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赤の館のお嬢様 後編

 

 食堂の方へと案内された咲夜歌(さやか)は、相変わらずの部屋の豪華さに圧倒される。そして、お嬢様であるエリサという獣人に椅子に座るよう促された。

 大きく長細いこの食堂の壁や天井にも装飾が施されている。また、部屋の中央に位置する細長いテーブルとそれに整理された何人分のイスも、豪華で、頭痛がしてしまいそうだ。


 そろそろ慣れてきたと思ったのに…。


 エリサは咲夜歌の隣の椅子に座る。咲夜歌はその豪華なテーブルにサンドイッチの入った籠を置こうか迷ってしまう。


「置いていいわよ。」


「あ、はい!」


 そう言われて、咲夜歌は籠をテーブルに置く。そうして、咲夜歌はやっと椅子に座った。すると、エリサは遠慮なく籠の中のラップで包んだサンドイッチを手に取る。


「食べていいかしら?」


「ああ!はいどうぞ!」


 そう返事して、咲夜歌もサンドイッチを手に取った。エリサは包んだラップをめくって外すと、一言。


「こんな庶民的な食べ物、久しぶりに食べるわね。」


 咲夜歌もラップを外すと、サンドイッチの匂いがフワッと鼻に届く。エリサの方を向くと、神妙な面持ちでサンドイッチを見つめていた。


「やっぱり、ツェルさんの料理を食べてるからです?」


「それもそうだけど、その言い方は気になるわね。」


 すると、エリサは咲夜歌を見て睨む。鋭い顔が怖くなる。


「それだとツェルの料理しか食べてないみたいじゃない。私だって自分で料理を作るし、食べますわ。」


「あ、ごめんなさい…。」


 咲夜歌は少し頭を下げて謝る。と、途端にエリサの睨みが消えてサンドイッチへと目を向けられる。


「とはいえ最近料理作ってないし、あなたの言ってることは間違ってないわ。」


「あ…そうなんですか。」


 エリサはサンドイッチを食べ始めた。それに伴い咲夜歌も小さく、いただきます、と呟くと食べ始める。


 うん…美味しい。


 自信が無かった訳では無いが、美味しかったので咲夜歌は安心する。咲夜歌はいいが、エリサはどうだろう。視線を左に向けてエリサを見た。


「……美味しいわね。」


 エリサは少し笑って自分の齧ったサンドイッチを見ながらそう言った。


 それを聞いた咲夜歌は、心の底から安心する。


「そうですか!?ありがとう、ございます!」


 安心した途端、咲夜歌は嬉しくなってもう一度自分のサンドイッチにかぶりつく。そして、座ったままお尻でジャンプした。嬉しすぎたようだ。

 顔も性格も鋭いお嬢様から言われたら分からなくもないが。咲夜歌のこの様子を見たエリサは、ただただ変なものを見つめる目で睨んでいた。



 *



 少ないサンドイッチを食べ終えたふたり。あとはツェルの料理を待つだけだ。ただ、咲夜歌もエリサも口を開かず、食堂という空間は沈黙に支配されていた。


 いつもの咲夜歌なら、お構いなくひとに話しかけていくのだが、相手が相手で話しかけることが出来なかった。

 居候先の家に住んでいるイミラとグラスには、呆れ返るくらい構うのに。


 咲夜歌は横目にエリサを見る。エリサは、サンドイッチの屑がついているのだろうか、茶色い爪をいじっていて咲夜歌に見向きもしない。

 今なら行けるだろうか、と思ったのか、咲夜歌は口を少し開けるが言葉が出てこない。


「あなたはさ」


「は、はい!」


 すると、エリサは爪をいじったまま咲夜歌に話しかけてきた。目は向けられず、口だけ動く。


「ツェルとどういう関係なの?」


「ど、どういう…!?」


 驚いて紅潮した咲夜歌は、目を見開いてエリサを見る。エリサは平然としたまま咲夜歌の方を向いた。


「なかなか無い…ていうか、初めてよ?ツェルからここへ招くなんて。恋人だったりするの?」


「そ、そそそそんなこと!!私はただ、会って、楽しく会話をしただけですって!」


「ふっ、わかりやすい動揺。」


 エリサは含み笑いをしてそう言った。咲夜歌は、まだ慌てた様子でエリサに説得している。


「ほ、ほんとに恋人とかじゃないですってばぁ…。」


「冗談よ、冗談。」


 そう言って、爪をいじるのをやめて横目に咲夜歌を見る。


「とは言っても、ツェルから見ればあなたは特に興味をひくんでしょうね。ほかの人と違って。」


「そう…なんですかね?」


 咲夜歌は俯いて呟く。思い当たる節がないと言えば嘘になる。ツェルが見せた幻。咲夜歌はそれを思い出す。


「私はそう思うわ。」


 エリサは腕を組んで咲夜歌を見据える。


「私も」


 ガチャ


 エリサが話している最中、食堂の両開き扉が開かれた。話していたエリサも聞いていた咲夜歌も、そこに視線を向ける。


「お待たせしました。」


 そこには、鉄製のキッチンワゴンとともにこの館の執事であるツェルが立っていた。エリサの命令で、咲夜歌とエリサの料理を作っていたのだ。

 キッチンワゴンに置かれた料理を見て咲夜歌は、わぁ、と感嘆の息を漏らす。


 ふたりのそばにキッチンワゴンを押してツェルがやってくる。目の前に出されたのは、ビーフステーキだろうか。

 綺麗に切られ、白い皿の上で質素に飾られている。それにかかっているソースも、適当にかけたわけでもないだろう。綺麗に、まばらにかけられている。それ故に、高級感が際立つ。

 実際高級なのだろうが。私はこういうのに興味は無いため、ただそういう感想しか挙げられない。


「ビーフステーキです。」


 それを見たエリサは、少し不満げに帽子が影になって見えないツェルの顔へ振り向く。


「あら、これだけ?」


「はい。」


 エリサの鋭いような声にも、平然とするツェル。そんなツェルは、人差し指を立ててエリサに言う。


「エリサ様とサヤカ様は、サヤカ様が持ってきてくださったサンドイッチを召し上がったでしょう?そんなに胃袋が大きくなければ、それが適量だと(わたくし)は思いますよ。」


「…そう。ならいいわ。」


 エリサは納得するように、声の鋭さが無くなる。目の前のビーフステーキに目をやった。咲夜歌も、若干食い入るように見つめる。


「もう、食べてもいいですか?」


「はい。召し上がって、構いませんよ。」


 ツェルにそう言われ、咲夜歌は小さく、いただきます、と言うとナイフとフォークを手に取った。ナイフとフォークと駆使して手際よくビーフステーキを一切れ刻む。切れたビーフステーキを、フォークで刺して少しソースに絡めてから口へと運んだ。


「…美味しい。」


 予想以上の美味しさに、咲夜歌は口に手を当てて呟く。


 お肉が柔らかい。ソースとの相性も抜群で、まるで口の中で踊っているみたい。


 咲夜歌の隣にいるエリサも、表情は相変わらず鋭いがツェルに何も言っていないあたり、心の中では美味しいと思っているだろう。


「ありがとうございます。」


 咲夜歌の呟きが聞こえたツェルは、そう言いながら礼をした。



 *



 少し早いような気がした昼食を終えると、咲夜歌は館の主であるエリサと執事のツェルに館を案内された。館を見て回ってもいいですか、と勇気を振り絞ってお願いしたところ、エリサは鋭い表情を崩さないままであったが、快く承諾してくれた。

 もしかすると、内面は意外と心の優しいお嬢様なのかもしれない。ここはどういう部屋なのか、などをふたりから説明される度にそう思った。


「…で、ここが私の部屋。」


 玄関ホールの中央階段から右側後にある扉、そこの廊下の突き当たりにあるこの部屋が、どうやらエリサの部屋らしい。始めに案内された応接室や昼食をとった食堂からは、なかなかに遠い場所にある。


 白を基調とした大きいベッドが右奥の隅に置かれている。他には、ドレッサーやタンス、衣服が入っているだろうクローゼットも置かれている。


「へぇ…。」


 咲夜歌は、もうこの豪華さには心底慣れたであろう。純金がどうのこうのなどと、ひょんな事さえ何も言わなくなってきた。


「あんまり触んないでよ。物とかそういうの。」


「あ…はい。」


 ふと、タンスの上に置かれた写真が視界の中央に映る。写真立ての中にある写真に近づいて見てみると、白黒だ。古いものなのだろうか。


 映されているのは、エリサと同じ種類の獣人。しかし、そこにエリサらしきひとはいない。背の高い獣人に、そのそばに立つ子供の獣人。

 ふたりとも表情は固く、冷たい目でこちらに見返す。それと、白黒だからわからないが、白衣を着ている気がする。


 咲夜歌が写真に興味を注がれていると、エリサがそこに近づく。


「それね…」


 ため息混じりにエリサは言った。


「片方の、子供の方、行方不明になったの。代々受け継がれて聞いただけだから真相は知らないけどね。」


「…その子は、見つかったんですか?」


 咲夜歌がそう聞くと、エリサは首を振った。


「そうですか…。見つかるといいですね…。」


「見つかったとしても、もういないわね。」


 咲夜歌は、もう一度写真を見た。行方不明の話を聞いたせいか、子供の感情のない目が、見つけてくれと訴えかけるようにこちらを見返す。まあ、ただの錯覚だけれど。それでも、咲夜歌は少し悲しくなった。



 *



「今日は、ありがとうございました!」


 空が夕焼けに染まる頃、案内をされ終えた咲夜歌は館の引き戸玄関で二人に礼をしていた。


「館はどうだった?」


「あ、ええとですね…。」


 エリサの質問に、咲夜歌は少し考えてから言う。


「館はとても広くて、どの部屋も豪華で、素敵だと思いました!廊下に飾られていた絵画や花瓶だって、どれも綺麗でした!えと、案内、ありがとうございました!」


「…そう。ありがとう。」


 エリサは、ほんの少しだけ俯いた。加えて、少しだけ頬を赤くした。俯いたのは、照れ隠しのつもりだろうか?


「サヤカ様。」


 ツェルの呼び声に、咲夜歌はそこへ向く。ツェルの胸には、唯一の白色である白い手袋が片方添えられている。


「今日はこの館に来ていただき、ありがとうございます。気に入っていただけましたか?」


「はい!もちろんですよ!」


 咲夜歌は笑顔でそう言った。知らないことも色々知れた。自分には息苦しいような豪華さが館にはあったが、それもまた、この館の魅力だ。


「何かあったら、いつでも来ていいですから。」


「あ、はい!また…いつか、ですね!」


 正直、また来れるかどうか。来た時に留守だったらどうしようか、なんて咲夜歌は思う。その時は…また咲夜歌の連打が炸裂する事だろう。


「何かあったら、だからね。暇だから来るなんてもってのほかよ。私たちだって暇じゃないんだから。いい?」


「わ、わかりました…。」


 咲夜歌は、苦笑いしながら頷く。どうやら、目的もなく来られるのは鬱陶しいらしい。


「それでは!また今度!」


「はい。」


「…。」


 咲夜歌は小さく手を振ると、ツェルは振り返してくれた。エリサは、嫌々ながらもやってくれた。咲夜歌は後ろを向いて、庭を歩いていき、高い柵の扉を抜けていった。

 そのまま、居候先の家へと積もった雪に足跡を残していった。強い風が止んでいる事に、気がつきながら。



 *



 咲夜歌は、椅子に座って日記を書いていた。今日の出来事をお気に入りの万年筆で綴っている。一ヶ月くらい前からずっと欠かさず、毎日日記を書いている。というか、それが日記というものなのだが。

 にしても、字がうまい。一文字ずつ丁寧に書いている。普段の生活から想像がつかないくらいに。よくよく考えれば、今日の咲夜歌は落ち着いているほうだった。連打ピンポン以外は。


「……よっし、これでいいかな!」


 日記を書き終えた咲夜歌は、日記を机の引き出しにしまう。そして、一階の台所へと向かう。


 一階では、ソファに腰かけた兎獣人のイミラが本を読んでいた。だが少し、印象が違う。


 あ、パジャマ着てる。初めて見た。


 どうりでいつもと違うわけだ。可愛らしいピンクと白の縞模様のパジャマだ。洒落(しゃれ)た服。イメチェンのつもりかしら?咲夜歌はイミラのパジャマ姿を横目に、コップを取り出して牛乳を入れる。そして少し、レンジで温める。


 せっかくだし、温めているこの時間は暇だから、イミラと話そうかしら。


 咲夜歌は、何か話題を探そうとして、犬獣人のグラスがこの場にいない事に気がつく。


「グラスちゃんは?」


「……寝た。あと『ちゃん』をつけるな。」


 本を見つめたまま、いつもと変わらない威嚇するような低い声で咲夜歌に返事をした。もちろん、咲夜歌はもうこれに慣れた。正直に言うと、余裕もちょっとだけある。

 しかし、咲夜歌の頭は睡眠を求めているが故に、下手にここで構えば何されるか分からない。眉間に飛んできた人参が突き刺さるかもしれない。

 結局、ちゃん付けだけで構うのを終えてしまった。


 レンジから取り出した温まった牛乳に、とある薄茶色の粉を入れる。しばらくスプーンで混ぜて、コップを両手で持ち上げて咲夜歌が呟く。


「やっぱり、寝る前はココアよね…。」


 咲夜歌は一口飲んで、手に持ったココアはそのままに、イミラのもとに行ってソファに腰かける。目の前の暖炉が、時折パチパチと音を立てる。


「なんで隣に座った。」


 本を見ながら不満そうにイミラは言った。それに対し、咲夜歌は燃える暖炉の中を見つめながら笑う。


「いいじゃない!別に。なにか不満でも?」


 そう言って、ココアをもう一口。温かいココアが、少し冷めた咲夜歌の体を芯から温める。


「お前がいると居心地が悪い。」


「ひどいわねぇ…。そんなに私が嫌いなの?」


「あぁ。」


 なんの躊躇もなくイミラは言った。


 そんなに嫌なの?


 ココアを飲んで、一息つく。さすがに、咲夜歌は少し悲しくなる。じっと、暖炉の炎を見つめる。


「嘘でもいいから、否定くらいはしてほしいわよ。」


 咲夜歌がそう小さく呟くと、イミラは目だけを動かして咲夜歌を見た。そしてまたすぐ、本へを視線を戻す。


「…最初にあった時、兄貴にあんな事しなければ良かったんだよ。」


 それを聞いた咲夜歌は、むっ、となる。


「し、仕方ないじゃない!あの時は、ほら、獣人に慣れていなかったんだもの!」


 数秒経って、咲夜歌は気がつく。


「…慣れてなかった?」


 イミラが、咲夜歌の言った事を一部抜き出して復唱する。同時に、咲夜歌の方を見た。


 だって、転移してきたのよ。他の世界から。こんな話、信じてくれるわけないでしょう!こんな相手なら尚更!


 咲夜歌は焦燥感に駆られながら適当にごまかす。


「そ、そうなの。私、あんまり獣人のいないところに住んでたから。だから、ね?獣人に会えて嬉しかったのよ。」


「……。」


 そうしても、咲夜歌を見るイミラは睨むのをやめない。とはいえ、それはそれで咲夜歌の言っていた事は事実だ。


「…わかった。」


 イミラは本に視線を戻す。


「そういうことなら、別にいい。誤解は少しだけ晴れたよ。」


「…はぁ…。」


 咲夜歌は、なんとか危機的状況を振り切る。それでも、咲夜歌は悲しい気持ちは晴れない。理由は、一つだけ。


 違う世界から転移してきた、なんて、信じられるわけないわよね…きっと。…言ったところで、どうにもならない。帰りたいっていう訳でもない。ここにいられればそれでいいの。


 咲夜歌は、いつもの悪い癖が出ていたことに気づく。はっ、とした時に、いつも感傷的になってしまう。そろそろ治さないと、と咲夜歌はそう思うと、残っていたココアを一気に飲み干す。

 ソファから立ち上がって、台所のシンクにコップを置く。二階に上がる。しかしその前に、咲夜歌はイミラの方を向いた。咲夜歌はなにか言おうと思ったが、やっぱりやめた。そのかわり、


「おやすみ。イミラ…さん。」


 と投げた。イミラにはちゃんと聞こえていたようで、


「…おやすみ。」


 と、小さいながらも返してくれた。咲夜歌は笑顔になって、二階の咲夜歌の部屋である物置に向かった。寝ぼけまなこの目を擦りながら、扉を開ける。電気が消えていることを確認して、そのままベッドへ入った。咲夜歌は、疲れているからだろうか、すぐに眠りについていった。



 *








 続いて、天気予報です。







 来週の月曜日から週末にかけて、全国的に強い豪雨が予想されています。







 川などの水辺に住んでいる方々は、川の氾濫や洪水に注意してください。







 以上、天気予報でした。











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