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騎士学園のドン・キホーテ  作者: かきな
オリジナル
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第十二話 弱さと共に 前編

 それは直樹が騎士団に入団してから初めての任務であった。


 テロ行為の阻止。事前に実行時間と場所の情報を得ていた騎士団はその日、中世の刀剣展示を行っていた博物館で警備を行っていた。テロリストの目的は今回の展示の目玉である天下五剣の一刀、三日月宗近。


 少し丈の余る騎士団の制服に身を包み少年は二階の警備にあたっていた。


 齢にして八。けれど、最強の騎士の養子であり、その弟子である直樹は年齢相応には認識されない。求められるのは『最強の騎士の弟子』という肩書、それに見合うだけの功績。


 そうした周囲の目に晒されることは覚悟していた。自分がそう言った立場にいることは理解できていた。故に相応の修練を積み、誰にも文句を言われない程の実力を付けてきた。


 けれど、どれだけ強くとも実戦経験のない彼を認めようとしない人間は一定数存在した。彼の血の滲むような努力も彼らからしてみればそれだけのことで一蹴できる、取るに足らないものなのだろう。


「報われないな」


 同じフロアに配備された他の騎士の冷ややかな視線を浴びながら、彼はそう呟いた。だからこそ、この初めての任務は成功させなければならないのだ。いや、成功するだけでは物足りない。テロリストをいち早く発見し、制圧する。それくらいの功績を持っていてこそ、最強の弟子と認められるのだから。


 現場に慣れている騎士たちの談笑を横目に、彼は鋭い眼差しで来館者たちを見張る。老人や家族連れ、何かブームでもあったのか若い女性なども三日月宗近を一目見ようと訪れる。


 そんな彼らの一切を彼は疑っていた。怪しい奴は居ないか、その一挙手一投足に注意を払い、テロリストを見つけ出そうと気を張る。


「あれは……」


 自分よりも小さい女の子が誰かを探す様に辺りを見回している様子が彼の目に留まる。どうやら誰かとはぐれてしまったのだろう。どこか心細そうな面持ちが右往左往、彼の視界の端でうろつく。


 それがテロリストであるはずもなく、彼は彼の使命に必死に見張りを続けようとするのに、どうにもその少女に意識を持っていかれた。


「これも騎士の仕事か」


 ため息一つ、余裕のない心に無理やり空白を作り出し、彼は少女の元へと歩み寄っていく。


「親と逸れたのか」


「……うん」


 幼い少女は少し怯えた様子で返事をする。


「お兄さんは、誰?」


 誰かと問われ、彼は少女が求めている答えが分からなかった。名前を答えればよいのか、立場を答えればよいのか。


「俺はここの警備を任されている騎士だ」


「騎士さんなの?」


 彼の答えに少女は興味を示した。自分とあまり年の離れていない彼が騎士として警備をしていることに、驚きと感心を覚えたのだろう。


「それで、どこで逸れた?」


「……分かんない」


 うつむき加減で答える少女。彼は少女を一階の受付に連れて行き、迷子のアナウンスをしてもらおうと考え、彼女の小さな手を握る。


「受付に行くぞ。そこで親を呼んでもらう」


「……分かった」


 警備を任されたフロアを離れることは少し憚られたが、迷子の少女を助けることも確かな騎士の仕事であると言い聞かせ、階下と向かった。


 その判断は間違いではない。正しく騎士のあり方であり、誰からも咎められることはなかっただろう。


 ただタイミングが悪かった。それだけの話だったのだ。


 階段を下っている最中の踊り場の観葉植物が嫌に目に付いた。そして、次の瞬間、その鉢植えは轟音を伴い爆発したのだ。


「なっ!」


 耳鳴りに周囲の音は聞こえない。粉塵に視界は奪われる。足場は崩れ、数メートルほど落下し、彼は一階の大理石に体を打ち付けた。


「ぐう」


 痛む体を起こし、辺りを見回す。崩れた瓦礫が玄関ホールを埋め尽くす。出入り口は塞がれ、至る所から悲鳴が聞こえる。人が集まっていたであろう展示室の方から漂う焦げ臭さに熱気。そこがどれ程凄惨な状態であるかは火を見るよりも明らかであった。


「そうだ、あの子は!」


 そうして左手に握っていた少女の方を見る。握る手は確かにまだ少女の右手を離さず繋いでいた。それに安堵して、その先にあるはずの少女の姿を確かめようと彼の視線は少女の腕の先を辿る。


「ひっ」


 けれど、それは叶わないのだ。彼が強く握りしめていたのは少女の肘から先だけだったのだ。


「う、うわぁ!」


 彼はソレから手を離す。鼓動が早まる。巡る血が昇り、頭が痛む。ムカつきに口元を抑えるも、耐えきれず彼は内容物を吐しゃする。


 死というものを初めて認識した。さっきまで生きていたはずの温かみが目の前で消え去るのを体感した。それがどこまでも理不尽なものに感じられ、それがどこまでも気持ち悪かったのだ。


「死んだ……俺が、守れなかったから?」


 すぐそばにいたのだ。手を繋いでいたのだ。少女が死んだのは、自分が守らなかったから。少女が死んだのは自分が、自分が弱かったから。


 災厄の焔に包まれた博物館の中で一人、その無力さに打ちひしがれる。騎士になるということは誰かを守るという事。それと同時に、守れなかった誰かを背負って生きていく事。


「あの子の死を背負えるのは、俺しかいない……」


 無理やりこじ開けていた心の隙間に、少女の死を詰め込んで、彼は立ち上がった。


   ◇   ◇   ◇


 耳をつんざく爆音が響き渡る。地響きを伴う爆発は、先ほどまで皆が宿泊していた合宿所で起こった。窓ガラスは割れ、建物は巻き起こる黒煙に包まれた。バスの窓から見える光景に直樹は眉をひそめる。


 何が起きたのかと立ち上がり、外の様子を窺おうと騒ぎ立てる新入生たちを叱責する。


「静かにしろ! 全員、席に着け!」


 彼の怒号に彼女たちは従うも、それでも拭い去れない不安と動揺にバスの中は満たされていた。


 けれど、騎士である彼は違う。平静を保ち、状況の把握に努め、これから自分がすべき行動を思考し始める。


「合宿所内で爆発が起きた。規模は不明だが、おそらく火災が発生している。お前はこのバスに残ってこいつらを見ててくれ」


 通路を挟んで隣に座る秋にそう告げる。


「了解。消防への連絡は私がしておくね」


 秋は彼の指示を素直に聞く。


「それで、君はどうするのかな?」


 そう尋ねられ、直樹は隣の席に立て掛けていたロングソードを手に取り立ち上がった。


「まだ来ていない二人を迎えに行く」


「まあ、そうだよね。流石にまだ建物の中にいるってことはないと思うけど、万が一ってこともあるからね」


「……そうだな」


 そうして直樹は合宿所の方へと駆け出した。鼓動が早まる。


「いつまで経っても慣れないな」


 幾度となく災害の現場に立ち会い、救助活動を行ってきた直樹ではあったが、生死に係わる現場の緊張感には未だに慣れてはいない。


 いや、慣れることなどないのだろう。彼の心に詰め込まれたあの日の少女の死が、いつでも彼を追い立てる。死地へ赴け、命を救え、それがあの日、彼女を救えなかったお前の使命である、と。


「遥上か」


「あっ、会長様……」


 そうしてたどり着いた合宿所の玄関の前には爆発の衝撃からか、尻餅をつき、その場に座り込む遥上の姿があった。直樹はそこに駆け寄ると、彼女に手を差し伸べる。


「大丈夫か。動けるか?」


「わ、わたくしは大丈夫ですわ。で、ですが、冬華さん……冬華さんが!」


 けれど、春瀬は直樹の手に手を伸ばすことなく、その指先は合宿所の中へと突き出される。


「冬華? 冬華がどうした」


「忘れ物をしたようで、取りに戻ってからまだ中に!」


「っ!」


 直樹は春瀬が指さす合宿所の方へ視線を向ける。外から窺える玄関ホールの床には至る所に瓦礫が見える。窓から漏れる黒煙の奥に確かに燻る炎の紅が見えた。


 それは彼女を襲った災厄。彼女から家族を奪い、彼女に恐怖を植え付けた、呪いのような焔。もしその中に冬華がいたとしたならば、間違いなく彼女は逃げられず、中に取り残されているだろう。


「遥上、お前は駐車場の方へ急げ」


「! わ、分かりましたわ!」


 遥上は直樹の意図を読み取る。当然である。それは彼女が憧れた騎士。彼女がかくありたいと願った騎士像が彼なのだから、春瀬には彼の次の行動が容易に理解できたのだ。


「冬華さんをよろしくですわ」


「……任せろ」


 そうして彼は熱気の溢れ出す合宿所の中へと駆け出す。その危険な場所へ躊躇いなく飛び込んでいく彼の後姿を春瀬は見送る。


「やっぱり、カッコいいですわ」


 そんな場違いな感情を抱いてしまい、春瀬は我に返って首を振ると一人立ち上がりバスの方へと歩き出す。けれど、冬華に悪いとは思いつつも春瀬は羨ましいと思ってしまうのは、仕方のない乙女心なのかもしれない。


「冬華さん……」


 春瀬には彼女の無事を祈ることしかできないのであった。


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