一つの終局
雪を蹴るように走る。
今の俺は、感情的と言っても過言ではないかもしれない。
助けなければ、と思ったから、こうやってあの四人に向かって走っているのだ。それに、今ここで死なせるわけにはいかない。
四人は既に崖を隔てている。それは少しずつ、俺らがいる地面から確実に離れていっていた。割れた空に向かって吸い込まれている、という事だ。時間が無い。
向こうの崖に立つ四人。あの黒パーカーのデブ野郎はカボチャ三兄弟と共に何か話し合っているように見えた。ここから少し遠いため確証はないが、口が大小に開閉していたのは確認できた。
そして、あのデブはいつものニヤケ顔で俺に向かって指を刺すような素振りをする。
アイツに指なんか指されたくねえ。
と思いながらも足は止まらず、崖から跳んだ時に、ついに能力を発動させる。魔法とは一切関係のない、俺のもう一つの武器。
前転しながら、俺の重力が反転する。地面に向けるはずだった足裏。実際に向いたのはそれと真反対の割れた夜空だった。
いつの間にか発現したものだった。多分、暴走した装置に吸い込まれた直後。記憶の中へ強引に押し込めたように、あるいは本能的に、知ったものだった。
空に落ちていく。そして程なく、もう能力を解除させる。
「っ!!」
体全体が力んで、肺に溜まった空気が口から吐かれた。
能力の発動を計二回で、四人のいる地面に到達する。重力に導かれ、足裏は落ちていく。ますます早くなる風に、顔や手、尻尾の白い毛が靡くのを感じた。
雪道が少しだけクッションの役割を果たし、足裏に痛みが走ることは無かった。案外四人に近くに落ちれた幸運を踏みしめながら、その四人に手を差し出しながら促す。
「早く行くぞ。」
すると、カボチャ三兄弟の奴らから、熱い眼差しを向けられたことに気がつく。
「すげぇ……」
「ヒーローみたいなのだ!」
「どんな魔法を使ったんだよ……!」
黒パーカーは、そんなそいつらを後目に、ニヤニヤと俺を見る。
「おもしれぇな、それ。無限に跳べるじゃんか、えぇ?」
フードの下の表情は見えるのに、やっぱり顔は見えない。こいつは、世界がどうなろうとニヤケ顔を崩さないようである。
「そうだな。」
もう時間がない。そいつの言葉を軽くあしらうと、四人に目を配る。
「誰かが俺の手を握ったあと、その握ったやつが他の誰かの手を握ってくれ。そうすれば、今の能力を共有できるからな。」
眼前の四人は頷く。
足場は徐々に不安定になっていく。振り返れば、俺がいた地面が、この足場と同じようにあの柱の空へ吸い込まれている様子だった。
空間付近にいるアリア、咲夜歌、そしてグラスはこっちを見ている。あそこに辿り着くためには、大きい崖を二回跳び越える必要がある。この、不安定な足場で。
まず俺の手を握ったのは、影のように黒い手。一番近くにいた黒パーカー野郎だった。
うわ。
「んなカオすんなよ、握れって言ったのはお前さんだろ?」
極上のニヤケ顔で。
喉から出そうになる苛立ちを抑え、次握ってくれ、と指示を出す。
黒パーカー野郎のもう一つの手を握ったのは、不安の表情が、頭のカボチャへ浮き彫りになった次男ナインド。次が、ナインドの手をしっかりと握った長男カルダ。最後に、決意したように、手を睨みながらカルダの手を握った三男アルタルス。
全員握ったのを確認して、地面と風が唸る終焉の中で声を張り上げる。
「絶対に手を離すなよ!行くぞ!!」
共に走り出す。
全員、俺のペースに着いてきている。このまま、崖で大ジャンプだ。
あと五歩。
三歩。
「跳べ!!!」
一歩を踏みしめ、大きく跳ぶ。繋いだ手に違和感は覚えていない。今、全員同時に跳んでいる。
その瞬間、能力を発動する。重力が空へ反転し、体は空中で捻られるように回る。後ろから、驚きに満ちたような声が聞こえた。
ここで俺の手が離れてしまえば、後ろの奴ら全員が、永遠に地に足を着けることなく空に落ちていくだろう。そんな事を引き起こさないように、繋いだ手を強く握った。
反転した世界を飛ぶなか、もう一度反転する機会が迫る。
早すぎてはいけない。もし後方の二人が、つまりカルダとアルタルスが崖に掴まってしまったら、力不足が故に助けられない可能性が高い。
人数はこちらが上だが、二人の体重やこちら側の握力、腕力を鑑みるに、やはり救出は難しい。
時間との勝負だ。
時間をかけてでも、確実を得る。
そう思うと、急に、体が張り詰めて重くなった気がした。
ここで、解除させる。
体が宙を捻る。足裏は地面を向いた。
その先には、白い地面。首だけ振り向いて確認する。最後にいるアルタルスも、このまま落ちれば地面へ着地できる。
遂に着地した時、バランスが崩れて皆倒れてしまう。しかしながら、俺は繋いだ手は離さなかった。
予想通り、アルタルスは崖に落ちることはなかった。体の張り詰めたものが解消した気がした。
冷たい雪の地面を跳ね返すように立ち上がって、繋いだ黒い手を引っ張る。
「早く起きろ……!」
「わーったって、たくっ……」
結局、そいつは四人の中で一番遅く起き上がる。離れた手をもう一度繋げたのを見て、再び空間へと走り出す。
空間の前。そこにはすでに大きな亀裂が入ろうとしている。あそこも間もなく地面が浮いてしまう。吸い込まれてしまう。
それなのに、何故か、まだ三人が俺達を待っている。アリアはまだ分かるが、咲夜歌とグラスが先に行っていないことに怒りが湧き上がった。
「早く行け!!早く!!」
俺の言葉が耳に届いただろうグラスは、首を横に振る。
なんでだ。何故待つ必要があるんだ。
せっかく空間の前まで連れてやったのに。
さっさと行けば安全だ。俺がもう一度、行け、と叫んでも頑なに拒む。
咲夜歌の方を見ると、アリアの手を掴んだまま凝視するように一点を見つめていた。俺ではなく、光の柱の方を。
あれこれ考えているうちに迫る、もう一つの崖。さっきの崖より距離は短いが、油断は禁物だ。さっき無事に着地できたから今回も出来るはず、なんて慢心もダメ。
「もう一回跳ぶぞ!」
後ろの四人に伝えた。体が再び緊張で強ばる。
肺に入っていた空気を吐き、ゆっくり吸い込む。
揺れる足場から足が離れるまで、六歩。
四歩。
二歩。
一歩、踏みしめた。
「跳べ!!」
瞬間、跳ぶ。後ろの四人も、上手く合わせて跳んでくれた。
たちまち能力を発動させる。
この時、前の三人がいる地面が唸りを上げていることに気づく。視界の端で徐々に揺れはじめていた。
さっきの崖と違いここは距離が短い。今、ここぐらいで能力を解除すれば大丈夫だろう。
大丈夫。
地面に降りていく。だが、振り向いたとき、さっきと微妙に違うことに目を大きく開けてしまった。
さっき地面に落ちていった時の視点と、現在の視点を照らし合わせる。
微妙に違う、というのは、視界の端に見えなかったはずの崖下の暗闇が見えたからだった。カルダは助かるだろうが、確実にアルタルスは落ちてしまう。
まずい。
そう思った時には、もう地に足が着く寸前だった。
「うわあぁ!!」
「うおっ!!?」
後ろから二つの叫び声。耳に届いた瞬間、すぐさまアルタルスのもとへ駆け寄る。
思った以上に、事態は深刻だった。
アルタルスと手を繋いだままだったカルダは、崖下へ落ちそうになるアルタルスの体重に引き摺られ、二人共々落ちそうになっている。
カルダに手を繋いでいるナインドは、この中で一番非力だ。引き上げようと必死に引っ張っていたが、二人を持ちあげるどころか、むしろゆっくりと崖下に誘われている現状だった。
しまった……
と思ってしまったが、まだ助けられる。俺と黒パーカー野郎が手伝えば、きっと。
俺は慌ててカルダの手首を握る。黒野郎は腕を掴んで、引っ張りあげる。
「くっ……!!」
お、重い……。
「う、腕もげるぅ!!」
上と下。重力に反する力と重力に従う力が、カルダの両腕に負担をかける。
全力を尽くしても、なかなか上がらない。
上がらない……!
アルタルスは仲間の中でも高身長であるが故、体重も多いはず。そして、体重は平均値くらいのカルダ。さらに、どちらも男性。
もちろん、重くないわけがない。
二人は引き上がらずも落ちず、このままカルダの腕が外れるのを待つだけになってしまう。
どうすればいい……!?
「おいおい……このままじゃ上がらねぇぜ……!?」
黒パーカーはおもむろに俺を見る。それに気づいて、思わず目が合ってしまった。
表情はどこか険しく、しかしやはりニヤケは隠れずに表れている。
「おい……!」
苦しそうに息を吐きながら、ずっと俺を見続ける。
気持ち悪いと思いつつ、何故俺を見続けるのかという疑問が、緊張の糸を解すきっかけとなった。
「あ」
あれを思い出した瞬間、俺は口から驚きが漏れる。
忘れていた原因は、単純。失敗してしまった、と我を忘れていたからだった。
俺は能力を発動させた。
重力が反転し、俺らは上に落ちる。崖下に落ちそうになる二人は簡単に上がっていく。地面に着くように徐々に引っ張っていき、すぐに解除した。
皆揺れる地面に倒れながら着地し、崖下に落ちそうになっていたカルダとアルタルスを救出した。
……さっきまで崖から崖へ使っていたはずなのに、こんなにすぐ忘れてしまうのか。
自分自身に呆れてしまう。
ため息を吐こうにも時間がない。急いで立ち上がり、四人に放つ。
「時間がない!早く!」
するとアルタルスが立ち上がるなり俺に駆け寄る。
「あ、ありがとう、イミラさん!」
「……あぁ、いや、礼はあとだ。行くぞ。」
ようやく辿り着いたもとの世界を繋いだ空間。そこの前で待っていたグラスが、笑顔で俺を迎える。
「よかった!間に合った!」
「早く逃げれば良かっただろ。」
「だ、だって……」
グラスから笑顔が消え、俯いてしまった。
「……まあいい、みんな早く逃げろ!」
カルダから順番に空間へ逃げていく。ナインド、アルタルス、黒パーカー、咲夜歌。
「グラス、お前も早く。」
「う、うん。」
グラスを空間へ帰す。次に俺が入ろうとしたが、アリアが気になってそこに目を向けた。
「アリア、早く……」
「いいえ、私が行ってしまうと空間が閉じてしまうわ。貴方こそ早く行って。」
「わ、わかった。」
アリアを心配しながらも、円形の空間を潜る。
極彩色が視界を支配したあと、意識が手放された。
やっと、帰れる。




