終焉の如き、光の柱
震えが止まらない。
寒いわけでもないのに、体が勝手に震えて、心臓がうるさくて、ぼーっとすることしかできなかった。
窓の外で見えた非現実的な光景が、目に引っ付いて離れない。
割れた空に吸い込まれるビル。地面さえも、空に吸い込まれて……吸い込まれていって……
そんな光景を見て、あまり言葉とかに詳しくない僕でも脳裏に二文字がよぎる。
終焉。
未だに信じられなくて、長距離を走ったかのような感覚が肺を締め付けている。走ったわけでもないのに。服越しに胸を掴む。舌を出して行う荒い呼吸は、一向に止まらないでいた。
「大丈夫か?」
横から、聞き慣れた優しい声が聞こえた。
マルキス。
僕の……新しい友達。
見ると、いつもの優しさがこもった赤い瞳と目が合った。
「……うん。大丈夫……」
「深呼吸だ、グラス。ゆっくり、な。」
言われた通りにゆっくりと息を吸って、ゆっくりと息を吐く。何回か繰り返して、落ち着いてきた。でも、震えだけは止まらかった。
「みんな!!」
玄関から駆け足で戻ってきたアリアが、僕ら全員に目をやりながら焦った口調で続ける。
「逃げるわよ!!早く!!!」
「ど、どうしたんだよ?」
咲夜歌の近くにいたキュウイが聞いた。対してアリアは、咲夜歌の手を引っ張ってソファから立たせる。
「見てもらった方が早いわ。あれを説明しろと言う方が無理よ。」
アリアは咲夜歌を連れて再び外に出る。仲間達も、右往左往としながらも、結局アリアに着いていく。
再び、縦揺れが起きる。でも、すぐに収まった。
どんどん強くなっていた。もうすぐ、ここも吸い込まれるのかな。
「グラス。アリアに着いていこう。アリアなら空間を繋いでもとの世界に帰れるはずだ。」
マルキスが、僕を不安にさせないようにしているのか、不器用な笑顔で言った。いつまで経っても笑顔は慣れないみたいで、何故だか安心感が生まれる。
それで結果的に、身の震えもだいぶ治ってきた。やっぱり、今の僕はマルキスがいないとどうにもならないみたい。
僕はマルキスの言葉に頷くと、僕らは一階に降りる。アリアに着いて行くために玄関へ向かおうとするが、ふとダイニングに視線を移した。
そこには、急いで料理を食べているリーロディヴが座っていた。驚きと疑問が、走る足を止めた。
「な、何やってるのー!!?」
「はっ……」
律儀に、口にあるものを飲み込んでから話し始めようとする。
「っ……なんたって、うめぇし。残したくねぇんだ。」
「お前状況を理解してるのか?」
その横に大きい体躯に見合った言葉に、マルキスは苛立ちをあらわにした。
僕も、料理を褒めてくれるのは嬉しいけど、マルキスの言う通り今はそういう時間は無いよ!
「リーロディヴさん!早く逃げよう!!もうそれいいから!」
「あ〜、わぁーったよ……あ、あと二つだけ。」
悪態をつきながら、そんなに早くもないような動作で椅子から立ち上がる。その間際に、残りのおにぎりを二個取った。
三人で走りながら玄関を通る。外の気持ち悪い臭いが再び鼻の奥に届く。だけど、それさえも忘れてしまいそうなほどの光の柱みたいなものが、都市の方で神々しく輝いていた。
そして、割れた空に吸い込まれていくビル、地面。
「わっ!!!」
再び縦揺れ。足がよろめいて、思わず、横にいたリーロディヴの被ったフードに頭がぶつかる。
「いっ……!」
「うおっ、と……」
ジンジンと頭が痛んでくる。うぅー、と呻いちゃって、でも尻もちはつかずに立ち続けることはできた。
謝ろうとしてリーロディヴに目を向けるが、先に口を開けたのはそっちだった。
「おいおい大丈夫かよ。」
「だ、大丈夫……ごめん、頭ぶつかっちゃった。」
「気にしなくてもいいぜ。もうこうならないように足腰を鍛えてくれよな。」
言い方が引っかかるけど……どうやら許してくれたようだ。少し安心したと同時に、今は安心している状況じゃないことを知った。
「なんなんだ、あれ……」
「うそ……」
「何がどうなってやがんだ、これ……!?」
光の柱を見た仲間達は、思ったことをすぐに口に出していた。だけど、こんな状況になっても恐怖などを感じていないように見える人が二人いた。
一人は、自分のことを研究者って言ってたエルダートという人。
「アレは一体なんなのだ!!!?とても神々しいではないか!?大地が空に吸い込まれていってるのか?では、吸い込まれた先の場所は一体どこへ繋がっているのだろう??」
「言っとくけど、そんなバカなことすんなよっ!」
またツエルバがエルダートに厳しく言った。むぅ、と小さく吐いたあと、不貞腐るように呟く。
「私が思うに、研究者たるものは未知を追究することは義務であると思うが……」
「そういうのいいから、ホント!」
あの柱を見る。息を呑むくらいに神々しく、建物や地面が天の柱に吸い込まれていく光景さえなければ、心が奪われそうなくらいだった。
「みんな、こっち!!」
背後にアリアの呼び声が聞こえた。同時に地震が起きて、目の前の地面に大きな亀裂が入る。
もしかして、ここももう少しで吸い込まれる!?
そう考えると、足は無意識にアリアの方へ向いていた。
「走って!!」
実際、もう少しで吸い込まれるようだった。都市の方へ続く道は、いつの間にか、柱が突き刺さっている空の向こうに移動し始めている。
走ろうとして後ろを向いた時、みんなは既に走り始めていた。
「走れるか?」
隣のマルキスが聞いてきた。僕は力強く頷くと、マルキスも頷き返す。
僕は、生きてきた中でこれ程までにないくらい走る。肩は風をきって、耳には鋭い風の音が入り込む。僕達は走り出すのが遅かったから、アリアから二番目に遠い。一番目は……
走りながら振り向く。澄ました顔で最後のおにぎりを食べている様子が見えた。
大丈夫かな……。
そしてその後ろ、少し走っただけで時間も全然経ってなかったのに、僕達がいた家は吸い込まれ始めていた。
どんどん、吸い込む範囲を拡大していってるのかも。逃げ切れるのか、とても心配になる。
「ッ……!!」
アリアは、走りながら両手を前に広げていた。しかしすぐに腕が腰に据えられると、再び勢いよく両手を前に広げた。それを何回も繰り返している。
マルキスがそれに気づいて、アリアに叫ぶ。
「どうしたんだ、アリア!」
振り返るアリアの顔は、これまで無表情だったのが嘘みたいに焦っていた。
「出ない!!空間が出ないの!!!」
「はぁ!?」
マルキスが聞き返した。先を走っているみんなからも、どういう事だ、と疑問を言葉にしてアリアに投げつけていた。
マルキスは眉をひそめて、少し考えるように目を下げる。
「わぁっ!!」
突然、斜め前にいた三兄弟の一人、ナインドが躓いた。助けようと思った時には、もう横を通り過ぎてしまった後だった。
全速力で走っているからブレーキも簡単にかからない。助けられない、そう思ってしまった時、僕とマルキスの後ろにいた黒いやつがナインドに駆け寄った。
リーロディヴだ。雪に跪いたナインドに手を貸してやって、立ち上がらせる。それに続いて、ほかの二人、カルダとアルタルスが後ろへ戻るなりそれを手伝った。
その光景が、どんどん遠くなっていく。助けに行きたいと思っていても、駆ける足はそこから遠ざかる。
「アリア!紫色の石を使ってみろ!」
「え!!?」
マルキスとアリアが叫び声で会話しているのが聞こえた。でも、後ろに取り残された四人に目が離せない僕は、次の会話が耳に入らなくなった。
やっと走り出す遠くの四人。もうその人達の先の地面に、横から亀裂が入っていた。
四人が話し合っているのが見える。でも、聞こえてこない。風を切る音のせいだった。
それほど時間がかからないで、四人のいる地面が浮き始める。空へ吸い込まれようとしているのだ。
「ああっ!!」
あの人達に意識を集中しすぎて、突然震えた地面に耐えられず、ナインドと同じように躓く。鼻に、顔に雪の冷たさが広がる。
「グラス!!」
それに気づいてくれたマルキスは戻ってきて、僕の手を取る。体を起こすのを手伝ってくれたおかげで、すぐに立ち上がれた。
マルキスは僕の手を取ったまま、強く握る。
「大丈夫か?走るぞ!」
「う、うん、でも……」
ようやく立ち止まることができた。まだ微妙に揺れ動く地面の上、振り向いて四人を見る。
助けられるかもしれない。もちろん助けられる方法なんて思いついてなかった。でも、だからって見捨てることはできなかった。
でも……地面はあの四人を乗せたままゆっくり吸い寄せられながら、傾き始めていく。僕のいる地面と四人の地面の距離は、もう離れる直前だった。
四人は、まだ辿り着かない。端に着く頃にはかなりの差が空いてしまう。
「あいつらなら大丈夫だ……。」
隣にいるマルキスが、僕の手を強く握ったまま、逃げるように走り出す。
反対しようと、つい口が空いてしまったが、大丈夫という言葉に首が自然に傾いた。
「……ど、どういう事?」
「…………」
マルキスは何も返さない。ふと前を見ると、アリアが帰るための空間を繋いでくれていた。
既に、他のみんなを誘導するようにして入らせていた。
あそこに入れば、元の世界に帰れる!
でも、あの四人も置いていけない……!
僕は、握った手をマルキスから離そうとする。マルキスは妙に引かれたのに気づくと、こちらに険しい表情を向ける。
「安心しろ、あいつらは大丈夫だ!」
「な、なんで、何が大丈夫なの!?」
「お前はすぐ空間をくぐれ、いいな?大丈夫だから!」
「なんでよ!!あの人達、助けようよ!!」
言い合っているうちに、いつの間にか空間の前まで来ていた。空間の前に、アリアがいた。エルダート、ツエルバ、エリサ、ツェル、キュウイはもうここにいないようで、もう空間をくぐった後のようだった。
「アリア、グラスを頼む。」
「え?」
思わず聞き返した。僕はわからなかったけど、アリアはマルキスの意図がわかったように頷く。
「わかったわ。」
「マ、マルキス!」
分からなくて、マルキスを心配する。
「大丈夫だ。」
また、大丈夫という言葉。その信じられない言葉に、ただマルキスを見つめることだけしかできなかった。
だけど、その、大丈夫という意味を、やっと理解する。
「俺があいつらを助けるから。」
そう言うなり、残された四人に向かって走り出す。追いかけようにも、もう疲れで走れなかった。少し揺れる地面に立つことすら辛く思えた。
「グラス、先に戻ってて。ここは危険よ。」
いつもの冷静さを取り戻したアリアが、僕を空間をくぐるよう促した。だけど、僕は首を強く振る。
「マルキスが戻るまでここで待ってる!」
今の僕ができることは、マルキスをここで待つことだけだ。今ここで空間に入ったら、きっと後悔する。
遠ざかるマルキスを視界から外れないよう、瞬きすら忘れてずっと見つめていた。




