね?


「僕は別に弟子を取ってないんだよね。だから……」

「あ、じゃあ、私が一人目ですね! 一番弟子に恥じないように頑張りますよ!」

「なんで取られた前提の抱負を語ってるのかな? 取らないって言ったよね?」

「何をですか? お祝いのピザをですか?」

「歓迎会の出前の話はしてないよ? 歓迎してないからね」

「お寿司はですか! 私、あの隙間を埋めてる卵焼きが大好きなんですよ!」

「寿司を食べようね!」


 しまった! ペースに乗せられた! でも、言わざるを得なかったんだ。出前を取った時に寿司の間にある出し巻き卵の存在意義に僕は常々疑問を抱いていたんだ。なんであるの? 寿司を頼んだんだよ? せめて酢飯の上に乗せとけよって思っていたんだけど、伊吹ちゃんはあれ好きなんだね。僕も好きだよ。


「今日の放課後からよろしくお願いしますね!」

「よろしくないですけどね!」

「それじゃあ、授業が始まるので失礼しますね!」

「満足そうな笑顔で立ち去らないで!」


 全く肯定してないのになぜか押し切られたんだけど、どういうことなのだろうか。え、怖い。あの子怖すぎる。要注意人物どころじゃないね、超危険人物だ。一人取り残された渡り廊下で、吹き抜ける風に少しクールダウンしていく。冷静に考えてみると僕が指導してあげる義理はないよね。承諾してないわけだし。放置しちゃえばいいか。それで怒って僕を嫌ってくれたら万々歳なわけですよ。


「よし、何もなかった」


 両手で弧を描き、何事もなかったムーブをする。平泳ぎみたいな手の動きだね。これで、さっきまでの世界と壁を作って新しい世界へと生まれ変わり、何事もなかったことにするのだ!


「さて、早く戻って言い訳を考えないとね」

「ほう。何の言い訳だ?」

「そりゃ、千ちゃんの説教を回避するための言い訳だよ」

「ほう」

「だって、千ちゃんに何言われても僕は変わる気ないからね。だったら聞くだけ無駄なんだから何とか聞かなくていいように苦心するべきなんだよね、千ちゃん」

「お前、私だと知った上でその言い草とは、いい度胸ではないか」

「千ちゃんはいい胸囲だよね」

「ここがお前の死に場所になるとはな」

「抜いちゃった⁉ ほんとにロングソード抜いちゃってるよ!」


 やっべえ、やりすぎた! 三十六計逃げるに如かずだね。渡り廊下の高さくらいなんぼののもんじゃい!

 僕は手すりを飛び越え、三メートル程下に見える中庭のタイルに着地した。


「いったーい!」

「逃げるな!」

「逃げるに決まってるじゃん! 生徒会室に帰るまでには頭冷やしておいてよね!」

「変なところで真面目だな、お前は!」


 褒めながら怒鳴るなんて千ちゃんは器用だね。僕は立ち上がり颯爽と中庭を駆け抜ける。桜舞い散る中庭、新しい出会いを匂わせる春の息吹が僕の頬を撫でる。


 でも、あんな出会いは求めてません。僕を嫌ってくれない女の子は本当に都合が悪い。


 なぜなら、僕は極度の女性アレルギーだからである。


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