第十話 肝試しで特訓ですよ! 後編
そうして人だかりも疎らになってきた頃に二人は入り口の方にやって来た。小道の奥からは『わー』『きゃー』と楽し気な悲鳴が聞こえてくる。そんな軽い空気の中、一際重たげな空気に包まれ、項垂れた少女の姿が二人の前にはあった。
「あいつはどうしたんだ」
「一緒に行ってくれる人が見つからなかったみたいだね」
直樹が進行をしていた秋に尋ねると、どうやらそこで暗い顔をする少女、遥上春瀬は参加条件を満たすことができずこうして入り口で立ち尽くしているようだった。
「社交性はあると思ったが、違ったのか」
「春瀬ちゃん、プライドが高いからね。自分から誘いに行くことができないみたいだね」
冬華はそんな彼女の元に歩み寄る。その足音に気付いた遥上は一瞬、嬉しそうに顔を上げるも、それが冬華だと認識すると緩んだ頬をすぐさま引き締める。
「な、なんの用ですの?」
腕を組みそっぽを向く遥上であったが、冬華はそんな彼女のそっぽに回り込んだ。
「遥上さん、私たちと一緒に肝試しに行きませんか?」
「わ、わたくしとですの?」
「はい!」
怪訝そうな遥上と対照的に冬華は屈託なく笑うのだ。
「……わたくしは貴女に酷いことを言いましたわ」
「そうですか?」
「そうなんですわ」
「そうだったんですね」
小首を傾げた冬華に遥上はどこか諦めたように苦笑した。
「鈍いんですわね」
「む、そんなことないですよ。とっても繊細で傷つきやすい乙女ですよ、この私は!」
「そんなに勢い良く言われても説得力がありませんわよ」
「確かにそうですね」
冬華が浮かべた照れ笑いに釣られるように、遥上も微笑を浮かべた。敵対視していたのが嘘のように、今の遥上は冬華の顔をすんなり視界に入れることができた。憧れの会長と一緒にいるなんて、彼女ばかりずるいという嫉妬ややっかみの感情は負けた遥上にはもう芽生えなかった。
「……いいですわよ」
「え?」
「一緒に肝試しに行ってあげても、いいですわよ」
「本当ですか!」
嬉しそうに跳ねる冬華を見ていると、その無垢な感性に自分が抱いていた彼女への嫉妬ややっかみがどれ程意味のないものだったのかを知るのだ。
「それじゃあ、行きましょう、師匠、遥上さん!」
「ええ。……今なんて言いまして?」
「え? 行きましょう、ですけど」
「その後ですわ!」
「春瀬ちゃんの大好きな会長様も一緒に行くって言ったんだよね」
「なっ⁉」
遥上の肩に手を置いた秋がにやにやと笑みを浮かべる。そんな彼女の言葉に遥上は驚きと羞恥に声を上げ振り返る。
「そ、そんな下衆な感情ではありませんわ! わたくしは会長様の騎士としての強さと功績に憧れを抱いているだけですわ!」
「そうか。光栄だな」
「か、会長様っ⁉」
顔を真っ赤にし、声を張り上げる遥上を横目に直樹は秋から受け取った懐中電灯を手に小道の方へと歩き始める。
「行くぞ、二人とも」
「あ、師匠、待ってくださいよ」
「わ、わたくしも!」
慌てた様子で二人は直樹の背中を追いかける。そんな彼らを見送る秋は、何かが起こりそうな雰囲気に愉快気に笑みを浮かべた。
「帰って来た時の彼の疲弊した顔が楽しみだね」
さてさてと彼女は移動を始める。次はゴール地点。そこで見せるであろう彼の蒼白とした表情を思い浮かべて秋は足取り軽く駐車場へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
「案外、鬱蒼としてますね!」
「……」
「こ、この程度の暗闇でしたら、どうってことはありませんわね!」
「……」
「そうですか? 私なんてもう心臓バクバクですよ!」
「い、伊吹さんは怖がりですわね!」
「……」
そう楽し気な冬華を右に、言葉とは裏腹に怯えた様子を見せる遥上を左に、直樹はおそらく両者よりも格段に早い心拍数の元、薄暗い小道を進んでいた。
「おい」
「はい、なんですか、師匠? あ、師匠も怖いですか?」
「そ、そんなわけありませんわ。会長様が怯えるなんて、在り得ることではありませんわ」
「なぜお前らは俺の両脇で袖を掴んでいる」
冬華だけでなく遥上も彼の袖の端を摘まんでいた。
「怖いからに決まってるじゃないですか、師匠!」
「そんな勢いよく言われても説得力はないな」
「えへへ。そうかもしれませんね」
けれど、離す気のない冬華の様子に直樹はようやくと彼女の意図に気が付いた。この肝試しで、彼女は彼の女性に対して抱いている恐怖を克服すべく女性に慣れてもらおうと言っていたのだ。
となれば、これは彼女なりに考えた特訓方法なのだろう。
「あ、あの。ご迷惑なら、わたくしは一人で行きますけれど……」
そう強がりながらも震える遥上の姿は昼に見せた騎士らしい気高さとは違う、年相応の少女の振る舞いに見えた。
「いや、構わん。少し歩きづらい程度だ。気にすることはない」
「わ、分かりましたわ」
夜風に揺れる木々の騒めきが、この暗中で不気味に鳴り響く。林の中には小動物が活動しているのか、茂みを掻き分けるような音が近くから聞こえれば、隣で遥上がピクリと体を震わしていた。
そうして煽られた恐怖心に彼女が裾を掴む力は強くなり、安心を得ようと直樹との距離を少し詰める。それが青春と呼べる時期を生きる少女の繊細な感性なのであろう。
けれど、冬華は違っていた。
「はうあっ! し、師匠、さっきあっちの茂みで物音がしましたよ! ひゃうあっ! 何か足元にいませんか、これは! 師匠! 師匠? 師匠っ!」
「うるさいぞ」
繊細な恐怖にオーバーなリアクション。どこか遥上とは対照的な冬華の姿に直樹は何故か安堵するようにため息をついた。
そうして展望台までやってくる。鬱蒼と茂っていた林を抜けたそこは海岸に面したひらけた場所になっていた。
「あれが騎士勲章のレプリカか」
そうして、直樹が展望台の中央に設置されたベンチに置かれた勲章を拾っていると、いつの間にか隣りから居なくなっていた冬華の歓声が正面から聞こえてきた。
「うわー、すごくきれいですよ、これは!」
その声に顔を上げた彼の視界に飛び込んできた景色は一言で表すなら光であった。
先ほどまでの閉塞感は取り払われ、開け放たれた空には満月が昇っていた。月明かりが照らす水面が波間に輝き、キラキラと瞬く。そして、その光の中心に彼女が立っていた。
「本当ですわね。海岸を一望できる、いい場所ですわ」
「ですよね。感動的ですよ、これは!」
景色にはしゃぐ冬華の姿。それは何とも彼女らしい無邪気な振る舞いであり、いつも見ていた彼女の姿と変わりないのだが、どうしてかその時の彼はその姿に目を奪われていた。
「師匠、すごくいい景色ですよ!」
そうして手招きをする冬華はその背後の風景に劣らない煌めきを満面の笑みに乗せる。それがどうにも彼には衝撃的で、鼓動が早まっていくのを感じていた。
「どうしたんですか、師匠?」
そう言って小首を傾げる冬華に直樹は我に返る。
「……なんでもない」
「そうですか? 少し、顔色が……」
「それより、そろそろ進むぞ。あまり遅くなるわけにはいかない」
「あ、待ってくださいよ、師匠!」
「伊吹さん、騎士勲章を取り忘れていますわよ。って、ちょ、ちょっと、置いて行かないで下さい!」
そうして彼女に感じた胸の高鳴りをいつもの恐怖心だと彼は片付け、目を逸らす。追いついて来た彼女に再び摘ままれた袖が彼の腕に少しの重みが掛かる。それが彼女が手を引く重みだと意識してしまうのだから、彼はここまでの道のりよりも更に鼓動が早まっていた。
けれど、それに息苦しさを感じながらもどうしてだろうか、不愉快な感覚ではなかった。この胸の辺りに生まれる熱は初めての感覚であり、それがどういう名を持つのかも分からなかったのだが、彼はその熱量を心地良いと感じていた。
これが冬華が肝試し前に言っていた楽しさなのだろうか。
「おや、なんだか余裕そうな表情だね。残念」
「おい」
ゴール地点に辿り着くと秋が残念そうな表情で彼らを迎えた。肝試しを終えた者達は駐車場に溜まらず、合宿所のロビーで雑談を始めているようだった。
「紅葉さん、展望台の景色見ましたか? すごくきれいでしたよ!」
「そうなの? それはよかったね、冬華ちゃん。私も勲章を回収する時に見てくるね」
「はい!」
そんな楽しそうな冬華に釣られて秋も笑みを浮かべる。そんな彼女らと同様に、遥上もどこか満足げな笑みをしていた。それに目敏く秋が気づくと、一転してニヤリとその笑みは意地の悪いものになる。
「春瀬ちゃんも、会長様と一緒で楽しめたかな?」
「なっ!」
顔を赤らめながら遥上は未だに掴んでいた袖を話しながら慌てて否定する。
「べ、別に会長様が居るから特別楽しかったというわけではありませんわ! た、ただ、肝試しというイベントを純粋に楽しんでいただけですわ!」
「本当かなぁ?」
そうして楽し気に遥上をからかう秋。そんな彼女たちを眺めていると、右の袖を冬華に引かれ、直樹は彼女の方に視線を向ける。
「楽しいですね、師匠!」
「楽しい……」
そう言われて、彼はその言葉が存外自分の今の心境を表すのに適していることに気付く。あの胸の高鳴り、それが彼女の言っていた肝試しの楽しさであったというのなら、なるほど今の自分の心境も納得だと、彼は思った。
「ん、ああ、そうだな」
手に持つ騎士勲章のレプリカを眺め、あの展望台での光景を思い出す。
「楽しかったな」
「ですよね!」
そんな彼の回答に冬華は満足げに笑った。
そうして、肝試しは終わる。彼の女性に対する恐怖が軽くなったのかは分からない。けれど、確かにこの肝試しで彼の中に変化は起きた。
恐怖によるものではない、他の何かによって引き起こされた胸の高鳴り。
人との距離が縮まれば必然的に生じるその熱量の正体に、彼はまだ気づいてはいないのだった。




