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片隅

 

「どこかで、会ったことない……?」


 咲夜歌(さやか)は、骸骨の男を見てそう零した。一方、骸骨の男のキュウイは、特に何の反応も示さなかったように見えた。


 しかし、微妙ながら、フードの中の漆黒から覗く頭蓋骨が俯いた気がした。


「……廃村の時に会っただろ。忘れたのか?」


 廃村。


 咲夜歌が遺跡を探していた際に寄った廃村のことだろう。咲夜歌は、確かに頷きはしたが、表情は険しいままキュウイを見続けていた。



「……気のせい、なのかな……」



 誰に言うでもなく、小さな声で言葉を落とした。同時に、険しかった表情は崩れて、物憂げに視線を落とす。

 その様子が気になった私は、究明するように口を切る。



「どこかで会ったことある、ってどうしてそう思ったの?」


「…………」



 沈黙の空間に漂うのは、時間と、芳ばしい料理の匂いだけだった。


 台所に振り返ると、三人で協力した影響か、早くももう少しで料理を作り終えそうだった。


「仕方ないわ。食事をとったあとに詳しく聞かせて。……少しだけでも食欲を満たせば、記憶の整理もつくかもしれないわ。」


 直後、席を立つ。


 出来た料理をテーブルに運んでいく。



 その時の咲夜歌の表情は、変わらず物憂げだった。




 *




 カボチャ三兄弟とエリサ以外が食事をとった。といったものの、ほとんどの人は外のアレのせいでさほど喉を通らなかったようだった。たった一人を除いて。


 私と少女はソファに座る。前に出された料理だけは食べ切ることが出来た私と、結局少ししか手をつけなかった咲夜歌は、共に顔を向き合わせた。


 私は口を開ける。


「気分はどう?咲夜歌。」


「……少しだけ、良くなったような気がします。」


 それは良かった。


 どうやら容態は回復傾向にあるようだ。安静にしていれば、皆の知る元の咲夜歌に戻るだろう。

 返事を聞いて、私は微笑みながら頷いた。そこから間を置かずに本題に入る。


「咲夜歌、貴方はどうしてこの世界に来てしまったの?」


「……」


 また、口を閉ざす。視線は、近くの暖炉へゆっくりと流れた。


 私は、咲夜歌に憑依していたといえど、咲夜歌の全てを知ったわけではない。記憶も、咲夜歌自身が深く印象に残っていただろう記憶だけ見ることができた。


 全ての記憶を知ることはなかったのだ。



 覚えていないだけで、何か重要な記憶を保持している可能性も捨てきれない。なにせ健気な少女が、何の意味も無しに別世界へ来ることはありえないのだから。……と私は思う。


 加えて、会ったことがあるかもしれないと、キュウイに言い始めたのだ。それで、余計に、重要に思えてきてしまう。


 だから……思い出してほしかった。



 あの時の貴方は、それを思い出す術がなかった。私が憑依していたから。私が記憶の邪魔をさせていたから。




「なんでもいい、何か思い出せないかしら?」




「…………」


 額と顔に手を添えて俯く少女の表情は、険しさと困惑で歪んでいた。暖炉を見据えた群青色の瞳は、段々と下へ落ちていく。




 不意に、雷のような轟音が外に響き渡った。




 空にある罅が広がったのだろうか。あれ以上拡大したとなると、今頃水平線を越してしまっているかもしれない。

 轟音に釣られて窓の奥を見ていた視界を咲夜歌に移す。咲夜歌も、窓の奥の空に目を向けていた。


 暖炉の火花が鋭く鳴る。その、パチッ、の直後に、虚ろげだった目が一気に開かれた。

 咲夜歌が素早くこちらに振り向く。見開かれた目は、動揺に震えているように見えた。




「悠貴ッ!!!!」





 一階にいる全員の視線が咲夜歌に集まる。




 暖炉の炎さえ聞こえなくなるような、沈黙以上の静寂が、この家の全体に広がった。




 数秒の永遠が経った。




 意図せず私の口から、え、と零れる。






 突如、大地が裂けてしまいそうな程の大きな縦揺れが起こる。視界が縦に震えている。台所から食器の割れる音が耳に届いた。

 ソファに座っていたために背もたれの上部に両手で掴む。頭が床に、という事態は起きなかった。

 同じく咲夜歌も、それで頭を打つことはなかった。


 一瞬の出来事だった。少し揺れが収まり、ソファから仲間らに目を向ける。



「お怪我はありませんか?お嬢様。」


 ツェルはエリサを前で庇うようにして、揺れに耐えていた。



 尻もちをついたナインドは、兄弟のカルダとアルタルスに手を引かれて立ち上がる。突然起こった事態に、三人の顔には驚きと不安が入り交じった表情が浮かんでいた。



 エルダートは、こんな不測の事態であっても不安や恐怖といった感情は一切見せず、むしろこの状況を楽しんでいるように見えた。

 ツエルバはそんな様子の研究者を、呆れながらも、今は好奇心を抑えろと諭していた。



 仲間らの食べ残しを処理していたリーロディヴは、珍しくいつものニヤケ顔を崩し、驚いた様子で窓の外を呆然と見つめていた。テーブルに乗った料理を床に落とすまいと太い両腕を広げながら。



「大丈夫だったか?咲夜歌!」


 揺れが収まるなり、咲夜歌のもとにキュウイが駆け寄ってきた。


「え……う、うん……」



「みんな!!!」


 不意に、二階から声が聞こえた。同時に扉の開く音が響き、駆け足も迫ってくる。

 吹き抜けの向こうの壁から出たのはグラスとマルキスだった。仲間らに呼びかけていたのはグラスだったようで、二人はこれ程までにないくらいに切羽詰まった表情が、ありありと浮かんでいた。


 グラスが壁の向こう側、二人がさっきまでいた部屋に向かって指を指す。




「外が!!!」




 再び揺れが襲いかかる。先ほどよりも激しさが増している気がする。


 仲間らは困惑し、各々が何かを喋っていた。私もどうすればいいのか分からず、仲間らの会話は揺れとともに薄くなって聞こえなかった。


 徐々に揺れが収まるのを待ちながら、混乱する頭でグラスの言っていたことを思い出す。




『外』




 もしや、この揺れの原因は外の何かにあるのだろうか。


 揺れが完全に収まるのを待ちきれずにソファから立ち上がる。玄関の扉を破る勢いで開けると、辺りを見渡す。玄関先の階段を降りて、それはすぐに見つかった。



 都市の方。






 完全に割れてしまった空から、神々しい光の柱のようなものが聳えていた。







 そこを中心に、割れた空へ吸い込まれていくビル群や地盤。電柱。時折見える遺体。









 終末のような光景だった。








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