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幾重もの可能性

 


 ガチャ……



 その音が、私を眠りの海から引き上げた。重い瞼を開けると、薄茶色が視界を支配する。ソファに寄りかかった体を離すと、その薄茶色は咲夜歌(さやか)にかかっていた毛布ということに気がついた。


 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。座面に置いた両腕を枕にして、歪に寝てしまっていた。背後の、私を眠りに誘った一人であろう暖炉は、やっと起きたかと言わんばかりに、パチパチと音を出す。


「アリア、あと咲夜歌も、ここにいたんだな。」


 玄関から複数の足音が聞こえたあと、先頭に立っていたイミラが私たちを見るなり嬉しそうに言った。

 あまり見れないイミラの安堵した顔を見て、まだ少し掠れていた視界を擦る。


「えぇ、まあ……咲夜歌の看病を、ね。」


「咲夜歌は大丈夫なのか?」


 イミラの問いに、立ち上がりながら答える。


「大丈夫だと思うわ。……それでも心配なら、治癒魔法でもかければいいわ。」


「……誰か治癒魔法が使える人はいないか?」


 イミラが振り向いて、仲間達に放った。仲間らはお互いに顔を見合わせる。まるで、誰が使えるのだろう、と疑問に思うような表情で。


 そんな中、仲間達の一人であるツエルバが視線をイミラに写しながら答える。


「このご時世、魔法さえ扱う人が少ないってのにアタシ達に出来るはずないじゃん。あまつさえ治癒魔法なんて、世界中の魔法が使えるヤツらが集まっても一人できるかできないかでしょ。」


 ツエルバの言葉に、仲間達が同意するように頷く。そんな時、次に発言したのはグラスだ。


「そういえば前に図書館で見たんだけど、魔法が栄えてた時代でも治癒魔法ができる人って少なかったみたいだよ?」


 尻尾を振りながら自身の覚えた知識を披露したグラスを、イミラは何か納得するように頷く。


「……なるほどな。」


 そう呟きながら、私の方へ振り返る。



「アリア、話があるんだが。」



 *



 イミラに連れられて来たのは、イミラの部屋だった。咲夜歌の看病を他の仲間達に任せ、私はイミラの話を聞くことにした。


 綺麗に整頓された部屋。シミ一つない清潔なベッドの端にイミラは座ると、途端に口を開けた。


「おかしいと思わないか?」


「……何が?」


 質問の意図がわからず、聞き返した。イミラは少し悩んで、もう一度口を開ける。


「じゃあ、アリア。俺らがいるこの世界、どういうところだと思う?」


「……どういうところ……?」


「ああ、この世界だよ。」


 この世界?いったいどういう事なのかと思うと、イミラの赤い瞳が私を捉えた。



「あの装置に、俺らは吸い込まれたよな。吸い込まれる前の、俺らがいた世界と、この世界、色々比較してみろ、アリア。」



 と言われても、なかなか想像出来ない。比較するものの規模が大きすぎる。

 そんな私の心中を察したように、イミラは話を続ける。


「お前はこの世界のこと、咲夜歌が創り出した世界って言ってたよな。」


「ああ、その話ね。」


 やっと話が通じた。先程までのイミラの言葉を理解すると、途端に肩に入った力が落ちる。


「そうよ。……もしかして、違う?」


 ふと、この話を持ち込まれてきた意味も理解した。わざわざ話がしたいというのだから、意味も無くこの話を持ち出すことはしないはず。


「……まあ、そんなところだよ。」


 イミラは頷くと、ピンクパーカーの両ポケットへおもむろに両手を入れる。次に言う言葉を考えているのだろうか、その状態で静止したまま表情が険しくなった。




「アリア、これを見たことあるか?」




 取り出したのは、ペンダントのようなものだった。白い両手の手のひらに瓜二つのペンダント。私はそれに見覚えが無かった。

 戸惑ったのが表に出てしまったのか、イミラは険しくなった顔を緩ませた。


「ないだろ。咲夜歌の中にしかいなかったなら、絶対に知らないはずだからな。もちろん、外に出たお前に見せるのも今が初めてさ。」


「……それは、一体どういうものかしら?」


 完全に表情が緩んだイミラは、その両手にあるペンダントを、私に向かって得意気に掲げる。



「どういうものかはさておき、問題なのはこれが二つある事なんだ。」



「……詳しく聞かせてちょうだい。」



「アリアは、あの装置のことを記憶複製装置だと言ったな。人の記憶を複製し、もうひとつの世界を創ると。」


「ええ。」


「俺の持っている二つのロケット、一つは今まで持っていたものだ。だがもうひとつのは、咲夜歌の記憶が複製されたこの世界で拾ったものなんだ。」


「……!」


 そこまで言われて気づく。


「まさか……」


「そのまさかだ。」


 イミラがベッドから立つと、二つのロケットを見るように俯く。





「咲夜歌は俺のロケットを知らないのに、咲夜歌の記憶で創られた世界に俺のロケットがあった。つまり、あの装置は記憶複製装置じゃないという事だ。」





 幾重にもある可能性が、再び瞬く間に広がった。驚きと衝撃が脳内を駆け巡ったあと、今まで見ていた物が薄くなるような感覚に陥った。

 イミラは続きを話していく。


「他にもなにかそれの証明になるものが落ちてたかもしれないが、まあ、これが決定打だろう。……さ、アリア、ここからが本題だ。」



 それを聞いて我に返る。イミラの提唱を一文字も聴き逃すまいと切っ先のような聴覚で話を聞く。



「あの装置、なんだと思う?」



「……貴方、知ってるの?」



 その答えは、あっさりとしていた。


「いや、そういうわけじゃない。……所詮ただの推測でしかないしな。」


「それでもいいわ。教えてちょうだい。」


「ああ。」


 イミラは握ったロケットを両ポケットにしまうと、黙りこくる。虚空の一点を見つめ、唇を噛むような素振りをした。






「世界複製装置。」






「……それは、どういうこと?」


 素直に聞くと、イミラは再びベッドに座る。


「そのまんまの意味だ。あの輪を潜る本人のいた世界を複製する装置。複製するのは本人の記憶ではなく、本人のいる世界そのもの。……だと思う。」



 顎に手を添えて考える。私も、それについて深く思考してみようとした。



 本人、今回でいえば咲夜歌のことだが、咲夜歌がいた世界を複製して、この世界があるということだろうか。

 言われてみればそうだ。記憶じゃないなら世界そのものという可能性もあった。が、結局それは可能性という範疇から抜け出せていなかった。


「もしもそれならば、ペンダント以上の何かの証明が必要ね。」


「その前に、気になることがあるんだ。」


 虚空の一点を睨みながらイミラは言う。


「俺らもあれに吸い込まれた。だが、もし世界複製装置なら、俺らの世界が複製されて終わるはずだろ。咲夜歌と同じようなら、世界が複製されようとも何処にいるかがわかる。


 だが、ここはどこだ?俺らが住んでいたのは、科学も魔法も発展した世界だっただろ。だがここは魔法しかない。魔力が感じられても、科学を感じないんだ。都市の方じゃ、むさくるしいくらいの魔力を使ってビル群を建てて頭が痛くなってくる!」


「……イミラ?」


「…………ごめん。話が逸れたな。」


 少し感情的になっていたイミラに私は疑問に思うも、落ち着きを取り戻すなり私を見た。


「とにかく、何故俺らの時は世界が複製されず、この世界に飛ばされたかを調べる必要があるよな。」


 "この世界に飛ばされた"というイミラの言葉に、はっと思い出す。咲夜歌に入っていた時の、咲夜歌自身の記憶が、私に訴えかけてきた。

 咲夜歌も、元を辿ればこの世界に飛ばされた身ではないか。大雨に流され、濁流に溺れ、行き着いたのがこの世界だ。……この世界と言っても、詳しくはここに来る前の、あっちの方だが。


 無意識にため息が出て、片手で頭を抱える。


「……予想以上に複雑ね……頭が情報を処理しきれていないわ。」


「……アリア。」


 不意に呼ばれ、抱えた頭から手を離す。ちょうどその時、イミラはベッドから立ち上がるところだった。




「俺を信じるか?」




「……?え、ええ。」


 イミラは、ツェルの次に信じれる仲間だ。というより、仲間の中で一番信じることができる。だからこそ、イミラの質問の意図を再び理解できず、曖昧な返答をしてしまった。

 イミラの険しい顔が深くなる。




「…………」



「…………」




 お互いに口を開けず、見つめ合っている。私は何故かどうしても口を切れず、ただイミラの言葉を待っていた。


 イミラは、ようやく、そしておもむろに口を開けた。




「俺の兄貴を覚えてるか?グラスじゃない、俺の、本当の兄。」




「……あなたのお兄さん?……ええ、知っているわ。」


 そう答えたあと、私の第六感が告げた。


 この答えでいいのか。


 不安になるような感情が、胸の内で漠然と渦巻いた。





「…………そうだよな。良かった。忘れてなくて。」





 私の答えを聞いたイミラの表情が、少し穏やかになった。


「ずっと言えなかったんだが、実はな」






 後ろの扉から、ノックする音が聞こえた。


 振り向くと、現れたのはリーロディヴだった。フードの中の黒いニヤけ顔は、いつも以上に口角が上がっていた。


「お二人さん、咲夜歌がお目覚めのようだぜ。」


「目が覚めたの?」


 驚きのあまり、思わず聞き返す。もちろん、リーロディヴが意味もない嘘をつくわけがないのはわかっていた。


「おう、降りてこいよ。」


 再び振り向いて、イミラを見た。安堵した表情だった。しかし、同時に靄がかった何かが隠れているように見えた。

 私はそれが気になりつつも、言葉の続きを聞く。


「イミラ、それで……実は、どうしたのかしら?」


 咲夜歌の様子を見たかったが、どうしてもこちらが気になってしょうがなかった。


「あ、ああ……ええと、だな……」


 急に歯切れが悪くなるイミラ。私の後ろから、くぐもった笑いが聞こえた。


「へへッ、お邪魔だったかな?」


「違う、違う!お前も聞け、どうせだから。」


「へぇ!じゃあ遠慮なく!」


 いたずらを含むような声色に、私は苦笑いを浮かべそうになる。イミラは、いらだちを抑えるように口辺りを触る。

 すぐ手を離すと、口を開ける。



「イミラじゃなくて、これからはマルキスって呼んでくれ。グラスにも、そう言ったしな。」



「あら、いいの?イミラじゃなくて。」



「ああ、俺の名前はイミラじゃなくて、マルキスだからな。」



 ……と、マルキスは言った。どうにも、疑問を抱かずにはいられなかった。問い詰めようとしたところ、後ろからの声で口を開けられなかった。



「じゃあなんで、イミラって呼ばせてたんだぁ?」


 が、私の言う言葉を代弁してくれた。マルキスは、それに顰めっ面で答える。


「時間がある時に答えてやるよ。今は咲夜歌に会おうか?アリア。」


 視線を私に移すなり、こちらに同意を求めた。


「ええ……そうね。」


「へッ。」


 いいように避けられたが、それでもリーロディヴはニヤけ顔を崩さなかった。壁につけた背を離すと、先に部屋を出た。


 ……それよりも、マルキスの言動に、いちいち(わだかま)りを覚えてしまったのは何故だろう。何か知っているのだろうか。でも、それを私に言おうとしない。

 私ことを、信用していないようにも思えてしまう。と思いつつも、マルキスは昔からそういう人だから仕方ない部分もあるにはあるのだが。


 私とマルキスは目が覚めた咲夜歌に会うため、共に部屋を後にした。



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