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騎士学園のドン・キホーテ  作者: かきな
オリジナル
19/32

第九話 弱さを背負い、進む道 後編

「え?」


 直樹の言葉を冬華はすぐに理解することはできなかった。


「ええと、師匠がですか?」


「ああ」


 そう問い返して、彼女は難しい顔をする。なんとか呑み込もうとうんうん唸るも、その女性恐怖症という単語と彼女の中の師匠像が全く結びつかず、ついには思考を放棄する。


「女性が師匠に恐怖するってことですね。確かに師匠はちょっと眼つきが悪かったり、無愛想な表情をしてたりしますけど、でも根は優しくて、私のことだってちゃんと考えて接してくれているって分かってますよ!」


「それを女性恐怖症とは言わないだろう」


「あっ、そうですよね。でも、それじゃあ、師匠が私を怖がってることになるじゃないですか」


「ああ」


「えっ?」


「その通りだ」


「……ジョークですか?」


「俺が冗談を言うように見えるか?」


「人は見かけに依りませんから、もしかしたら日夜爆笑トークを考えていたりしているかも……」


「そんな愉快な人間のつもりはないがな」


「ええと……」


 そこまで否定されれば思考を放棄した彼女であっても考え込むというものだ。そして、彼が言った事が事実であれば、常日頃から彼は女性に恐怖心を抱いており、満面の笑みで話しかけていた自分をそのポーカーフェイスの裏では怖がっていたということである。


 そこに彼女は彼との距離感を感じてしまい、なんだか悲しくなってしまう。


「うう、師匠。ほんとは私のこと嫌いだったんですね……」


「いや、嫌いではない」


「でも、怖いんですよね」


「まあ……」


「やっぱり嫌いなんじゃないですかぁ!」


「だから違うと言っているだろう」


 直樹は否定するも、どうやら彼女の中では怖いと嫌いはイコールで繋がっているようだ。


「お前個人を嫌ってはいない。だが、お前がたまに……いや、高い頻度で見せる女性的な部分に俺の体は強張るというだけだ」


「女性的?」


 冬華はその言葉に小首を傾げる。彼女はそれに当てはまる自分が想像できなかったのだ。勉強しかしてこず、年相応の遊びに興じる暇もなかった彼女にはそれを自覚する出来事も、自覚させてくれる他人もいなかったのだ。


「そこを説明する気はないが、今日の昼に俺が気を失ったのはそういうことだ」


「……ああ!」


 彼女はその説明に秋が言った意図の分からない言葉の真意を理解した。


『思わぬタックルが鳩尾にクリティカルヒットして意識を失った……って言う事にしようか』


 それは秋が直樹の女性恐怖症を隠すために取り繕った言葉だったのだ。


「それで秋さんは妙に説明口調だったんですね」


「やはり秋がフォローしていたか」


 そうして冬華は彼が女性恐怖症であることを確かに理解したのだが、そうするとやはり当然の疑問が生まれる。


「どうして、師匠は女の人が怖いんですか?」


 その質問をされることは想定していたのだろう。直樹は一つ息を吐きだすと口を開く。


「小さい頃、俺は孤児院にいた」


「孤児院……師匠も、家族を」


 直樹はそれに頷く。


「覚えてはいないがな。だから、お前と違って失ったという感覚はない。ただ最初からいなかっただけだと、まあ、割り切って生きていた」


 出会うからこそ別れがある、何かを得たから失う。ならば、最初からいなければ喪失による虚無は生まれない。


「そんな時、俺はある人に引き取られた」


「ある人?」


「ああ。それが俺の師匠であり、騎士団最強の騎士。マガハラ騎士団、団長、千宮零己という女だった」


「師匠の師匠ですか⁉」


 今まで耳にしなかった直樹についての話題に冬華は興奮気味に食い付いた。


「師匠にも師匠がいたんですね。しかも、騎士団最強って、師匠が学園最強になるのも納得ですね!」


 その言葉に直樹は苦笑する。彼女はそんな彼の様子に首を傾げた。


「そうだな。最強の弟子はやはり最強でなければならない。それが騎士団長の弟子ともなればなおさら、な」


「師匠……?」


「零己……団長は何も言わなかった。俺に強くなれとも、相応しく振舞えとも。だが、周囲の視線はそうは言わない。こうでなければならないという押し付ける認識の元に俺を評価するのだから、俺はその重圧に苦しむ日々だった」


「それが師匠の女性恐怖症の……」


「いや違う」


「違うんですか⁉」


 話の流れからそうだと確信していた冬華は驚いた顔をした。


「騎士団の人間はほとんど男だった。確かにその体躯に恐怖心を抱かなかったわけではないが、それを引きずるほど俺は繊細ではない」


「じゃ、じゃあ、どうして」


 その問いかけに、彼は押し黙る。そして、肩を震わせ、思い出してしまった恐怖にどこか怯えているようだった。


「耐えきれなくなった俺はついに団長に言った。俺を最強にしてくれ……と」


「あっ……」


 冬華はそう呟いた彼の表情に察してしまう。彼の言葉がどういう結果をもたらしたのかはそのらしくない怯えた表情が物語っていたのだ。


「次の日からは地獄だった。肉体の限界を無視したハードワークなんてまだマシな方だった。獅子は我が子を千尋の谷に落とすとはよく言うが、本当に落とす奴はあの人くらいのものだろう」


「落とされたんですか⁉」


「ああ。背中を一押し。足元が宙に浮く感覚は二度と味わいたくないな」


 思い出して遠い目をする彼の瞳に生気が見られないのはこの広場の端にキャンプファイヤーの光が届いていないからだろうか。


「樹海、無人島、砂漠に置き去りは、最早どう騎士の特訓に結びつくのか理解できなかったな」


「それはそうですよ!」


 そうして培ったものがどうにかこうにかいい方向に向かった結果が今の彼であった。


「そうして、俺は周りの押し付けられる認識に適う強さを手に入れた」


「どうしてそうなるんですか……」


「それと引き換えに、俺は女性が怖くなった。あの死の淵を思い出し、体が強張ってしまうんだ」


「やっぱり死にかけてたんですね」


 彼が女性恐怖症になった理由も理解した。そうして最後に芽生える疑問はたった一つ、彼と彼女の関係について。


「それじゃあ、どうして師匠は私を弟子にしてくれたんですか?」


「……」


 直樹は沈黙する。それを言う事は少し気恥ずかしく感じた。けれど、過去を共有した彼女だからか、それ以外の要因があったのか、彼は伝えたいと思ったのだ。


「お前が、真っ直ぐだったからだ」


「真っ直ぐ、ですか?」


「ああ」


 小首を傾げる冬華に直樹は苦笑する。


「騎士になろうと真剣だということだ。……今日の模擬戦、見事な勝利だったな」


「師匠っ」


「よくやった、冬華」


「師匠ぉぉぉお‼」


 そうして彼が褒めると、彼女は舞い上がり抱きつこうとする。けれど、それを直樹はスッと立ち上がり躱す。


「はうあっ!」


「……少し後悔してきたぞ」


「そんなぁ!」


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