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赤の館のお嬢様 前編

 

 咲夜歌(さやか)は、ツェルから貰った紙切れを持って赤の館へと歩いていた。ツェルが執事として働いているその場所に入るための紙切れだ。


 昨日、来る時用事がなくても構わないと言っていた。咲夜歌はその言葉に甘え、翌日である今日に来たのだ。


 しかし、やはり手ぶらでお邪魔するのも気が引けた。ので、家に出る前、サンドイッチを作ってきた。木製で作られた軽い籠にラップで(くる)んだそれを入れて、家を出てきていた。


 それにしても、


「今日は風が強いわね…。寒い…。」


 顔の右側面に打ち付けられる冷たい風。咲夜歌の肩までかかった白髪も、空中に煽られている。籠のほうも軽いため、両腕で包み込むように持っている。気を抜けば、中にあるサンドイッチだけ風に飛んでいきそうだ。


「っ!」


 一段と強い風が咲夜歌を襲う。耳元に風のビュウビュウという音が聞こえてうるさい。強い風がおさまると籠を強く抱きかかえていた腕の力を弱くする。


 やっぱり、この服じゃあ寒いわ…。


 咲夜歌が着ているのは、学校の制服だった。転移してきた時に着ていたものだが、この寒さではスカートが危ない。

 膝から下は、くるぶしや足は除いて露出がかなりある。当然、寒くなるわけだ。おまけにこの地域は雪が降る。靴を履いてても足元から伝わる冷たさに、咲夜歌は顔をしかめる。


 仕方ないわ…お金あったっけ?


 立ち止まって、ポケットからお金を取り出して確認する。


 …ダメね。全然持ってない。


 お金を多く持っていれば、服屋でコートや寒さを凌げる服などを買おうと思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。お金をポケットに戻すと、仕方なく咲夜歌は赤の館の方へと再び歩き出した。



 *



 赤の館。その前に広がる庭。それを囲う塀はかなり高く、登ることは叶わないだろう。咲夜歌は、何かないだろうかと辺りを見渡す。

 すると、塀と同化するように作られた鉄製で両開きの大きい扉と、その横にインターホンらしきボタンを見つけた。

 近づくと、それには小さいカメラのようなものがついている。咲夜歌は迷いなくボタンを押す。


 ピンポーン


 あ、やっぱりインターホンねこれ。良かった。


 咲夜歌は少し安心すると、ボタンに人差し指の先をつけたまま館の方を覗く。多くの窓には内側からカーテンが閉められており、中の様子を確認することは出来ない。

 しかし、唯一閉められていない窓を見ても、中の様子はここからでは遠すぎて見えない。見えるのは、館の外装だけだった。


 赤を強調して

 建てられた豪邸、といえばいいだろうか。中は赤色かどうかはわからない。この豪邸に住むモンスターは、赤い色が好きなのか。



 …?


「あれ?」


 咲夜歌は、インターホンを見る。そういえば、さっきから反応がない。こういうのは、誰かが声を出してくれたりするものではないのだろうか。


 ピンポーン


 もう一回ボタンを押す。少し待ってみるが、またもや反応がない。


 …まさか、留守?


 誰もいない日に来てしまうだなんて、ツイてないわね、と思う。ここで、咲夜歌は不意に悪い行動を思いついてしまう。


 …このまま帰るのもアレだし、誰もいないなら少しくらい遊んでも…いいわよね?


 籠を地面に置き、咲夜歌は全身に力を込める。脚を低くして、狙いを定めやすくする。そして、ボタンにくっついている人差し指の先端に意識を集中させた。


 深呼吸して、カッと目を見開く。


「秘技ッ!!インターホン連続押しいいぃぃ!!」


 ピポピポピポピポピポピポ


 あああ!!これぞストレス発散!!溜まったストレスなんて無いけど!!でも!でも!!


 超!気持ち!良いいぃッ!!!


 ピポピポピポピポピポピポ



 ガチャ


『うるっさいわよ!!』


 …!?!?


「え、あぁ、えと…」


 咲夜歌がふざけていた最中、インターホンから女の声が聞こえた。かなり怒っているようだ。


『何?』


「ひ、人、いないと思って…すみません…。」


 咲夜歌はインターホンのカメラに向かって頭を下げて謝罪する。


『……』


 インターホン越しに、女の声のため息が聞こえた。


『で?インターホンを連打する輩が、どんな用件で来たのかしら?まさか、これをするためだけに来たわけじゃないでしょうね。』


 苛立ちを含んだ声色に、咲夜歌は申し訳ないと思うと同時に、恐怖を覚えた。自業自得だ。


「い、いえぇ、違います!ちゃんと用件あります!」


 慌てて言ったせいか、若干噛んでしまった。咲夜歌は相当焦っているようだ。


『じゃあ、何?』


「こ、ここに、ツェルさんはいないですか?その、…」


 咲夜歌はポケットからツェルに貰った紙切れをカメラに向かって開く。


「これ、ツェルさんから貰ったものなんですけど、この紙を持ってくれば、この館に入れるって…言って。」


「…なんで入るの?』


 相手の方の苛立ちが薄れたように感じた。


「えと、特に理由は無いんです。お茶を飲んだりして、すぐ帰ると思います。」


『……』


 また相手のため息が聞こえた。だが、今度は苛立ちからくるため息ではないと感じた。


『…ちょっと待ってて。』


 相手はそう言うと、どこかへ歩いていく音が聞こえて、それがだんだんと小さくなっていった。どうしたのだろうと置いた籠を持って待っていたら、いきなり大きな扉が開き始めた。インターホンから、声が聞こえる。


『扉を開けたわ。庭を抜けて、館の玄関まで来て。』


「は、はい。」


 咲夜歌が返事をしたすぐに、インターホンからなにか切れる音がした。マイクを切った音だろう。扉が完全に開けられると、咲夜歌は籠を抱きかかえて入っていった。


 館の玄関に続く中央の道を歩く。左右の庭は相当な広さがあった。土地の表面積でいうなら、恐らく庭のほうが広い。

 目で見て判断したため、定かではないが。右の庭は、草木に囲まれた公園のようであった。木製のベンチ、木の枝から吊るされたブランコ、どれも公園を思わせるような雰囲気だった。


 館の玄関に着くと、咲夜歌は両開きの扉をノックした。すると、すぐに扉は開かれた。


「ようこそ、館へ。」


 出迎えてくれたのは、獣人であった。さっきの女の声だ。このモンスターがインターホンで聞いた声。背丈は咲夜歌と同じくらい。目付きは、少し悪い。服は、まさにお嬢様などが着そうな風貌のものだ。


 それにしても、毛並みの色合いや生え方の位置を考えれば…


 あれ、なんだっけ…あともう少しなんだけど…!!ほら…あの動物の名前なんだっけ!ええと…!!ああぁあ…!


 目の下の茶色い毛並みの線。三角に丸く尖った白い耳。細長いふわふわしていそうな尻尾。…あと、元の(というか咲夜歌の考えている普通の)動物と違うけれど、さらさらしていそうな長い茶髪。


 わかんない!わかんない…けどッこのモンスターカワイイッ!!


 咲夜歌は、初めてこの世界に来た時の興奮が再発した。どうやらこの咲夜歌、人外、とりわけ獣人には目がないようで。


「ねえ、ちょっと?」


 ハッ…!待って…


 と、咲夜歌はここでなにか気づく。視線の先には、獣人に纏った豪華な服。


 この服はまさにお嬢様の着るもの…。というかこのモンスターはお嬢様なのでは…??となると、ここでむやみに抱きついてしまったら…その服に私の汚い手が、腕が一寸でも触れてしまったら…


 牢獄行きに!なってしまうのではッ!?


「ねえ聞いてる!?」


「あ、あ!はい!なんですか?!!」


 咲夜歌は考えすぎていたようで、声をかけられていたことに気づかないでいた。


「まったく、変なやつね。インターホン連打したと思えば今度は玄関で険しい顔して。」


「は、ははは…。」


 咲夜歌はなんとなく笑ってごまかす。


「あなた、名前は?」


 しかし、獣人はそれを無視して咲夜歌に訊いた。


「あ、咲夜歌です!」


「…うん、サヤカね。」


 獣人は確認するように一回繰り返した。すると、胸に手を置いた。


「私はエリサ。エリサ・メリケル。適当にエリサでいいわ。それで、まあ見ればわかると思うけど、ここに住んでるの。あと、あなたが言ってたツェルだけど、外出中だから。すぐ帰ってくると思うけど。」


「そう、ですか。」


 そう返しながら、咲夜歌はエリサを凝視する。しかし、彼女はそれに気づかず咲夜歌を中に入るように促す。


 しかし、入ろうとする前に咲夜歌はとある違和感を覚えた。この扉は両開きのはずだ。なのに、両開きの役目を果たしていなかった。どちらかといえば、引き戸のような開き方だ。


 え…?


「あの、これ…」


「ん?」


「…この扉おかしくないですか?」


 咲夜歌は扉を指さしながら言う。


「両開きです、よね?なんで、え…なんで横に引いてるんですか?なんかもう引き戸みたいになってますよ?」


「ああ、これホントは引き戸なのよ。」


 エリサは、さらっと言う。その様子を見て咲夜歌は驚く。


「え、いや、これ引き戸なの!?な、なんで?」


「防犯対策。」


「……」


 咲夜歌は、どう反応すればいいかわからなかった。素直に尊敬すべきか、それとも変な仕掛けねと罵るべきか、わからなかった。

 正直もうあの高い塀だけで充分な防犯対策になっていると思うが。咲夜歌は、なるべく笑顔で優しく言葉を紡ぐ。



「…斬新、ですね…。」



 *



「綺麗…。」


「ありがとう。」


 館に入ってすぐのロビー。すぐ視界に飛び込んできたのは、天井から吊るされた大きなシャンデリアだった。

 ロビー全体を灯すそれは、金色に彩られていて装飾には様々な宝石を使っているように見える。しかし、それだけではない。


 全体に敷かれた赤い絨毯(じゅうたん)。小さな棚の上に置かれた豪華そうな壺や花瓶。金と赤のコントラストがより豪華さを増している。

 二階へと続く階段の手すりさえ、金色で綺麗にコーティングされている。

 …コーティングされているかはわからないが。


 しかし実際、魔法のある世界なのだから純金を創り出す事も可能なのでは?と咲夜歌は思う。せっかくなので、聞いてみる。


「これ…あのシャンデリアとかって全部純金だったりしますか!?」


「そうだとしたら私はかなりのお金持ちって事になるわね。」


「え、お金持ちじゃないんですか?こういうのに住んでたらそうなんじゃ…」


「えぇ、腐るほどお金は持ってるわ。」


 …それがお金持ちだと思うんだけど…。


 ついでに、さっき思った事も聞いてみることにする。


「えっと…魔法で純金って創り出せますか?」


「出来ないことは無いわ。でもその代わり何千年という時を有するらしいわよ。」


 どうやら魔法で純金は創り出せるらしい。時間はかかるらしいが。

 すると、エリサが廊下の方でこっちに手招きをする。


「こっちへ来て。せっかくだから、ツェルが戻ってくるまで談笑していましょう?」



 *



 案内されたのは、応接室のようなところだ。窓から降る光と吊るされた小さいシャンデリアが部屋を照らしている。

 エリサは咲夜歌はその豪華なソファに座るよう促すと、彼女も向かい合うかたちで座る。


「普段ならツェルが茶を淹れてくれるのだけど、今日は少し待ってて。」


「は、はい。」


 咲夜歌は、部屋が醸し出す豪華さに縮こまる。咲夜歌とエリサの前に置かれたテーブルや小さいながらも主張を怠らないシャンデリア、今座っているソファだって、ふわふわで、もふもふで、豪華で。咲夜歌は深く呼吸する。落ち着かせるために。


 こういうのは、もう慣れておかなきゃ…。いちいち驚いてたら、なんかもういろいろともたない…。


 咲夜歌は、とりあえず話題を見つけようと部屋を見渡した。すると、さっきのことを思い出した。


 魔法で純金を創り出せる事。


「あの…魔法で純金を創れるなら、ほかの何かを…例えば本とか、ソファとか、創れるんですか?」


 それを聞くと、エリサは少し神妙な面持ちになる。


「あなたもしかして、魔法使えない人?」


「え!?えぇ…まぁ、はい…。」


 咲夜歌は驚いた。今度は魔法のことに関してだった。もう驚かないと思っていたのに。


 咲夜歌は訳が分からず、とりあえず肯定した。実際咲夜歌は、魔法は使っていなければ使ったこともない。使おうと思ったこともないため、魔法は恐らく使えないだろう。ここは肯定して正解だ。


「まあ、仕方ないけど。使えない人なんていっぱいいるし、そんな悲しまなくていいわ。それに、使える人だってこの世界中でも三割くらいしかいない。まあ、本から得た知識だけど。」


「はぁ…そうなんですか…。」


 咲夜歌は少し悲しくなる。


 魔法…使ってみたかったわ…。




 コンコン



 突然、応接室の扉からそう聞こえた。


「どうぞ。」


 ガチャ


 エリサの声を合図に、扉が開く。そこには、見慣れた黒一色がいた。


「ただいま戻りました。…おや、サヤカ様も。」


「ツェルさん!」


 黒いスーツ、黒いシルクハットなど、黒だけを纏うこの館の執事、ツェルだ。相変わらず、顔はシルクハットが影になって見えない。


 ツェルは咲夜歌が来ていたことに気づいた。咲夜歌に近づくと、申し訳なさそうに少し俯く。


「今日来られていたのですね。(わたくし)が外出していた時に。申し訳ございません。」


「あぁ!いえ、全然!間が悪かっただけですよ!」


 謝るツェルに咲夜歌は慌てて慰める。


「ねえ、話を逸らすようで悪いけど、サヤカが膝に置いてる籠は何?」


 不意にエリサが言う。


「あ、ええと、これはですね…」


 すると、咲夜歌は目の前のテーブルに籠を置く。そして、中にあるサンドイッチを見やすいように持ち手を倒す。


「サンドイッチです!その、手ぶらで来るのは良くないかな…って思ったから、作ってきたんです。」


 すると、エリサは驚きながら笑う。


「あら、意外と気が利くのね!さっき連打したし純金の話ばっかりするからいい人ではないと思ったけど、そうでもないみたい?」


「い、いや連打したのは謝りますけど、純金はそんなでもないですよ!」


 笑いながら嫌味を言うエリサに、咲夜歌は慌てるようにつっこむ。その様子に、ツェルは微笑むように頭を傾ける。


「何の話かわかりませんが…サヤカ様、わざわざ作っていただき、ありがとうございます。」


「ああ、いえいえ、そんな、」


 咲夜歌はそう謙遜する。


「まあ、ツェルにも帰ってきてきくれた事だし、」


 エリサはおもむろに立ちがあって、ツェルの方を見る。それに気づいたツェルもエリサの方を向く。


「もうお昼時かしらね?ツェル、食事を作ってくれる?もちろん、サヤカの分もね。」


「承知しました。」


 ツェルは胸に手を置いてエリサに向かって軽いお辞儀をすると、


「それでは」


 と言って、応接室から出ていった。


 咲夜歌も立ち上がって、扉を見つめる。


 ツェルの作る料理…絶対美味しいわね!!


 想像すると、胸が躍って仕方がない。それを横目に見ていたエリサは扉の方へ向かう。


「食堂で待っていましょう。食事をとる時は、食堂って決めているの。それと、待ってるあいだに、それ、食べていましょう。」


「あ、はい!わかりました!」


 エリサは扉を開けて部屋から出ていく。それに続き咲夜歌も、籠を持って、美味しそうな料理を楽しみにしながら部屋を出ていった。


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