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騎士学園のドン・キホーテ  作者: かきな
オリジナル
12/32

第六話 それは騎士の象徴 前編

 昼食を終え、宿泊施設の正面に設けられた砂地の広場に新入生が集まり整列を終えていた。学籍番号順に並ぶので冬華は列の前方に立っており、それ故に直樹は彼女の期待に満ち溢れた熱い視線を意識せざるを得なかった。


「これより新入生強化合宿のオリエンテーションを始める」


 直樹は腰に携えた剣を抜き、前方に掲げる。一メートル程ある両刃の剣身には青いラインが刻まれており、陽の光を浴びて煌めいていた。


「これが騎士の力の象徴となる剣だ。以前にも言った通り騎士道に定められた行動理念を貫くために必要な武力、それがこの剣だ」


 空を斬る音が広場に響く。振り下ろされた剣を鞘に仕舞う。チンッ、と金属の驚嘆に呆けた顔をする新入生たちに直樹は忠告する。


「今日、お前たちは騎士としての力に触れる。だが、見誤るな。それは自分の力ではなく、騎士の力だ。騎士として、騎士道に則った使命のために振るわれる力だ」


 災害時の救助や、凶悪犯罪などの対応。全ては弱者の救済であり、治安の維持であり、それらのために騎士は力を有しているのだ。


「それを忘れて舞い上がる奴に俺は容赦しない」


 そう言って直樹はこれから剣を握る新入生たちに釘を刺す。その言葉が冗談の類ではないことは彼の声色から容易に察することはできる。


「俺からは以上だ。では、各自担当教員から模擬戦用のロングソードを受け取れ」


 直樹の言葉に午前中は浮足立てていた彼らは落ち着いた様子で各々の教員の場所へと動き出す。手渡されるロングソードは簡素なもので、見た目こそ剣ではあるが刃の部分はなく安全装置が両側に取り付けられていた。


 それでも初めて剣に触れた彼らにとってはそれが騎士の一端であり、釘を刺されたといえど、その高まる気持ちを抑えるのは無理な話であった。


「こ、これがロングソードの重みなんですね!」


 そうして人一倍の高まりを感じている冬華は刺された釘も跳ねのける様に舞い上がる。冬華は先ほどの直樹が振るった剣を思い出していた。片手で素早く振り下ろし、空を斬る。それを自分もやってみたくて、彼女は受け取ったロングソードを右手で掲げようとした。


 ロングソードの重量は一キロ程度である。予備知識としてそれを知っていた冬華はその程度の重さであれば片手で触れるだろうと思っていた。師匠である直樹も片手で振っていたのだし、自分もそのようにできるだろうと。


 しかし、実際に片手で持ってみればそれは思ったよりも冬華には重く感じられた。切っ先を上に上げ続けることでさえ、彼女にとってすれば難しい。


「あ、あれ?」


 思うように剣を構えられないことに冬華は戸惑う。倒れそうになると慌てて反対方向に力を入れる。そうするとまた反対側に倒れそうになるので再び力を入れる。

天に向けられた切っ先が揺れる。制御しきれないその剣身は風に煽られ、ついには冬華の方へと倒れ込んだ。


「わ、わわっ!」


 眼前に迫る剣身に冬華は思わず目を瞑る。迫る衝撃に怯えているも、それが彼女を襲うことはなかった。彼女が薄目を開け、様子を窺うとそこでは二つの刃が交差していた。


「舞い上がる奴には容赦しないと言ったはずだが?」


「し、師匠……」


 交差する剣身を辿ると、そこには冷ややかな目で彼女を見据える直樹の姿があった。そこで彼女は自分が犯してしまった罪を理解するのだ。彼女が握る剣に這わせた刃を彼は静かに下ろす。


「ご、ごめんなさい!」


「うおっ」


 冬華は思い切り頭を下げる。そうすることで振り下ろされるロングソードの刃を直樹は身を逸らして回避する。空を斬った切っ先は地面に突き刺さった。ザシュッ、という土を裂く音に首を傾げながら顔を上げた冬華はその光景に起こったことを理解した。


「あー……」


「……」


「次はないからな」


「はい、すいませんでした……」


 直樹は嘆息すると、彼女から離れ再び皆の前に立った。


「これから騎士団の基本武装であるロングソードの扱いについて教える。他の者と二メートル離れる様に散開しろ」


 指示に従い新入生が広がる。


「まずは構えについてだ。基本的には右手で柄の根元を、左手で柄の先を持つ。左半身を引き、体の左横に剣を構えろ」


 そうして直樹が言葉通りに構えると、新入生たちも見よう見まねに構え始める。両手で持ってみれば一キロから二キロ程度しかない剣は安定してその切っ先を一点に保つことができる。


 直樹は簡単に見回し、皆が構えられたことを確認する。


「次に剣の振り方だが、ロングソードの重心は剣身の根元にある。故に素早く切り払うには右手を押し出し、左手を引く様にして振る必要がある」


 少し腕を上げてから剣を振り下ろす。再び空を切る音が広場に響き渡る。


「こんな感じだ。では、素振りを始めろ」


 そうして素振りが始まると、直樹や秋、担当教員たちは新入生の間を巡回し始める。どこか歪んだ振り方をしていれば指導に入り、それを矯正する。当然、そんな指導をするには多少なりの肉体的接触は避けられない故に、直樹は男子生徒ばかりに指導を行っていた。


「えいっ! やぁ! とぉ!」


 そんな中で、間の抜けた掛け声と共に剣を振るう冬華の姿が目に映り、直樹は歩み寄ってゆく。


「あ、師匠。どうですか、私の剣捌きは。様になってます?」


 そう尋ねる彼女の振りは誰が見てもお粗末なものであった。


「型通りの正しい振りだ。悪くないぞ」


 けれど、直樹はそう捉えなかった。確かに称賛されるものではないにしろ、彼が実演した通り、右手と左手を用いたテコの原理でその剣は振られており、その型は矯正を必要としていなかったのだ。


「本当ですか!」


 彼の言葉に喜んで見せるも、直樹はそれを制するように『だが』と逆説の言葉を零した。


「だが、振り切った後の制御ができていない。振る度に地面を擦っていては刃こぼれしてしまうぞ」


 彼女の不利がお粗末に見えてしまう原因はそこにあった。基礎的な筋力が足りていないのだ。型は正しくとも、剣を振っているのではなく剣に振られていれば、お粗末に見えるというものだ。


「基礎練習が必要だな」


「はい、もっと頑張りますよ、私は!」


 そうして彼女は再び素振りに戻る。そんな風に彼女を指導していると、彼はどこからか視線を感じた。それに振り返ってみるも、そこには何人もの女子生徒が剣を振っている様子しか見えず、彼が感じた視線の主が誰であるかを特定することは叶わなかった。


「……気のせい、ではないと思うが」


 そう呟きながら彼は巡回を再開する。そうして数十分の素振りが終わると、休憩時間が設けられた。ただ剣を振るだけではあるものの、慣れない動作を続けるということは日頃使わない筋肉を使うということであり、新入生たちの顔からは疲労の色が見て取れた。


「水分補給はしっかりと行え。手の皮が剥けたり、マメができたものはテーピングをしておくように」


 そうして各々が休憩に向かう中で、一人の少女が直樹に声をかける。


「会長様、少しお時間良いでしょうか?」


「……どうした」


 直樹が一歩後ろに下がりながら視線を向けると、そこにはクルクルと巻かれた長い髪を揺らす、長身の少女が立っていた。


「わたくし、遥上春瀬と申しますわ。会長様にわたくしの振りを見て頂きたくて」


「そうか」


 その立ち姿から遥上と名乗る彼女がお嬢様であることを彼は察する。姿勢がいいのだ。背筋を伸ばし、胸を張るような立ち振る舞いは社交界などでよく見かける見栄えの良い姿勢である。


「だが、先ほどの時間に秋……副会長や担当教員が見ていたはずだが?」


「そうですが、わたくしは学園最強である会長様に見て頂きたいのですわ」


 凛とよく通る声で言われてしまえば、彼も断るに断れず了承するしかない。


「分かった。だが、お前も休憩は必要だろう。あまり長い時間は見ないからな」


「感謝しますわ。それでは、お願い致します」


 そう言うと、遥上はロングソードを構えた。その素早く、そして完璧な構えに直樹は思わず唸る。


「はっ!」


 彼女の掛け声と共に剣身が弧を描く。そこに描かれた軌跡は確かに綺麗であり、そして十分な力強さを兼ね備えていた。


「いかがでしたか、わたくしの振りは」


「お前、遥上と言ったか。遥上は今日、初めて剣を握ったのか?」


 その問いに彼女は首を横に振った。


「いいえ。以前、一度だけ触る機会はありましたわ」


「一度だけか」


「そうですわ」


「それにしては綺麗な振りだ。十分力も乗っていて、文句を付ける所はないな」


 それに彼女は嬉しそうな笑みを見せた。けれど、表情が緩んだことに気が付くと、彼女はハッと我に返る様に頭を振り、再び落ち着いた表情へと戻った。


「会長様にそう言って頂けるなんて、とても嬉しいですわ」


「そうか」


 そう言うと、直樹は彼女に背を向け、広場の端、ベンチに腰掛け休憩している秋の方へと向かう。彼が近づいてきていることに気付くと、秋は彼の顔を見てニヤリと愉快気に笑みを浮かべた。


「楽しかったみたいだね」


「この顔を見てそう言えるお前は良い性格してるな」


 彼の休憩時間はその蒼白な顔に血を巡らせるだけに費やされるのだった。



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