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温かい

 

 階段を下り、一階の床に足をつける。


 目が覚めたという咲夜歌(さやか)は、ソファに座りながら戸惑った様子で辺りを見渡していた。が、すぐにその近くにいた私の仲間達が咲夜歌の目に入った途端、驚きに溢れた声を漏らした。


「!?……!??」


 その後、口から何も出ずに、再び辺りを見渡す。すると、私と目が合った。

 沢山の疑問を含んだような瞳が気になったが、まずは災厄から救助されて目覚めた咲夜歌を、素直に喜ぶことにした。


「咲夜歌、目が覚めたのね。良かったわ、貴方が助かって。」


「……は、はい……」


 咲夜歌は、やっぱり戸惑いを隠せないでいる。再び、仲間の方へ視線を移した。まだ、この状況を理解していないように見える。


 ただ、助かったという感覚はあるのだろうか、それとも、大量殺人を犯したという自責の念に苛まれているのか、仲間達から視線を一切外さなかった。

 ここからだと、顔が見えない。まだ戸惑っているのだろうか。


 私は、そんな健気な少女を落ち着かせるため、傍に寄って顔を覗く。


「まずは、ご飯でも食べましょう。あいつに何日も憑依されていたのだもの。きっと、お腹が空いたでしょう。」


 努めて優しく話しかけた。咲夜歌はゆっくりこちらに振り返ると、視線を下に向けながら頷いた。

 その様子を見て、私も頷く。すぐ、後ろにいたマルキスに向かって口を開けた。


「マルキス、グラスと料理を作ってくれないかしら?」


「え、なんで俺?」


 マルキスは自分自身に指を指しながら、困惑した様子ですぐに疑問を投げてきた。


「あらマルキス、貴方、料理を作れないのかしら。」


「作れねえわけじゃねえけど……単純に、グラスの料理は俺のより美味いからな。いつも任せっきりさ。」


 そう思っていたとは……だらしないわね、マルキス。貴方がそこまで落ちぶれてしまったなんて、思いもしなかった。


 少しからかおうかと思った時、少年のように明るい声が私を遮る。


「僕、久しぶりにマルキスの料理食べたい!」


 左右に尻尾を振るグラスは、まるで期待するかのように両手の拳を胸の前に置いて、純粋な瞳でマルキスを見ていた。


「……いいのかよ?」


「うん!だって、マルキスの作る料理、温かいし!」


「……温かい……?」


 温かい、という言葉の意図を掴めずに、さらに困惑したマルキスは口元を触った。

 グラスは、変わらず笑顔でマルキスを見ている。


「うん!温かい!」


「温かいってなんだよ……?」


 中々に面白い扇動だ。どうやらマルキスは、考えれば考えるほど"温かい"の意味が分からないらしい。私も分からない。


「まあでも、たまにはいいんじゃないかしら、マルキス。貴方が料理すれば?」


「…………わかったよ。みんなもそれでいいのか?」


 渋々、マルキスは了承した後、仲間に最終確認を促す。

 仲間達は、各々頷いていく。特に何も、誰も意見せずに満場一致となった。


 この結果に、マルキスの表情が複雑になりながら頭を搔く。


「言っとくけど、味の保証はしないからな。」


「手伝うってのはアリか??」


 急にツエルバが、帽子の下の大きな目を光らせながら疑問を放った。


「俺は別に構わない。」


 マルキスがそう肯定したあと、ふとグラスに目を向ける。

 白い眉を顰めて、なんだか悲しげな顔になっていた。他人の手が加えられていない、マルキスだけが作った料理を食べたいのだろうか。


 残念ながら、その機会は今度になる。


「グラス、気持ちはわかるけど、今から作る料理は貴方のためのものでは無いわ。咲夜歌のため。……いいかしら?」


「!……そ、そっか……」


 少し可哀想な気もするが、こればかりは仕方ない。同じようなことをツエルバに言おうとして、不意にマルキスに止められた。


「いいや、いいんだアリア。ここにいる全員分、作ろうと思う。」


「え?」


 予想外なことを言われ、思わず眉を顰めた。マルキスは、仲間達に目を向けながら続きを言う。


「あんな事があった後なんだ、皆疲れてるだろうし、休憩している今のうちに腹ごしらえをした方がいいだろ?」


 仲間らは、また同意するように頷く。が、その中から、異議を申し立てる声が仲間の前に割って出てきた。


「ちょっと待ってくれ……」


 カルダだった。カボチャ頭の表情は、苦笑いのような、少し苦しそうに見える。


「外のアレが、まだ頭に残ってて……食欲がないんだ。だから、その……俺はいらない。」



 外のアレ。



 このリビングにいる咲夜歌以外の全員の表情が曇った。その言葉だけで、外の惨憺たる光景が、視界にフラッシュバックするように映し出される。



 赤い液体を流す人々が、雪の上で息絶えていた。


 白い雪が、鮮血に塗りつぶされていた。



 ここから一歩でも外に出れば、今の光景に出会える。もっとも、そんな出会いを求めているのは誰もいないことを、各々の表情が証明していた。




 ただ一人、沈黙の空間に困惑する少女がいた。




「……??」


 首を右往左往に動かして、なぜ皆が沈黙しているのか疑問に思っているようだった。この様子だと、大量殺人の記憶が無いのか、もしくは、一時的に失っているだけなのかもしれない。


 仲間はそれについて問いただす気はないのか、私が口を開ける頃には誰も何も言わなかった。


「カルダ、確かにそうだわ。でも……」



「僕もいいのだ……」


 言葉が覆いかぶさるようにして、カルダの弟ナインドが俯いて兄に同意した。


「俺も無理そうだ……」


「……私も。思い出したら、急に頭が痛くなってきたわ。」


 次に三男のアルタルス、お嬢様のエリサもそれに同意した。



 結果、カボチャ三兄弟とエリサは食事をとることを拒んだ。他の仲間は、何かと中途半端であったが、食事をとらなければまずいと本能が告げたのだろう。あの四人以外は食事をとることになった。



 *



 マルキス、グラス、ツエルバの三人で料理を作っている最中、あの四人も含め、テーブルの前で座っていた。三席しかなかった椅子は、二階の物置から運び出したものでなんとか全員分の椅子が揃った。


 私の左には、食事を取らないと言っていたアルタルス。前には、まだ表情に憂いが残っている咲夜歌。右には、突っ伏して寝ているかもしれないリーロディヴが座っていた。


 私は、台所からくる匂いで、やっと空腹を感じ始めた。仲間達も、少しだけ表情が和らいだように見えた。

 が、誰も口を切ることはなかった。台所から聞こえてくる声が辺りに虚しく響くだけで、きっと誰の耳にも届いていなかった。




「誰、でしたっけ。」




 目の前から不意に聞こえた声に、俯いた顔を前に向けた。声の主だろう咲夜歌は、虚空を見ず、次は私を見つめていた。


「……あぁ、自己紹介がまだだったわね。私はアリア。信じられないかもしれないけど、ずっと、咲夜歌……貴方に潜伏していたわ。」


「え?……そう、ですか……」


 以前の咲夜歌は、こんなに穏やか……内向的な性格ではなかったと思う。そう考え始めると、なぜだか気になって仕方なかった。


「何か覚えていることはない?どんな些細なことでもいいわ。教えて。」


「…………」


 咲夜歌は口を結ぶ。表情が険しくなって、俯くようになってしまった。



 そうなってすぐ、口が開かれた。



「少し……お、朧げみたいですけど……覚えてます。皆さんの……こと。」


 森の小川が流れるようなその穏やかさに、抱いていた疑問が肥大化していく。

 やはり、内向的だ。以前の咲夜歌とはまるで違う。


「殺しちゃった光景も、薄く覚えてます……あ、あぁ、でも、私は殺そうだなんて思ってなくって……」


「わかっているわ。貴方の意志でも、黒い感情には逆らえなかったのでしょう。」



 助けるのがもう少し早ければ、少しだけでも生存者が残っていたかもしれない。ここは本当の世界と違うとはいえ、命の重さはあちらと変わらない。



 過ぎたことを悔やんでいても仕方がない。私は引き続き咲夜歌から記憶の欠片を収集する。


「他には?覚えていること。」


「…………」


 咲夜歌は俯いて黙ってしまった。もうほとんど覚えていないのだろうか。


 その後、口を開けはしたもののそこから言葉が出ることは無く、これ以上の情報を引き出せそうになかった。



「なァ、咲夜歌。」



 不意に、私の左にいたリーロディヴが咲夜歌に言いかける。テーブルに置いた腕で顔を立てていた。横からであろうと、フードでも隠しきれていないニヤケ顔が覗いていた。


「お前、別世界から来たんだよな。そこにいた記憶は、ちーゃんと残ってんのかぁ?」


「……は、はい。覚えてるような、ぼやけてるような。」


 バス停の時の話だ。別の世界から来たことを頑なに隠す咲夜歌に、唯一それを見破ったのがこの男だった。


 この話をここですると、当然、誰かの疑問が投げかかってくる。


「え、咲夜歌は別の世界から来た……!!?」


 真っ先に食いかかって来たのはエルダートだった。席を立ち、テーブルに身を乗り出している。骨であっても、その表情は驚きと探求心に溢れているように見える。


「詳しく聞かせてくれたまえ、どういった世界なのかね???」


「俄には信じがたいな……」


「……どういう事なのだ?」


 蓋を開けた途端に這い上がる煙のように、各々は思ったことを口に出していく。

 賑やかになった空間に、咲夜歌の瞳が右往左往に動いている。


「あ、あの……」


 困惑する少女は、ふと、その狼狽する視線が止まる。困惑する表情は、険しいような、複雑な表情に変わる。



 視線の先にいるのは、キュウイだった。




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