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騎士学園のドン・キホーテ  作者: かきな
オリジナル
17/32

第八話 交わる剣と、 後編

「いいか、これから教えるのは明確な型があるものではない。どう戦うかという考え方だ」


「考え方……ですか」


「そうだ」


 バインド状態のまま、直樹は説明を続けた。


「ナカライセンというもので、基本となるのは相手と同じ行動をすると言う戦い方だ」


「相手と同じ?」


 首を傾げる冬華に直樹は頷く。


「このバインド状態から攻めに回るならどうする?」


「ええと、一度離れないと剣が触れないですよね。だから、一度距離を取ります」


「そうか。ならこのバインド状態から離れてみろ」


「分かりました」


 そうして冬華が一歩後ろに下がるも、両者の剣は依然触れ合ったままでバインドは解かれていない。


「あ、あれ?」


 もう一度下がるも、それに合わせて直樹が距離を詰め、やはりバインドは解かれない。


「こうして相手に合わせて動けば、相手の行動を制御することができる」


「なるほど……」


 けれど、冬華が釈然としないのはこれが果たして戦い方といえるのかという所であった。確かにこれでは攻勢には出られることはないが、同時にこちらも攻勢に出られないではないかと。


 しかし、そんな冬華の疑問は次の一歩で解決する。そうして冬華が触れ合う剣を離そうと腕を上げた瞬間、直樹の剣は冬華の首筋に添えられていた。


「はうあっ!」


「相手が剣を引けば、こうして自分の剣を差し込む。対応しようにも、一度引いた剣を再び下ろすよりも突き出した剣が首筋に到達する方が早い」


 首筋に感じる冷たい感触に冬華は驚き、声を上げた。そして、このナカライセンの勝ち方を体で理解したのだ。


「なるほど、相手の行動に合わせて同じように動けば、こちらの攻撃が対処されにくいということなんですね」


「そういうことだ」


 そう言うと直樹は冬華の首筋に沿えた剣を下ろす。


「このナカライセンはバインドに限らない戦い方の一つだ。意識して動けば有利に戦えるだろう」


「はい、師匠!」



「(バインドからナカライセンで相手の隙を突く……やってやりますよ、この私は!)」


 昨晩の特訓時に教わった戦い方を思い出す。バインドには持ち込めた。この状態であれば、遥上の強みである攻撃動作の速さは生かされ難い。


「自ら距離を詰めてきたかと思えば、剣を振りもせずバインドですか」


「っ!」


 冬華は遥上がバインドという言葉を知っていることに一抹の焦りを覚えた。それは遥上がバインド状態の戦い方を知っているかもしれないという可能性が出てきたからである。


「立派な騎士になりたいといいながらこのような小細工……片腹痛いですわね!」


 そうして遥上は交差する剣を押し出し、冬華を突き飛ばそうと力を込める。けれど、それに合わせて冬華も力を込め踏ん張れば、二人の距離は開くことはなかった。


「小細工なんかじゃありません! これが騎士の戦い方なんです!」


「そんなことありませんわ! 立派な騎士なら正々堂々と相手の剣を受け止め、そして切り伏せますわ!」


 押し返すことができないと分かり、遥上は後ろに下がろうとする。


「ここですよ!」

遥上が作ったその隙に対して、冬華は少し遅れながらも同じように一歩前に出て剣を首筋に当てようとする。手首を用いて最小限の動きで剣を振り下ろす。それは、確かに完璧なナカライセンの動作であった。


「っ!」


 その剣先が遥上の首筋を捉えんと迫るも、それに遥上は反応する。


 体を捻り、体勢を崩しながらも無理やり冬華の剣から逃れる。その常人離れした反応速度に冬華は驚きながら、空を切った剣を再び彼女に振り下ろす。


「その程度の剣、わたくしには届きませんわ!」


 けれど、即座に体勢を立て直し、両足を地に付けた遥上はその剣を受け止める。冬華は受け止められた剣をそのまま押し込みバインドへと持ち込もうとするも、ストロングの位置に持ち込む前に弾かれてしまう。


「もう、その手には乗りませんわよ」


「うぅ……」


 遥上は冬華との間合いを見極める。十分彼女の突撃に対応できる距離に位置取り、その切っ先を彼女に向けた。


「バインドからの攻勢は確かに不意を突かれましたわ。けれど、そのような小細工は一度きりのもの。本物の騎士に二度目は通じませんわ」


「……みたいですねぇ」


 冬華は呼吸を整える。もうあのナカライセンによる強襲はさせてくれはしないだろう。バインドに持ち込もうにも、遥上の反応速度が冬華の速度を上回る以上すぐに距離を取られてしまう。


 昨晩の特訓で直樹から教わったものは出し尽くした。もはや、彼女には勝ち目がないように思えるのだが、その瞳には未だ燃ゆる闘志が残っている。


「(負けたくない。例え、私より遥上さんの方が優秀だったとしても、負けることを良しとしたくない!)」


 そうして彼女は駆け出していた。


「はあぁ!」


「まだ諦めていないみたいですわね!」


 そうして交わる剣と剣。真っ向からのぶつかり合い。そこでは遥上のいう正々堂々とした戦いが繰り広げられる。冬華が振り下ろせば、それを遥上が横に倒した剣で受け止める。そのまま遥上が薙ぎ払えば、冬華が剣身の横に手を当て、両手で受け止める。


 そこに実力の差はないように見える。

確かに遥上の方が冬華よりも反応速度が速いのは事実だ。しかし、それを補う戦い方が冬華の根底にはあった。


 それがナカライセン。遥上が踏み込めば一歩下がり、遥上が一歩下がれば踏み込む。この動作を思考の介在なしに行うことで遥上の攻撃に対する反応に猶予を与えるのである。


「(さすが師匠です。師匠が最初にこれを教えた意味、分かった気がしますよ)」


 そうして、着実にナカライセンの戦い方をマスターしていく彼女はあることに気が付く。それは遥上の踏み込みに合わせて後ろに下がった瞬間であった。


「(あれ? ここで遥上さんの攻撃に合わせて、私が攻撃したら当たっているんじゃ?)」


 迫る遥上の横薙ぎを後ろに下がり避ける。下がる冬華を追い、返す刃で再び薙ぎ払おうと迫る遥上に、彼女は閃きに従い剣を合わせる。


「なっ!」


「これが、私の剣ですよ!」


 ほとんど同時に、そして同じ軌跡を描く横薙ぎの剣。どちらの剣先が相手に届くのか。それを決めるのはたった一つの基本的な要因。それはストロング。それはハード。相手の剣よりも少しでも強く、燃やす闘志を少しでも熱く。そのほんの僅かの優位が、冬華の剣を遥上へと至らせたのだ。


「そこまで」


 二人が剣を振り切った瞬間、その決着を直樹は宣言した。


「勝者、伊吹冬華」


 その言葉に、周囲は静かに感嘆の声を漏らした。誰が見ても遥上優勢の激闘であった。遥上の攻勢に合わせることしかできなかった冬華が勝つなんて、誰にも想像が付かなかっただろう。


「お、お待ちください!」


 それは遥上自身も例外ではなかった。


「どうした」


「納得がいきませんわ! わたくしはまだ、まだ戦えますわ!」


 そう彼女が主張するも、直樹は静かに首を振る。


「お前自身が分かっているのだろう?」


「それはっ!」


「最後の横薙ぎに合わせた冬華の剣。お前の手首に、剣先は届いていた」


 遥上は左手で右手首を抑えるようにして隠す。


「利き手の負傷は実戦においては致命傷だ。戦闘続行は不可能だと思え」


「わ、わたくしはっ!」


「今回は、お前の負けだ」


 そう直樹に言われ、遥上は絶望を顔に浮かべた。それは彼女にとって憧れの人間からの拒絶の様に聞こえたのだ。


 けれど、直樹にその意思はない。彼女が自分に対しどういう感情を抱いているのかを知らないのだから。


「だが、悪い試合内容ではなかった」


「え?」


「期待しているぞ、遥上」


 その言葉に遥上は表情を一転させる。その彼女の瞳から彼はあの視線に乗せられていた感情がなんであったかを理解した。


「羨望か……」


 そう呟く彼の表情はどこか暗い。何か思う所があったのだろう。彼の意識はどこか遠くに向けられているようで、迫る脅威に気が付かなかったのだ。


「やりました! やりましたよ、師匠!」


 そう言って冬華はあまりの嬉しさに直樹に抱きついたのだ。


「っ⁉」


「勝ちましたよ! えへへ、私、勝ったんですよ!」


 ぴょこぴょこと跳ねながら彼女は満面の笑みを浮かべる。その喜びようはすがすがしいもので、負けた遥上もどこか呆れた顔をするものの、既に彼女に向けられていた敵意はそこにはなかった。


「師匠! ……師匠?」


 けれど、直樹からの反応がないことに彼女の興奮は次第に落ち着いていき、どうしたのかと伺うように顔を上げた。


「し、師匠⁉」


 そこには白目を剥いて意識を失った直樹の姿があった。


「あらら。流石に耐えられなかったみたいだね」


「秋さん?」


 慌てて駆け寄ってきた秋が直樹を見て笑う。


「まあ、あれだね。思わぬタックルが鳩尾にクリティカルヒットして意識を失った……って言う事にしようか」


「え、え?」


 戸惑い、右往左往する冬華を置き去りに、秋は気を失った直樹を担いで広場から去っていく。広場に居合わせた新入生は一様に何が起こったのかを呑み込めず、その去りゆく背中を見送る。


 試合場が静寂に沈む。先ほどまでその場を占めていた熱気はどこへやら、ポカンと口を開けた冬華がその中心で我に返り、叫ぶ。


「し、し……師匠ぉぉおおおお‼」


 悲痛な叫びによって、彼女の激闘の模擬戦は幕を閉めたのだった。


ようやく予定の半分までこぎつけました

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