第六話 それは騎士の象徴 後編
休憩を終わった後も素振りは続いた。新入生たちは様々な角度からの振り方を覚えていく。最初はぎこちない動きの中で行われていた素振りも次第に剣という武具を扱うことに慣れてきたのか、不要な力みが無くなり大分様になってきていた。
そんな彼らの様子を見て、特訓は次の段階へと入っていく。
「これから二人組を作り、簡単な打ち合いをしてもらう」
直樹の言葉に場の空気は引き締まる。それまでは目の前に誰もいない自己で完結したものであった。そこには何の危険もなく何かを心配することなく思い切り振り下ろすことができていたのだが、打ち合いとなればその思い切りに憂いが混ざってくる。なぜなら、振り下ろした先には同級生がいるのだから。
もし打ち損じてしまえばパートナーを傷つけてしまう恐れがある。そこに緊張感を持つのは自然なことであった。
「打ち合いでは片方が剣を振るい、片方がその剣と垂直に構え受け止める。振るう方も受け止める側も、剣がぶつかり合った時の衝撃の制御を学べ。以上、二人組を作れ」
その声に弾かれるようにして緊張感の漂う広場を彼らは動き始めた。入学してから一か月と経っていない。それでも早々にパートナーを見つける者もいれば、奇数人のグループからあぶれる者もいる。
そうして次第に塊を作っていく広場の中で、冬華は一人、左を見ては数歩歩き、右を見ては数歩歩き、そうしてどこかに行くわけでもなくその場でただあわあわと皆が組みを作る様を見つめていた。
「はうぁ、どうしよう……」
そんな彼女を遠巻きに直樹と秋は見つめる。
「あいつ、友達がいないのか」
「どこかの会長様もご友人は居ないように思うけどね」
「……お前がいるだろう」
「おや、そういう返しが来るとは思ってなかったね。じゃあ、訂正。私以外の友達いないよね」
「そうだな」
彼は学園最強という肩書を手に入れてから例外である秋を除いて人が寄り付かなくなった。それは最強という立場の人間に与えられる孤独。
そんな彼に教えを乞う彼女もまた、他の者からすれば近寄り難い存在なのだろう。
「おろおろ」
右往左往、どうしていいのか分からなくなっている彼女の元に、一人の女子がゆっくりと歩み寄ってきた。
「あら、伊吹さん。一人ですの?」
それは先程、直樹に声をかけてきた遥上であった。長い髪を手で制しながら歩く姿はまさにお嬢様と言ったところであろう。
「あ、遥上さん!」
その姿を捉えると、先ほどまでの不安げな表情を吹き飛ばすかのような明るい表情を冬華は浮かべる。
「知り合いなのか」
「あれ、知らないの? 彼女もうちの寮の子だよ。ああ、君は滅多に降りてこないから知らないのも無理ないか」
初耳ではあったが、直樹は冬華がペアを無事に見つけられたことに一安心と言ったところであった。
「見たところペアが居ないようですわね。わたくしがペアになってあげてもよろしくてよ」
「わあっ、ありがとう、遥上さん!」
少し高圧的な態度を見せる遥上であったがそれを冬華が気にする様子はなく、彼女の提案を純粋に喜ぶ。
「遥上さんも、ペアが見つからないんですか?」
「い、一緒にしないで下さる? わたくしが声をかければペアになってくださる人なんてたくさんいますわ」
「そうですよね。遥上さん、頭もいいし、運動もできるから、友達もたくさんいますよね!」
「と、当然ですわ!」
そう少し慌てた様子を見せていた遥上であったが、一転しその表情を真剣なものへと変え、冬華を凛とした瞳で見据えた。
「ですが、わたくしは貴方と組みたいと思ったのですわ」
そう言われるも、冬華は彼女がどうしてそう思ったのか全く見当が付かず、小首をかしげるばかりであった。
「どうして……」
「皆、二人組を作ったようだな」
しかし、その理由を聞く前に、直樹が話し始めたので冬華は慌てて前方に体を向けた。
「剣を振る者と、受ける者は一打ずつ交互に代われ。その際、一呼吸置きしっかりと構えてから振ることだな」
そう注意を促すと、「構えろ」という直樹の言葉で皆が構える。
「では、打ち合いを始めろ」
広場に比較的軽い音が鳴り始める。剣身の両側に付けられた安全装置同士のぶつかり合いには全くと言っていいほど危険がないように思えた。その音の軽さに皆の緊張感は一気に薄れる。
「はあっ!」
けれど、その中で冬華と遥上だけは緊張感を失うことなく真剣に打ち合う。
冬華の剣を受け止め、遥上が構える。
「貴方、会長様の弟子なのですよね」
「はい! 一番弟子ですよ、私は!」
それを嬉しそうに語る冬華に遥上は剣を振り下ろす。綺麗な軌跡を描いた剣身はその笑顔を捉えることなく、黒く塗られた安全装置によって阻まれる。
「会長様の強さを貴方は知ってますの?」
再び冬華が振り下ろす剣を受け止める。その振りや構えは確かにまともなものではあったが、遥上の剣を握る手からは彼女の力が伝わってこなかった。。
「いえ、私の基礎体力が足りてないのでまだ師匠が剣を振るってるとこを見たのも、今日が初めて……あ、じゃなかったです」
「……どういうことですの?」
遥上が尋ねると、照れるような笑いを冬華は浮かべた。
「入学式の時、師匠に助けてもらったんです」
「助けて?」
それに遥上は眉をひそめる。
「はい。振ってきた鉄骨をズバズバって斬って、私を助けてくれたんです! あの時の師匠はとてもかっこよかったですよ!」
無邪気に語る冬華。それがどうにも遥上の気に障るのだった。
「だから、私は師匠みたいな騎士になりたくて、弟子に……」
「貴方は、会長様の偉大さを何も知らない」
冬華の言葉は遥上によって遮られる。
冬華の振り下ろす剣を受け止め、そこに込められる、いや、込められているのかも分からない程度の彼女の力を遥上は認めなかった。
「あの方は学園最強。その弟子に貴方は相応しくありませんわ」
「えっ」
その言葉に冬華は戸惑う。それは薄々自覚していた、いや、最初から分かっていたことではあったのだ。自分は弱い。非力で、体力もなく、本来ならば助けられる側に甘んじるべきの弱者なのだろう。
それは認めていた。けれど、それがどうして直樹の弟子であることに相応しくない理由になるのか、彼女には分からなかった。
「構えなさい」
気が付けば正面に立つ遥上は剣を構えていた。その姿は見惚れるように凛としており、研ぎ澄まされた一本の剣のような佇まいであった。
冬華は引きずられるように剣を横に構える。そうして彼女の前に対峙し、彼女の瞳に射抜かれる。そこに込められた彼女の冷たい怒りに気づき、冬華はぞくりと背筋が凍った。
「行きますわよ」
次に瞬間、広場に鈍く重い音が響き渡った。それは軽い音の中で際立ち、周囲の人間は思わずその音源である彼女たちの方を向いた。
冬華は握る手から伝わる衝撃に耐えきれず、体がふらついた。そうして崩れた体勢に後退った彼女はその足を引っ掛け、尻餅を着いてしまう。
「どうした!」
冬華たちの方に教員たちが集まってくる。けれど、冬華の瞳は遥上の瞳を見つめたまま動けなかった。生まれて初めて自分に向けられた鋭い敵意に、目が離せなかったのだ。
「一番弟子なんて笑わせますわ」
言い放たれた遥上の声はおそらく彼女にしか届いていないだろう。次第に近づいてくる教員たちの足音。座り込む彼女を囲むように集まる彼らの呼びかけに彼女は放心したように答えない。
冬華の意識はただ一つ、自身を見下ろす遥上にだけ向けられている。
遥上の口元が動く。それは、声にならぬ声。決して発せられはしなかった。けれども、冬華の耳には確かに届いた。
「弱いくせに」




