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淘汰

 

「準備はよろしいですか?」


 隣にいたツェルに聞かれ、俺は頷く。続いて、黒パーカー野郎もゆっくりと頷いた。

 ツェルは斜めから降る黒い刃に当たらないように、再び陰から顔を覗かせる。翼で宙を浮きながら刃の雨を降らせているサヤカの様子を確認しているようだった。



 アイツを倒す作戦はこうだ。



 まず、この雨から身を守りながらツェルの従える巨大な両手の片方に乗る。その際、守るものの優先度が高いのは俺だから、刃に当たらないようにパーカー野郎に守ってもらう。

 もちろんパーカー野郎にも当たってはいけないから、俺のすぐ後ろにいること。


 巨大の片手に乗ったあと、宙を浮いているサヤカに突進する。距離はそんなに離れていない。気を付けなければならないのは、刃の雨を切り抜けるのもそうだが。



 俺は俯いて、手に持った光る剣を見る。



 こいつを、サヤカの心臓へ確実に突き刺すのだ。責任重大の大仕事だ。これが失敗したら、命はもう無いと考えていいだろう。


 結局のところ、心臓へ突き刺すっていうのも博打のような選択だ。何せ、これしか俺達には無かった。



 鼓動が早くなるのを感じた。これ程までにない緊張が体中を駆け巡り、深呼吸すらままならない。


 俺達を守ってくれている巨大な両手が刃の雨を凌いでくれている。そこで、金属同士が擦りあったような音が耳に届いてくる。それがとても煩いはずなのに、鼓動はそれを上書きして、耳の中で響き回っていた。



「……おーい。」



 くぐもった声にハッとする。


 黒パーカー野郎の方を向いた時、そいつは両手を回り込む少数の刃を対処する為に、今しがたそこへ顔を向けた瞬間だった。


 そいつの左手には、ポケットからまた取り出したであろう包装から、真新しいハンバーガーが顔を覗かせていた。

 不意に、それが誘うように小さく振られる。


「ま、なんだ。そういう時は、なんか食べれば和らぐもんだぜ。」


「……遠慮しとくよ。」


 こんな状況で食べ物を食べるなんて、無防備が過ぎる。



 ……と考えたものの、今の言葉は俺の緊張を解すための、あいつなりの気遣いとも思えてくる。そう考えると、どことなく悔しいという気持ちが、緊張を緩和していった気がした。



 俺が食わないとわかると、あいつは少し間を開けてから、ハンバーガーを口に持っていく。一口で、三分の一ほど無くなったのが肩越しに見えた。


「そろそろでしょう。右手を地面に倒しますので、二人はその手のひらに乗ってください。二人が乗ったのを見計らい、早急にサヤカ様へ飛ばします。」


 ツェルが冷静に放った。それで俺は気を引き締められ、呼吸が整ってくる。剣の柄を強く握りしめて、いつでも右手に乗れるように構えた。



「倒します!」



 突如、刃の雨が止んだ。同時に、今まで刃の雨から俺らを守ってくれたツェルの従える巨大な両手の右手が、手のひらを上にして地面に倒れる。


 手に乗りながらサヤカを見る。翼を広げて浮かんでいるそいつは、鎌があったはずの右腕は無くなっており、刃の雨を降らせるための口に変わっていたようだった。


 疲れているのか、今はその肩から何も出てきていない。ツェルは、その時を待っていたのだろう。



 手のひらの真ん中に立ち、サヤカの心臓を見据えた時、ドスンと、乗っていた手が揺れ動いた。内心驚きながら振り向くと、手のひらの端で股を開いて座っている黒パーカー野郎が目に入った。


 次に、もう片方の手、左手の陰に座って様子を見ていたツェルに視線を移す。


「リーロディヴ様!そこで座らないでください!落ちてしまいますよ!」


「ん?全然問題無いぜ。」


 危機感という感覚を知らないのか、ヘッヘとニヤケながら、背後にやった左手で自身の体を支える。

 ツェルが片手で頭を抱える素振りを見せて、忽ち溜息を吐いた。


 何故こいつはこの期に及んでこういう事をするのか。呆れて、俺も溜息を吐いてしまった。


「ツェルに迷惑をかけるのはやめろ。」


「……へいへい。」


 意外にもこれを素直に受け取ったそいつは、脚を上げて横に動かす。そのままその足が手のひらの上まで来ると、糸が切れたように脚を下げた。

 依然、座ったままであった。


「立てよ。」


「いや、立つ必要は無いだろ?むしろ立ってる方が危なくねぇ?」


 ツェルが、これに少し被ってしまうくらい早く言葉を出す。


「もう行きます!イミラ、気をつけてください!」


 すると、乗っている手が振動し始める。落ちてしまわないよう姿勢を低くして、サヤカを見据えた。無表情のまま、刃の雨を降らせる準備を進めている。

 ここからサヤカとの距離はそんなに遠くはない。これの速さにもよるが、いつでもあいつの心臓へ突き刺せるように剣を構えておかなければならない。



 手が浮き始める。と同時に、サヤカに向かって発進した。



 ……思っていた以上に足にかかる負担が大きい。斜め上へ、乗用車くらいの速さで、さらに立っている状態だから当たり前と言われればそうなのだが。



「心臓の位置、ちゃんと分かってるよな?」


「あ?あぁ、分かってるそんなこと。」


 風にまみれたそいつの声に一瞬振り向くが、すぐに向き直った。



 心臓の位置?分からない方がおかしいだろ。



 ここからサヤカに到達するまで、あと十数秒くらいか。サヤカは高速で俺達が向かっていることに気がつくと、右肩を揺らしながら急いで刃を多数放出させて俺達へ放ってくる。


 が、俺に当たりそうな刃はその途中で甲高い音を響かせながら何かにぶつかって消えた。

 よく見ると、またもや、刃の進行方向に放電する結晶が出現している。黒パーカー野郎の魔法だろう。今思うと、恐ろしい動体視力だ。


 お陰で、悠々とサヤカに集中できる。光る剣を強く握りしめて、心臓があるはずの右の胸を見据える。



 サヤカ。咲夜歌の黒い感情の権化。



 俺がこの剣を心臓に刺せば、この戦いに終止符を打てる。

 左手で握っていたポケットの中のロケットをそのまま放す。その左手を右手に添えて、両手で剣を握った。


 あと六秒くらいで辿り着く。が、サヤカは黒い翼でそこから離れようとしていた。



 その背後に、黒く大きなものが見えた。それはサヤカの右翼と体を掴み、身動きを取れないように離さなかった。

 それは、巨大な左手のように見えた。



 一回深呼吸をする。その一回だけで、金属の交わった甲高い音も、風を切る音も、一切聞こえないものとして遮断される。




 あと三秒。




 あいつの右の胸を見据えたまま、今度は長く息を吐く。




 二秒。




 両手で剣を構え、その切っ先を心臓へ向ける。




 一。










 心臓の突き刺した瞬間、被毛が逆立ち、その気持ち悪い感覚が耳の先から足の爪まで隅々に広がった。





 サヤカは心臓から徐々に輝き始め、両手で顔を覆った。




 思わず目を瞑った時、一切を遮断していた耳が開放される。




 忽ち、サヤカの絶叫が辺りに撒き散らしているのが聞こえた。




 その途端に、硝子の割れる音が鼓膜を劈かんばかりに響く。







 辺りは白に包まれたまま、最後に無音が轟いた。







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