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心の内の苦慮

 

 外に出た時、冷たい空気が鼻の奥を貫く。


 左右、入り交じるようにモンスター達が白い足跡を残していく。

 その光景を目にした瞬間、早くも口が綻んだのを感じた。




 散策して着いたのは広場。木製のベンチに座って、なんとなく辺りを見る。



 子供達が雪合戦で遊んでいる。


 恐らくカップルである二人組が、向こう側のベンチに仲睦まじく座っている。


 老人のように腰をまげた人が、青空を仰いでいる。




 姿形が違うけど、まるで人間みたい。




 ただ、この光景か、人間の方の光景かを選ぶとするなら、正直なところ、私は僅差で前者だ。

 理由は言わずもがな。



 ふいに、見覚えのある三人の姿が視界の隅に迫った。

 顔を向けると、頭部がカボチャの三兄弟が私に気付いて近づいていたようだった。演奏会やあの時の仕事着のような服ではなく、それぞれ色の違うマフラーを巻いて、つまるところ冬場にぴったりな服装を纏っていた。

 そして三兄弟の中の二男、一番背が低いナインドがこちらに笑顔で手を振っていた。



 思わず、手を振り返した。



 *



「散歩か?」


「まあ……そんなところですね。」


 長男カルダの質問に、私は正直に答えた。


 皆ベンチに座り、隙間なく若干窮屈になった空間だが、私の気持ちは穏やかだった。


 そうなったのは恐らく、ずっと家にいたからだろう。両隣にいる二男と三男の、服越しに感じる体温が、そうさせている気がする。

 思えば、記憶が落ち着いてから、気軽に話せる人が身近にいなかった。昂揚する気持ちを抑えて、今度はこっちが質問する。



「みなさんはなぜここに?」


「ちょっとした旅行なのだ!」


 二男の上目で言った。次いで長男が口を切る。


「演奏会も終わって時間もたっぷりできたし、作曲するための旋律とかが思い浮かぶかと思ったからな。」


「でも一番はやっぱり……」


 三男の言葉を引き継ぐように長男が放つ。



「楽しむためだな!」



 他の二人が、納得したように頷く。


 しかし、少し違和感を覚えて、あの時のことを聞く。



「世界の終わりみたいなのを体験したのにすぐ旅行なんて、肝が据わってないですか?」


「だからだよ。」



 言いながら俯いて、憂いを含んだような微笑みになる。



「俺の場合、早く忘れたいからな。新しいものを見て、記憶を上書きする。まあ多分無理だけど……」


「ですよね……」


 私は同意するように頷く。


 動かなくなったモンスター達。割れた空。そこから現れた光の柱。揺れ動く地面。全てが吸い込まれる光景が頭にこびり付いて離れないでいた。



「なぁ!それよりもさ!」


 突然、ナインドが私を見る。


「僕、また咲夜歌と一緒に楽器を吹きたいのだ!」


 小さなトランペット奏者の満面の笑み。こっちまで笑みが零れてしまう。


 そうなりつつも、さっきまでの会話から予想だにしない言葉を発したナインド。カルダと同じように、楽しいことを考えてあの時を忘れようとしているのだろうか、と勘ぐってしまった。


「是非俺からもお願いしたいな。特にアル。咲夜歌はピアノ弾けるようだし……いつかは二人の二重奏を聞いてみたいね。」


 ヴァイオリン奏者の長男は、ピアノ奏者を見遣った。私もそっちを見上げると、背の高いピアノ奏者は照れくさそうに困った表情をカボチャに浮かべる。


「ま、まぁ……二重奏かぁ……俺にはまだ早いかなぁ……」


「……私は、やってみたいです!」


 ピアノ。私にとっては、生活の一部だった。


 ここに来てからというもの、まともにピアノを弾いた機会なんて、一回しかなかった。だからこそ、二重奏でも何でもいいから自由に弾きたいと思っていた。



 三男は私の言葉に対して驚いた顔を見せた。それがなんだか可笑しくて、笑みが漏れる。




 やっぱり、私ってヤな奴だ。


 帰りたいと願っても、頭の片隅ではここに残りたいと思ってしまう。


 みんなが温かい。いや、みんなだけじゃない。この世界が纏っている空気も温かい。




 悠貴……桜ちゃんも、もう少しだけここにいることを(ゆる)して……




 *




「久しぶりだね。」


「はい……久しぶりですね、人魂さん。」


 かなり久しぶりに裏図書館に来た。相変わらず、人魂がシャンデリアみたいなのに座っている。

 天井が床に、床が天井に、なんてやっぱり非現実的だけど、興奮するものがある気がする。


「そういえば僕ら、名前を言い合ってなかったね。」


「……そうでしたね。」


 人魂さん、なんて呼ばれたくないのだろう。少し燃え盛るように言ったそれは、私に名前を言わせるに十分な威圧を感じた。


「咲夜歌です。あなたは?」


「……僕は、みんなからアオゾラって呼ばれてたから、アオゾラって呼んでほしいかな。」


「アオゾラ……」


 何故かその名前が頭の中で重々しく反芻する。どこかで聞いたことがある気がして、思わず眉を顰めてしまう。


 ……いや、聞いたことがあるなんて、おかしいじゃない。


 ここは知らない世界。知らないことがあって当然である。聞いたことがあるという感覚は、きっとこの世界に来る前からアオゾラと似た名前の人を知っているからだろう。


 肝心のその人のことは、あまり印象に残っていない為に覚えていないが。


「それで、今日も何か捜し物?」


 少年のような声で冷淡に話すアオゾラ。私は首を振って答える。


「いいえ、今日は……普通に本を読みに来ました。」


「そう、それじゃごゆっくり。」




その後は、私は気になる本を手に取り、アオゾラの座るシャンデリアに腰を下ろす。時間だけを忘れないようにして、本に没頭することにした。


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