第十話 肝試しで特訓ですよ! 前編
そんな風に二人が話していれば中央の喧騒からなにやら人影が一つ、彼らの元にやって来た。
「やあやあ、調子は良さそうだね、会長様」
「秋か」
「そうだよ。君が気を失った後の始末をした上に模擬戦の審判までやらされた副会長の秋だよ」
「始末に関しては感謝しているが、審判はお前の業務でもあっただろう」
「まあね」
そう言うと秋は冬華の隣に腰掛ける。手に持つカップの中身を口にすると、やっぱり渋い顔をする。
「んー、苦いね」
「あ、ブラックコーヒー飲めるんですね! 大人ですね!」
「ふふーん。でしょう? でも、どこかの会長様はブラックじゃ飲めないみたいだよ?」
「どう飲もうと人の勝手だろう」
もはや定型と化した問答に秋は楽し気に笑う。
「ああ、そう言えば冬華ちゃん、昼間はお疲れ様。いい試合だったね。まさかナカライセンを仕込まれていたとは」
「えへへ。また褒められちゃいましたよ、この私は」
「んんん? また、とは?」
そう言って怪訝な視線を向けてくる秋に、直樹は思わず顔を逸らす。そんな彼の反応になんとも愉快気に彼女は笑いだした。
「へえ、会長様が褒めてくれたんだね。それはそれは」
「なんだ。何か言いたげだな」
「いいや。ただ会長様も随分素直になったと感心しただけだよ。それとも、冬華ちゃんの前だけなのかな、その素直さは」
「少なくとも、お前の前では見せる気はないな」
「なるほどねえ」
そんな二人の問答に挟まれて冬華は何故かもやっとした感情を抱く。
「そ、そう言えば、紅葉さんは今までどこにいたんですか?」
そうして冬華は割って入るように声を上げた。そんな彼女の表情に秋は何を感じ取ったのか、ニヤリと笑みを浮かべる。
「私はね、この後に行う肝試しの準備をしていたんだよ」
「肝試し?」
「そうそう」
冬華が聞き返すと、秋は何度か頷く。
「やっぱりこういう合宿の夜は肝試しだと私は思うんだよね」
「毎年恒例だろう。聖騎士会が主体となって行う催しだ」
「へー、そういうこともするんですね」
「そう。だから、役に立たなくなった会長様の代わりに私が一人でルートの確認とか、中継地点の勲章の設置とかをしていたのだよ」
「それはすまなかった」
「別に気にしてないよ。今度、駅前のパフェでも奢ってくれればね」
「……仕方ないか」
秋の抜け目のない注文に直樹はため息交じりに承諾する。そうして顔を上げると、彼はふと冬華が羨ましそうな表情を浮かべていることに気が付く。
「お前も行きたいのか」
「えっ? あ、あの、いや、その……」
何か取り繕おうと慌てる冬華であったが、結局上手い良い訳が思いつかなかったようであわあわと手を動かすジェスチャーは功を奏さなかった。
「……行きたいです」
「冬華ちゃんは素直だね」
「そ、そうです。私は真っ直ぐなところが長所なんです! だから、師匠、一緒に連れてってください!」
「俺はそういう意図で言ったわけではないがな」
けれど、彼は彼女の頼みを無下にしようとは思わなかった。彼女の頑張りによって掴んだ勝利に何らかの褒美は必要だと彼は考えていたのだ。
「いいぞ」
「へ?」
「昼間の褒美だ。お前も連れて行ってやる」
「ほ、本当ですか⁉」
冬華は満面の笑みを浮かべる。大げさに喜ぶ彼女の様子に、よほどパフェが好きなのだろうと直樹は思うのだった。
「あ、まずい。そろそろ時間だ」
秋は手元の端末で時間を確認するとそう呟いた。
「そういうわけで肝試しをするんだけど、冬華ちゃん参加しない?」
「はい、もちろん参加しますよ!」
「あ、でも、安全のために二人以上で参加してもらうようにしているんだよね。冬華ちゃん、誰か当てはあるかな?」
「二人以上ですか……」
そう呟くと、冬華は少しの思案の末、その視線を隣りに座る直樹の方へと向けた。
「ししょ……」
「断る」
「ええっ⁉ どうしてですか、師匠!」
「確認するが、お前は怖がりか?」
「自慢じゃありませんけど、夜中にトイレに行くときはいつも震えていますよ!」
「自慢じゃないな」
何故か胸を張る彼女に彼は嘆息する。
「いいか。お前と俺が肝試しに行くだろう。そうなれば些細な物音も恐怖の対象だ。そこで強い風でも吹いてみろ。木々の騒めきに、お前は俺に飛びつかないと誓えるか?」
「無理ですね!」
「良い返事だ。なら分かるだろう」
「行きましょう、師匠」
「話が通じないのか、お前は」
呆れ顔をする直樹とは対照的に冬華は真面目な表情をする。
「私も師匠の力になりたいんです。師匠の女性恐怖症が少しでも楽になる様に手伝いたいんです」
「おや」
秋はその言葉に直樹が冬華に女性恐怖症のことを教えたのだと気づく。そして、何かを思いついたかの様に嫌らしい笑みを浮かべるのだ。
「だから、私と肝試しをして女性に慣れていきませんか?」
「だが……」
「あれれ、冬華ちゃんがこんなにも君を想った提案をしているというのに、会長様はそれを無下にしようと言うのかな?」
「ぐっ」
その憎たらしい秋の笑みに直樹は表情を歪める。冬華だけならばどうにでも断る口実は作れたかもしれない。しかし、そこに秋が便乗してきたというのであれば別である。
「……いい笑顔だな、秋」
「お褒めに与り光栄だね」
皮肉も笑顔で受け流され、直樹は諦める様に息を一つ吐きだす。冬華の方を伺えばその表情から彼女が混じり気のない良心によって提案していることが分かる。故に直樹も強く断れないのだった。
「分かった。行こう」
「本当ですかっ!」
「ああ。それに聖騎士会として経路巡回する必要もあるからな」
「良かったね、冬華ちゃん」
「はいっ!」
満面の笑みを浮かべ喜ぶ冬華を見ると、直樹も満更ではなく、どこかその笑顔を嬉しく思う自分がいることに気付く。そこに師弟として深まる絆を当てはめるので、彼は素直にそれを受け入れるのだ。
「それで、順路はいつもの道か」
「ああ、そうそう。広場の端にある小道から裏の林に向かって歩いて行って、石段を上った所にある展望台のベンチに設置した箱から騎士勲章のレプリカを一つ取って、横にある坂を下ると合宿所の駐車場に出てくるって感じかな」
広場の裏にある林はそこまで鬱蒼とはしていないが、街灯が少なく夜は不気味な雰囲気を漂わせる。
「一本道だし、そんなに危険はないと思うけど、万が一迷った時のために通信手段は持って行った方が良いよ」
「ああ、分かっている」
そう言って、スタート地点である小道の入り口を見てみればすでに数十人が集まっており、秋のアナウンスを待っている状態であった。
「おっと、みんな待ってるね。それじゃあ、私は先に行ってるから、二人は人がいなくなってからきてね」
「どうしてですか?」
冬華が首を傾げると、秋は直樹の方を指さして笑みを浮かべる。
「女の子がいっぱい居ると、会長様がボロを出しちゃうかもしれないからね」
「あっ、そういうことなんですね」
「悔しいがそういうことだ」
そうして秋は立ち上がり小走りに去っていく。もうだいぶ小さくなったキャンプファイヤーが中央でゆらゆらと焔を揺らす。
「楽しみですね、師匠」
「怖がりなんじゃないのか」
「そうですけど、そういう風にドキドキするのも楽しいじゃないですか」
「……そういうものか」
二人きりで夜の道を歩いていく。それ想像すれば、確かに直樹もドキドキと鼓動が早まる。それは恐怖なのだろう。けれど、彼女はそれを楽しいというのだ。
「楽しい……か」
この胸の鼓動を人は高揚と呼ぶ。直樹はその高揚の原因がどこにあるのかを考えて、そしてやはり早まっていく鼓動に首を傾げるばかりであった。




