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騎士学園のドン・キホーテ  作者: かきな
オリジナル
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第十一話 包まれる災禍 後編

「もう行きますわよ、冬華さん」


「ま、待ってください。もう少し、もう少しですから!」


 部屋の中では慌てて鞄に荷物を詰める冬華の姿があり、春瀬はそんな彼女を呆れ顔で待っているのだった。


「なんで行きには入っていた荷物がこんなにかさばるんですか? とてもこの鞄に詰まっていたとは思えませんよ、この私は!」


「それは貴女が無造作に詰めているからですわよ……」


 そうして見るからにパンパンに詰まった鞄のチャックを強引に締めると冬華はやり遂げた顔をしてそれを担ぎ、立ち上がった。


「お待たせしました、春瀬ちゃん」


「本当ですわ。まったく、集合まで時間がありませんわよ」


「はっ! 本当ですね。急ぎましょう!」


 そう言って二人は人気のなくなった廊下を小走りに進む。どうやらもう他の新入生たちはバスの方に集まってしまっているのだろう。冬華はそんな静けさにどこか名残惜しさを感じていた。


「合宿、楽しかったですね」


「そうですわね。わたくしとしては、もう少し実践的な訓練を期待していましたけれど」


「春瀬ちゃんは凄いですね。私はもう一杯一杯でしたよ」


「そんなこと言いつつわたくしに模擬戦勝ったではありませんか」


「えへへ。頑張りましたよ」


「初日の貴女から、まさか負かされるなんて想像できませんでしたわ」


 打ち付けた自分の剣に尻餅を着いた冬華を思い出し、春瀬は苦笑いを浮かべる。それは冬華に対するというよりは、その時の自分の幼稚さに対する自嘲であった。


「それもこれも、師匠のおかげですよ」


「師匠……」


 春瀬は冬華を羨まし気に見つめる。


「その……会長様とはどういう特訓をしているんですの?」


「師匠とですか?」


「そうですわ。学園最強の騎士から直接の指導ともなれば、すごい極意なんかを教わっているのではありませんの?」


「すごい極意……ナカライセンのことですかね?」


 冬華が子首を傾げながら答えると、春瀬は首を振った。


「あれは極意でもなんでもありませんわ。ドイツ剣術の基礎的な戦い方ですもの。というか、冬華さん、ナカライセンを会長様に教わりましたの?」


「はい。春瀬ちゃんに勝つために初日の夜の特訓で教えてもらったんですよ!」


「夜の特訓っ!」


 過敏に反応した春瀬を不思議そうに冬華は見つめる。その視線に春瀬は恥ずかし気に咳払いをした。


「なんでもありませんわ。それにしても、一日でナカライセンを理解したんですのね」


 そうして仕切りなおした春瀬は真面目な表情を浮かべる。自分を負かした冬華の動きが付け焼刃の戦い方であったようには思えなかったのだ。最後、自分の横薙ぎに合わせた冬華の動きは確かにナカライセンを修得した者の無駄のない動き。


「なるほど。会長様が貴女を弟子にした理由、少し分かった気がしますわ」


「? どういうことですか?」


「いえ。羨ましいと思っただけですわ」


「師匠に教わることですか?」


「そうですわね」


 その言葉を聞くや否や、冬華は妙案を思いついたかの様に手を叩く。


「それなら、春瀬ちゃんも弟子にしてもらえばいいんですよ!」


「わ、わたくしもですの?」


「そうですよ。春瀬ちゃん、すごく強いですから師匠も認めてくれるはずですよ!」


「か、会長様の弟子……」


 それは春瀬が望んでいたことであった。そうして、冬華の言葉にそうなった自分を想像してみれば、自然と春瀬の頬は緩んでいた。


「いいですわ……いいですわね!」


 ロビーに響く声で春瀬が言えば、冬華もどこか嬉しそうだ。


「じゃあ、一緒に師匠のところに行きましょう」


「い、今からですの? が、学園についてからでも……」


「善は急げって言うじゃないですか。共に騎士道を歩むって言ったじゃないですか」


「そ、そうですけど、心の準備が……」


 そうして合宿所を出ようという所で冬華が何かを思い出したように立ち止まった。


「あっ!」


「どうかしました?」


 声を上げた冬華の方を振り返り、春瀬は問いかける。


「そう言えば、辻さんに体操着を洗ってもらってたんでした」


 冬華は恥ずかしそうにそう言うと、踵を返した。


「あ、どこへ行きますの?」


「確か、大浴場の隣にランドリーがあったと思うので取りに行ってきます。春瀬ちゃんは先に行っててください」


 そう言い残すと冬華は再び合宿所の中へと駆け出していた。


「会長様にはわたくしから言っておきますわ」


「ありがとー」


 そうして彼女がランドリーに辿り着くと、そこには空の洗濯籠しかなかった。


「あれ?」


 タオルの類は丁寧に畳まれてその場に置かれているのに、肝心の彼女の体操着だけが見つからないのだ。代わりに置かれたメモを見つけ、冬華は手に取った。


「部屋の方へお届けしています。あ、辻さん、部屋に届けてくれたんですね」


 けれど、冬華は辻と出会ってはいないので、入れ違いで辻が部屋に来たのではないかと考え、冬華は二階の客室へと向かう。階段を上がっていると、踊り場に置かれているにしては不自然なほどに大きな観葉植物が目に付いた。広げられた大きな葉が彼女の鞄に引っかかる。


「あ、ごめんなさい」


 植物に謝罪しながら葉を取り払うと、反動で葉が彼女の頬を引っ叩いた。


「はうあっ!」


 びっくりしながらも、二階へと上がった彼女は首を傾げる。来た時は、こんなことはなかったはずなのに、と。


「あっ、きっと鞄が大きくなったからですね」


 そうして抱いた疑問に彼女なりの答えを見つけると、彼女は再び廊下を進もうと視線を上げた。


 そして、再び違和感を覚える。それは今朝も同様に感じたことだ。この合宿所には確かに至る所に緑があった。景観に即した観葉植物たちはこの建物を彩っていたのだ。


 けれど、目の前にある廊下はどうだろう。過剰すぎるほどに配置された植物の並びはこの建物の内装の優雅さを損なわせている。赤と白を基調とした建物の調和が崩れるほどの緑に覚えた違和感。彼女はそれに、何故か既視感を覚える。


「あの時も、確か……」


 その直後、鼓膜を突き破るかの爆発音が響く。


「きゃっ!」


 瞳を閉じ、耳を塞ぐ。何が起きたのか。思考が追い付く前に肌が理解する。この焼け付くような熱気はあの時と同じだ。理解して震える。心底から恐怖が呼び起こされる。喉の奥まで込み上げてくる恐怖に、冬華は座り込んだ。


「違う……違う」


 けれど、冬華は否定する。


「あの時とは違う。私は、強くなってる」


 自分を鼓舞する。この恐怖は過去のもの。今の自分ならば、乗り越えられるもの。


「私は、変わった!」


 そう意気込み、彼女は閉ざしていた瞳を開く。

しかし、そこに彼女が乗り越えられる恐怖は存在していなかった。視界に広がるは一切の生を許容することのない炎。あれ程違和感を覚えていた緑は一転して正反対の色味に染まっている。


「あ、ああ……」


 彼女の口からは恐怖が漏れてしまった。塞き止められていた恐怖は決壊したダムの如く心底から零れだす。


「たす……たすけて……」


 もはや足は動かない。いや、動かそうとも思えない。


「ししょう……」


 彼女を包む災禍の炎がゆっくり、しかし、確実に彼女へと迫るのだった。


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